君が好きです。
夢嵐
第一話『鬱陶しい……』
雲ひとつない青空の下、冷たいとも暖かいとも取れない気温の中、西からの風はいまだに街に寒々しい風を吹かせている。しかし、そんな中でも公園に所々植えられている桜の木は、春らしい優しい桜色に染まっていた。
そんな初春を感じられるのにかかわらず、僕は自分の温度で温められた布団の中に篭っていた。何故、朝の布団はこんなに温かいのだろうか。ここから出る気が無くなってしまう。元から出る気があるかないかと問われたら、答えはNOだが。
突然入ってきた暖かいと耳をつんざくような、元気だが甲高い悲鳴のようなモーニングコールで目覚めた。
「起っきろー!起きるんだ星井大佐ー!」
先程から僕の睡眠を妨害する、傍迷惑な声を出している主を確認すべく、渋々目を開く。
やはり、予想していた通りの美少女が僕に跨っていた。
「……おはよう。香織」
「うむ、起きたか星井少佐」
睡眠妨害から今までで、彼女の中では僕の位が二段階くらい下がったらしい。全くと言っていいほど、僕には彼女の思考回路が理解できない。最も、読心術や心理学を心得ているわけではないので当たり前の話なのだが。
「ふん、ふん、ふふーん♪」
できれば身体の上で身体を上下左右に揺れるのは止めて欲しい。空っぽの胃と脳がシェイクされて気持ち悪い。
とりあえず、降りてもらおう。
「上機嫌の所申し訳ないけど、とりあえず僕の上からどいてくれないかな」
「……むぅ」
彼女は頬を膨らませて、僕を睨む。そして、拗ねたのだろう。やや荒々しくスピーディーに僕の上から身体をどけた。頬を膨らませた姿は、なんだか小動物みたいで可愛かった。
「先、リビングに行ってるね」
彼女は僕に業務的なことだけを伝えて部屋から去っていった。まったく、朝からハイテンションなのかそうじゃないのか分からない人だ。もしかすると、彼女はローテンションで、僕を起こすときだけテンションを無理矢理上げたのではないだろうか?……いや、それはないな。どれだけ自惚れしているんだ、僕。
僕はまだ寒さで布団から出たくなかったが、今起きないと次は何をされるか分からない。言いなりになっている感じで嫌だったが、仕方なく毛布をを剥ぎ取って、少しだけ重い身体と一緒に意識も叩き起こす。
しかしまだ、完全には目が覚めていないらしく、洗面所に行く途中はふらついた足取りになってしまった。飲酒はしてないので悪しからず。
僕が洗面所の扉を開けると、リビングに行ったと思われていた彼女がそこで髪を整えていた。
何度見ても、彼女は正に僕の理想をその小さな身体に詰め込んでいるように思える。
ふんわりとした天然のカールに、人形の様な端麗な顔立ち。しかし、美人とも可愛いとも感じられる顔の彼女には、まだ幼さが多少なりとも残っていた。それがイイという輩も学校にはちらほら居るのだが、話を聞く限りでは理解がし難い話だった。
彼女は少し遅れて僕に気がつくと、三枚鏡の端の方に寄ってくれた。
「ありがとう」
「どーいたしまして!ねえ、光輝。この髪型どうかな!?可愛い?それとも美人?」
前言撤回、彼女のテンションはハイだったらしい。今日は三割り増しぐらいだ。いつもより鬱陶しい。やはり、僕には彼女が理解できない。
僕は、彼女を再度凝視する。いつもは適当に流す僕が珍しく瞬きもせずに見ているので、彼女の中にある羞恥心も隠れきらなかったらしい。次第に頬は朱く染まっていき、目はチラチラとしか僕と合わせなくなった。
いつもは適当に流している僕だが、朝の件も関係しているのか、からかってみたくなったらしい。お洒落に関して無頓着な僕は、とりあえず適当な言葉を羅列している。まったく、彼女は何をしているのかとうとう床にしゃがみ込んでしまった。
「ぁ……」
「ん、なに?」
ちょうど彼女の頭が手頃な位置に移動したので、セットした髪が崩れないように優しく撫でる。俯いてしまっているので表情は分からないが、耳まで真っ赤にしていた。
あれ……そういえば、最初はからかおうとしていた筈じゃないか?
そうと気づけば、直ぐに実行する。これぞ基本中のきに値する。ほら、ことわざでもあっただろう。思い立ったが吉日というやつだ。
「香織」
「な、なに?」
「その髪型、似合ってるよ。うん、やっぱりお前は可愛い。さあ、僕もすぐにリビングに行くから、香織は先に待ってて」
「う、うん。……えへへ、ありがとっ!」
そう言って、彼女は僕の頬にキスすると足早にリビングに向かった。恥ずかしいなら、最初からしなければいいのに。
よし、さっさと支度を済ませてリビングに向かおう。
彼女が作った朝ご飯が冷めてしまうのはイヤだからね。
※※※
支度を済ませてすぐにリビングに行き、朝ご飯を食べた。今日は洋食の日だったらしく、彼女としては珍しくやや形が崩れたサンドイッチが出てきた。
「ねえ、確認終わったー?」
「うん、終わったよ。お皿洗い、手伝おうか?」
「ああー……大丈夫だよ。あと少しで終わるから」
「りょーかいです。じゃあ、待ってるね」
「うん」
八時五分、うちの学校の生徒の中では、最も遅くに家を出ているのではないだろうか。他の生徒はほとんどが自転車か電車通学で、徒歩の僕たちに比べたら大変そうに思える。
程なくして彼女が準備をし終わった。最後に、もう一度リビングの電気だけ確認しておく。
「行ってきます」
「行ってきまーす!」
家を出る時にすることといったら、どんな時でもやはりコレだろう。
普段していることなのに、何故か微笑ましく思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます