第10話 買い物
翌日である。いつものメンバーと買い物に行く土曜日がやってきた。
次に秋田さんに合うまでは、僕の作った豆腐チャンプルの感想を聞くことはできない。
ましてや渡したタッパーは秋田さん自身の持ち物である。益々もって偶然会うしか機会がないわけだ。
なんとも悶々とした気分である。
「まぁ気落ちしていてもしょうがない。今日は遊びに行くんだし」
気分を切り替えて部屋着から外出用に着替える。
待ち合わせは目的地の大型商業施設――通称『モール』の最寄り駅に十時だ。学校の最寄り駅からだと快速で一駅だ。
スマホで乗り継ぎを確認すると、自宅からだと三十分もあれば余裕で着くかな。
ちらりと時計を見ると時間は九時二十分だ。……うーん、そろそろ出るか。
いつものメンバー四人とも電車通学だから、僕と同じ駅から乗るやつはいない。
財布とスマホがポケットに入っていることを確認すると、靴を履いて家を出る。
相変わらずの階段を下りてマンションを出ると、大通方面へ出て学校へ行く道を進む。途中の交差点は学校方面と反対側へと曲がる。
うん。まぁ当たり前だけど秋田さんには会わなかったな。
残念なような、ホッとしたような複雑な気分のまま目的地へと向かう電車に乗る。
出かけるたびにそうそう出会ったりするはずもない。何かしらの強制力でも働かない限りは。
待ち合わせの駅で降りて改札へと向かう。スマホで時計を確認すると十五分前に着いたようだが、先客が一人いた。
「おはよう」
「あ、黒塚くん、おはよう」
僕と同じ身長をした
隣に並ばれても自然に見える友人第一位なのが霧島だ。もちろん身長順で決まる順位であることに間違いはないランキングだが。
早霧? あいつに隣に立たれると本当に僕は子どもにしか見えなくなるからダメだ。25センチも差があったらもう何も言えない。
「相変わらず早いね」
「黒塚くんもじゃないですか」
「いやまぁ、そうなんだけどね……」
秋田さんに会えるか会えないかで悶々としていた気分を紛らわせるために早く出たなどと言えるはずもなく。
僕は苦笑しながらも言葉を濁すしかない。
まったく……、自分自身で作った料理の評価ごときでと思わなくもない。
それはともかく、霧島とは今日はどんな服を見るのかと雑誌の話をするも、肝心の雑誌が手元にないからか、アレとかソレとかの代名詞しか出てこない。
僕の場合は子どもっぽく見えなくなればそれでいいのであって、ファッションというもの自体にはそれほど興味がないのだけれど、霧島もそうなのかもしれない。
十分もすると三人そろって駅からやってきた。
「おう、早いな。そこそこ待ったか?」
「いやいや、すげー待ったよ?」
早霧の言葉に間髪入れずに大げさに突っ込むと。
「そこは『ううん、今来たところ』って言わないと」
「そうそう、こうやって両手を胸の前で握り締めてね」
と冴島が言葉を挟んで、黒川が実際に両手を胸の前で握り締めるジェスチャーを実践してくれる。
「なんでやねん!」
突っ込む僕を見ながら霧島がお腹を右手で抑えて笑っている。
「まぁまぁ、……ほなみんな揃ったし、行こか」
「気持ち悪い関西弁使うんじゃねーよ」
「すまん。黒塚くんのが
「僕のせいかよ!」
僕たち男三人のやりとりに、黒川もたまらず腹を抱えて笑い出す。
確かに僕が最初だけどさ。
「あっはっはっは! まぁこうやってバカやってても面白いけど、そろそろ行こうぜ」
こうして早霧の号令で、改めてみんなでモールに向かうことにした。
モールに来た目的はファッションである。
大柄な早霧と幅広な冴島は惰性で付いてきた感がしないでもないが、僕ほど興味がないというわけでもないようだ。
雑誌を片手に持つ黒川の話にもついていけているように思う。
……つまり僕だけが取り残されていたということか。今更になって驚愕の事実発覚ですよ。
でもちょっと待ってほしい。
ここにはみんな、自分の服を選びに来たんだよね? そこは間違ってないよね?
なのになんで黒川は手に持ってる服を僕にあてがっているんですかね?
ほらそこ!
そんな僕を勝手に評価するんじゃない!
何が「かわいい」だ!
「しかも女物だし!?」
「これが男の娘というやつか……」
冴島がしみじみと呟いている。
「違うから!」
ここは雑誌にも掲載されているブランドのお店である。
男物と女物の両方取り扱っているが、やはりというか比較的女性物の服が多い。
だからなのか、僕から見てもかわいらしいと思う服はたくさんあるんだけれど、それを僕にあてがうのはやめて欲しい。
「あら、かわいらしいお客さんだこと。とてもお似合いですよ」
「でしょう? 黒塚っちこういう服も似合うよねぇ」
「そうだね。黒塚くんも一着くらいはこういう服持っててもいいんじゃない?」
店員さんまで何言ってんの!?
冴島に至ってはよくわからないセリフだよね?
「なんだよ。息子と一緒に礼服売り場を前にした母親じゃないんだから。それに、僕に女装趣味はありません」
きっぱりと断るけれど、残念そうな顔をしないでいただきたい。
なんだかんだで騒ぎながら、お昼を食べた後はいつものようにゲームセンターを回り、お茶したあとにもう一度雑誌掲載店をひと巡りして夕方に解散したのであった。
戦利品は悲しいことに店員さんおススメの服だけで、自分で決めたものがなかったことを報告しておく。
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