第8話 銀に映るもの

「アハハハハッ……、ふぅ……はい。ふざけるのはこれくらいにして、早く外行って身体きれいにしよっか。起きて?」



 打った尻の痛みも忘れしばらく戸口の前で笑いこけた後、テララはその人の手を引いて起き上がり戸口を潜り外へ出た。うむ、これはどうやら一筋縄ではいかなそうな気配だ。


 すると例の如く途端に変わる世界に銀の瞳は再び興味津津だ。先程部屋を出た時とは比べ物にならない興奮のしようだ。

 そのはしゃぎようには手を繋いだテララの方が逆に揺さぶられ足下が覚束なくなる。これならまだスクートスの綱を引く方が何十倍も楽というものだ。



「テ……ラ、ラ! ラッ……ラッ!! テ、ラ……!! テ、ラ……テ、テ!!!」

「う、うん。外に出たね。あーー、ほらちょっと落ち着い、てよ。前、階段ある……から。……ね、ちょっと……ねえ!」



 その先には少々傾斜の急な階段が待ち構えるている。ただでさえ手を引かれ歩くのがやっとであるにも関わらず、この注意散漫な状態は非常に危うい。

 階段を下りれば身体を洗う水瓶まで直ぐだというのに、もどかしい気持ちを抑え、テララはしばし無事に階段を下りる手立てはないか思考を巡らせる。



「んーーと……、んーーと……あっ!?」



 そして幸いにも名案を思い付き、少女は興奮する銀眼の人を支えながらそっと瞳を閉じ、鼻腔に空気を取り込むと静かに唇を開いた。



「……Small floribus …… vernantium in deserto …… Etiamsi tu solus …… facti sunt ……」



 誰かを気遣う身の内に沁みる柔らかさとも違う。驚き危ぶみ張り上げた鋭さとも違う。

 今、少女の口から溢れるその音は、好奇心にそそのかされた銀眼の人の耳を撫で、鼓膜をくすぐり、三半規管を脈動させ、一途にその関心を惹き付ける音色だった。



「……ッ!? …………テ、ラ……ラ……?」

「……今のはね。私が幼かった頃に、お母さんがよく歌ってくれた歌なの……。全部は覚えていないんだけど、私……すごく好きでね」



 懐かしい記憶を想い返すテララの表情には幾分哀愁が影を潜めていた。

 そんな少女の表情に銀の瞳は見入り、穏やかにも取れる様子で何やら伝えたそうだ。



「……テ、ララ……、υ……ウτ、τ……ウ、タ。……ウタ……」

「気に入ってくれたの? フフッ、続き聴きたい? んと……、ちょっと恥ずかしいけど、……ちゃんと、聴いててね?」



 テララは頬を少々赤らめ視線のやり場に困った様子ではあったが、再び瞼を閉じ呼吸をゆっくりと整え、母より継いだ歌をそっと愛おしむように歌いはじめた。

 銀眼の人はその歌に興奮し身体を揺することなく、ただ静かにテララの顔をその銀の中に写し耳に伝わる感覚に集中しているようだった。


 そうして二人は無事に階段を下り、心地良い音色に浸りつつ家屋の下に据え付けられた水瓶の傍までやってきた。

 支柱を1つ挟んで隣にはスクートスのピウがまだ寝息を立てている。

 またしても銀の関心が未知の物体、ピウに逸れること避けるために、テララはその人がピウに背を向けるように誘導し立たせた。全く気が抜けない。



「ふう、やっと着いたね。……ああっ、後ろはまだ向いちゃだめね。そのままだよ? いい? そのままだからね? ……よし、それじゃ、身体洗うよ? この中に入って、そうね……座ろっか? 歩き疲れたでしょ?」



 テララはその人の手を離し水瓶の脇から大きめの桶を運び出すと、その中に座るように促した。

 再び手を引かれるままに銀眼の人は片足ずつ桶の中に入り、膝を抱える形でその中に大人しく座り込んだ。



「あーー、えっと、その前に服、脱ごっか。ピウちゃんの影に隠れて他の人からは見えないから安心して? 少し寒いかもしれないけれど、そこはちょっとだけ我慢ね?」



 テララはそう言い銀眼の人の反応を待ったが、例の如く当人は桶の中に座り込んだまま頭上の床板を興味深そうに眺めているだけでまるで話を聞いていない。



「えっと……うん……。それじゃ、両手上げてくれる? こんな風に。服脱がせてあげるから。分かる? こうだよ? こう。ばんざーーいってするの。できる?」



 テララはしょうがないといった面持ちで桶の前に屈み、床板に夢中の人に両手を上げるように促す。

 銀眼の人は不可解な動作をするテララに小首を傾げつつ、一つの悪覚えのごとく見よう見真似に両の手を持ち上げてみせた。



「うん、いい子。そのままじっとね? 今、脱がしてあげるからね……」



 いつまた好奇心が他へいってしまうか分からない。テララは透かさず銀眼の人の破けた裾を掴みまくり上げた。

 幸いにもその人が身に着けていた衣服は、上下一体型の形状をしており一枚布を被っただけの物であった。

 そのため一気に脱がせるつもりで掴んだ腕を持ち上げた。そうしたかった。そうしたかったのだが、目の当りにした予想外の現実にいたいけな少女は衝撃を受け、初心な悲鳴と共に咄嗟にその腕を下げ"それを隠した"。



「えっ……?! 嘘でしょっ……?! だって、あなた、髪汚れてるけど長いし……、その、背だって私より……え? だって……え? うそっ、ええええええっ!!!?」

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