08:化物を見よ / Ecce Führer.

 銃声が木霊し、どこかで人が死んでいるのだなと少女は漫然と思う。くたびれた祖国、不平を抱く国民、強き者を求める声。全てはあの時と一緒だと祝いで安堵する。


 この世界に生まれ落ちた時には、気でも狂ったのかと憂いたものだ。さりとて一握の可能性だけに賭けて今日まで生きてきた事は、どうやら過ちでは無いと確信するに至る。この響く鉄製の金切り声こそがその証左だ。


 且つまったくの偶合にも、最後まで寄り添ってくれたあの女の名前までを背負って、今ボクはここ居る。立ってここで、もう一度天秤を覆す機会が与えられている。


 ならば為さねばなるない。幾度でも、幾度でも、高く掲げた鉄拳を振り下ろし、嘗て打倒し得なかった未来を、千年王国ドリテスライヒの栄光を我が足元に打ち立てて睥睨する。そして、その為ならば。


「――我、神に祈らん、主よ、祖国を守りたまえ」

 祈る事に、なんの躊躇があるだろうか。定かならぬ神に媚び諂う事に、なんの惑いがあるだろうか。ヒンデンブルクを出し抜いた時と同じ、議会を掌握した時と同じ、全ては全てを手に入れた上で、嬉々として反故にすればいい。


 湧き上がる力、にじみ出る膂力。前世と異なる点があるとすれば、この恩寵によりて、自分が魔導士として十全に力を振るえるであろうという事実。嘗ては一介の兵士としてすら役に立たず、ほぼ半生を日陰者として暮らした忌まわしい能無しであったにも関わらず、だ。誠に素晴らしい。前線に立って指揮を採れる指揮官は、美しい。自身がそう願い、かくあれかしと望んだソレだ。


 今度はナポレオンの如くサーベルを抜こう。東部を潰そう。英国へ渡ろう。モスクワを燃やし、ロンドンを塵芥に帰さしめよう。フランスの残党は皆殺しだ、ゲットーに送って、黒い灰になるまで炙りつくそう。ああ、想うだけで四肢が滾る! 今ここに、新たなるアーリア人の為の国家ライヒを。


 少女は窓際に立って、燃える帝都に目を移す。これであの日和見な愚父が死ねば舞台は整う、そして恐らくはそうなるだろうとほくそ笑む。皇族に拾われた事あらほましきかな。小市民から伸し上がった自分が、ここまで中央に近く在って、最上段まで駆け上がれぬ訳が無いと信じてやまない。


 さあ時よ来たれ。我が闘争を結実させる為に。あの日、終わらせられなかった物語を終わらせる為に。アルトゥールよ、帝国よ、忌まわしき神よ、今一度我に力を。


 その日、後にベルン事変と呼ばれる火災の陰で、一人の化物が産声をあげた。されど前へ前へとひた進むライヒの曙光は、未だ見えない。

 



 幼女戦記 - Also sprach Zarathustra - (完)

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