第16話 交換

「黒塚くんは何かやりたいこととかないの?」


 いつまで経っても首をひねる僕を見かねたのか、野花さんがそんなことを聞いてきた。

 確かに自分がやりたいことをやるのが一番だ。

 二人が来る前にちょっと大学について調べたときに、自分で思ったことをそのまま二人に伝える。


「へー。黒塚くんって理系なんですね。なるほど……。それで情報系に、音楽ですか……」


「もしかして黒塚くんって、何か楽器できたりするの?」


 二人とも『音楽』と言った僕に興味津々だ。なんだか恥ずかしくなって若干視線をそらしてしまう。


「ええと、中学までピアノを習ってました」


「じゃあ今はやってないのね」


 野花さんの言葉に僕は軽く頷く。


「――で、最近また興味が出てきたと?」


 秋田さんが得意気にドヤ顔だ。わたしの予想に間違いはないでしょう? という言葉が伝わってきそうなその表情がかわいい。

 ここで実はキーボードが家にあるとか言うと、『弾いて』となるに違いない。

 二人の前で弾くとか気恥ずかしいので黙っておくことにする。


「そういえば私たちの学校にそういう学科なかったっけ?」


 ふと思い出したように野花さんが呟く。


「そうだっけ?」


「うん。確かデザイン情報学部のメディア学科じゃなかったかな」


「……ああ、そういえばあったような」


 二人がなにやら頷きあっている。

 でもとても気になる学科だ。


「そんな学科があるんですね」


「うん。情報に音楽。黒塚くんにピッタリじゃない?」


「……確かに」


 ここまでストレートにハマる学科があるだろうか。

 うん。決めた。

 とりあえず進路希望調査のプリントに書く学校はここでいいや。詳しくは追々ということで……。


「じゃあひとまず第一希望はそこにしておきます」


「そうねぇ。でも……わたしは、黒塚くんが後輩になってくれたらうれしいな」


 そう言って秋田さんが僕をまっすぐ見つめて微笑む。

 思わず心臓が跳ね上がり、顔の温度が上がった気がした。


「うふふ。ホント黒塚くんはかわいいわね」


 そんな僕を観察しながら野花さんも微笑む。


「あの……、えっと……」


 あたふたしながら何と返していいのかわからずに視線が泳ぐ。


「あ、そうだ」


「……はい、なんでしょう?」


 何かを思い出したのだろうか、秋田さんが唐突に声を上げた。

 とは言え話題が変わったのはいいことだ。からかわれ慣れてはいるが、出会って間もないお姉さん二人にいじられるのはなんとも居心地が悪い。ような気がする。


「昨日のカレーって、どうやって作ったの?」


「カレーですか」


「うん、あれすっごくおいしかったよ。わたしも作ってみようかなと思って」


「確かに、ちょっと気合を入れて作ったので、ちょっと自信作ですね」


「そうなんだー。……あ、ちょっとメモするから待ってて」


 秋田さんがスカートのポケットからスマホを取り出しすと「おっけー」と合図をする。

 てっきりメモ帳が出てくるかと思ったら……。秋田さんって結構デジタル物に強かったりするのかな?


「えーっと、まず玉ねぎをみじん切りにして、マーガリンをフライパンに引いて飴色玉ねぎを作ります」


「無理!」


 カレー作りの一番最初の工程を話したところで、秋田さんが早々に音を上げた。


「ええっ!?」


「あはははは!」


 驚く僕と、爆笑する野花さん。


「だって……、飴色玉ねぎって、ずーっとフライパンで炒めるんでしょ?」


「まぁそうですね。昨日は確か……、一時間半は炒めてたかも……」


 すでになくなっているような気はするが、あんまり長く言うとさらにやる気が下がりそうなので少なめに言ってみる。

 実際はもっと短い時間で飴色になるけれど、長く炒めれば炒めるほど甘みが出るような気がしてなんとなくやめられない。


「無理無理無理!」


 イヤイヤをするように首を振って拒否する秋田さん。自炊をするとは言っても、さすがにそこまで時間をかけて料理をするのは無理なようだ。

 うーん。これは失敗したようだ。


「このカレーが食べたくなったら黒塚くんにお願いするからわたしは作れなくていいよ!」


 いいことを思いついたと言わんばかりに笑顔を振りまく秋田さん。そこには『わたしは絶対に作らないぞ』という決意が感じられる。


「ええええっ!?」


 一体何を言ってるんだこの人は。

 助けてほしくて隣の野花さんを見やるけれど、まだお腹を抱えて笑っている。

 正直こうやって美人なお姉さんに頼られる? のは悪い気はしないけど、リアクションとしてどういうものを取ればいいのかわからない。


「ま、まぁ……、言われてすぐ作れるものじゃないですけど……、よかったらまた作りますよ」


 なんとか考えた末に言葉を絞り出すけれど、どうやら間違った言葉ではなかったようだ。いやむしろ大成功と言えなくもない。


「ホントに? あ、じゃあさ、ライン交換しようよ」


 何が『じゃあ』なのかわからないが、秋田さんがスマホでラインの画面を差し出してくる。


「あ、はい」


 僕も言われるがままに自分のスマホを取り出して交換する。


「じゃあ私も」


 そこに野花さんも便乗してきた。

 秋田さんはいたずらが成功したかのような笑みを浮かべている。


「むふふ、これですぐに黒塚くんにお願いができるね」


 えええ、どういうこと!? カレーが食べたくなったら『作って』ってお願いがラインで飛んでくるってこと!?

 なんとなく振り回される予感しかしないけれど、どこかでそれはそれでいいかもと思っている僕がいた。

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