第12話 ずるいです
「終わったー」
本日最後の授業が終わり、教室の空気が緩いものへと変化する。
生徒たちも騒がしくなるが、すぐに担任の教師がやってきてホームルームが始まった。
「というわけで、来週の金曜日までに今配った進路希望調査用紙を提出するように。まだ実感のない生徒もいるかもしれないけど、多少は調べてきなさいね」
手元の用紙に目を落とすと、そこには第三希望まで進路希望の学校や就職先の会社を記入する欄があった。
ケンコーこと御剣高等学校は、それほどレベルが高いというわけでもないが、一応進学校の範疇に入っている。
進学率85%とかだったかな。……よく覚えてないけど。
でもまだ大学とかいまいちピンときてないよね……。今年受験生になるんだろうけど、自覚なんてさっぱりだ。
「大学ねぇ……」
そういえば秋田さんと野花さんは大学生だったな……。どこの大学に通ってるんだろうか。
今度聞いてみようかな。
「はいそれでは今日は解散」
担任の久留米先生が解散を告げるとバラバラと生徒が席を立つ。
同じ大学って言ってたけど同じ学部なのかな? うーん、考えてもわからないし、どっちにも聞いてみないとダメだなこれは。
もし同じ学部でもそれぞれで感じ方が違うかもしれないし。
「よし黒塚、帰ろうか!」
「おう黒塚、帰るぞ! おれは部活だけどな!」
「オレも今日は部活に顔出してくる」
順番に早霧、橘、冴島だ。しかし冴島が部活に顔を出すって珍しいな。
それにしてもだ。今週は秋田さんと野花さんには会えてないし、話が聞ける機会が来週までにあるかな……。
うーん、ちょっと心配になってきた。いざとなったら直接家を訪ねればいいんだろうけど、なんとなく緊張するよね。
鞄に筆記用具などを片付けていると、三人がまたもや僕の家の隣人二人についてしゃべっている。
僕も帰宅中に二人のどちらかに会えれば一番都合がいいなぁとか思いながらも教科書を鞄に詰める。
「で、黒塚くんは秋田さんと野花さんのどっち狙いなの?」
鞄の口を閉じて帰る準備が整ったと同時に冴島が僕に尋ねてきた。
「へっ?」
いきなりでまったく理解が追いつかない。
……二人が大学生なのは冴島も知ってるよね。……二人に大学の話を聞きたいってこと?
別にどっちから聞いてもいいと思うけど……。
「あえてどっちか選ぶなら……、秋田さん……、かな?」
なんとなく話しやすいほうなのは秋田さん……かなぁ。野花さんはいつも丁寧な口調だから畏まっちゃうんだよね。
「くっ! ……ってかおれ、もう一人どんな人か知らねえわ!」
「なるほど」
「――マジか! ……もう一人の野花さんも悪くないと思うんだが」
一人ツッコミをする橘に、納得しているのは冴島だ。早霧はなぜか野花さんを薦めてくるけど意味が分からない。
「……え、そう? っていうか、別にどっちでもよくない? むしろ僕は両方がいいんだけど」
間違いなく学校の話は二人から聞きたい。
「なんだとっ!?」
「黒塚……、お前はもっと真面目だと思ってたけど、見損なったぜ」
早霧はなぜか激昂してるし、橘に至ってはすごく残念そうな目で僕を見ている。
うむぅ、一体何の話なんだ……。僕が何をしたって言うんだ。さっぱりわからない。
「ちっ、俺はもう帰るぜ」
「おれもそろそろ部活行くわ」
結局何がなんだかわからないうちに、早霧と橘が不機嫌そうに帰って行った。
「じゃあオレも行くよ」
冴島は不機嫌そうには見えなかったけど……、なんだかすごくもやもやする。
微妙に肩を震わせてる気もするし。
僕が違和感を感じて呼び止めようと思った時には、冴島はすでに教室から出ていくところだった。
「黒塚っち面白すぎ」
釈然としない気持ちでいると、黒川が笑いながら僕の肩を叩き、霧島は苦笑いをしながらバイバイと手を振って教室を出て行った。
結局僕のこのもやもやとした気持ちは、翌日の朝に黒川から詳細を聞くまで続くのだった。
学校帰りに自宅近所にあるスーパーに寄って、今晩の食材を買って帰ることにする。
制服のままスーパーに寄ることになるが、マンションの階段を着替えのためだけに往復するなんて考えられない。
「はぁー、今日は何にしようかな……」
若干のため息とともに今晩の献立を考える。
ちょっとカレーが食べたくなったけど、学校のある平日には作る気は起きないし……。
うーん、簡単にできる焼きそばとかでいいかな。
こういうとき野菜炒め用で売ってるパック野菜が便利だよね。
キャベツもやし人参とかちょうどいい量が一袋になって売ってるから、余らせたりしないし。
これに蒸し焼きそばで材料はいいかな。……ついでにカレー用の野菜も買って帰ろう。
「あ……、黒塚くんじゃないですか」
レジを通って商品を袋に詰めていると、ちょうど隣に野花さんがいた。
相変わらずのボサボサ頭に丸眼鏡だけれど、スタイルはとても抜群にいい。
「あ、お久しぶりです」
僕が挨拶をすると、野花さんがくすりと笑う。
「あはは。……黒塚くんは今日も夕ご飯は自分で作るんですか?」
僕の買った商品を眺めながらそんなことを尋ねてきた。
「ええ、そうですよ。今日は簡単に作れる焼きそばにしようかと」
「へぇ……。そうなんですね」
「はい」
「そういえばすずちゃんから聞きましたよ」
野花さんの言葉に僕は思わず顔を上げる。
ちょうど商品も詰め終わったので、二人並んでマンションへ向かう。
「……何をですか?」
「黒塚くんの作った料理、すずちゃんは食べたそうですね」
確かにおすそ分けのお返しで、僕の作った豆腐チャンプルをタッパーに詰めて返したけれど。
「すずちゃんだけずるいです」
「……ええっ!?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら野花さんが僕に言葉を続ける。
野花さんが持つスーパーの袋には、すでに今日の晩ご飯と思われるお弁当が入っているのが見える。
「私の分はないんですか?」
「いや、そんなことはないですけど……」
今晩の焼きそばは一人分しかないけど、今度作るカレーは大量に作っておく予定ではあるのだが。
「そうなんですか?」
いたずらっぽい笑みに若干の期待が混じった表情をする野花さん。
ボサボサ頭だけれど、なぜかその表情がかわいく見えた。
「……今度カレー作るのでおすそ分けしますね」
「え、ホントにいいんですか?」
若干目を逸らしながら言うと、野花さんが嬉しそうに詰め寄ってきた。野花さんの口調が砕けたものになってる気がしないでもない。
「ええ」
「ありがとうございます!」
気が付けばマンションの五階まで到着していたので、その場で解散となった。
「それじゃまた」
「ふふ。じゃあまたね」
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