先生とわたしのお弁当/著:田代裕彦
富士見L文庫
第1話
お弁当箱のふたを開けるとそこは中華だった。
最初にわたしの目に飛び込んで来たのは、真っ赤なチリソース。
それからチャーハンとシュウマイ、春雨サラダ。
まさに絵に描いたような“中華風弁当”だ。
飾り気は少なく、お弁当箱を開いた瞬間に「わあ、おいしそう!」となるとか、そういう類のお弁当ではない。
でも、その素っ気ない感じが、作ったひとを表しているかのようで、当人を知っている身からするとちょっとおかしくなってしまう。
わたしはそのひとの顔を思い浮かべつつ、「いただきます」と手を合わせた。
早速、わたしはチリソースにお箸をのばして――?
ええっ!?
ぶ、豚肉……!?
チリソースだからてっきりエビチリかと思っていたのだけど、わたしの箸がつまんだのは、海老のむき身ではなかった。
チリソースの中から出てきたのは豚ロース。
1センチ厚ほどの拍子木切りになった豚ロース肉だったのだ。
エビチリならぬブタチリ……とでもいうのだろうか。
エビチリならこれまでいっぱい食べて来たけれど、ブタチリは初めてだ。
さて、どんなお味なのかと、期待八割不安二割くらいの気持ちでぱくりと口にする。
んんっ!! おいしい!
海老のプリッとした食感とはまた違うけど、豚肉は硬すぎず柔らかすぎずのちょうどいい火の通り具合。
海老よりもボリューミーな食感がピリ辛のチリソースにそりゃあもうよく合うことよく合うこと。
普通なら「これはご飯がすすみますねえ」というところなのだけど、今日の主食はチャーハン。
うーん、残念――かと思いきやそんなこともない。
その辺は心得たもので、チリソースの味は少し抑え目だったのだ。
あまりに味が濃すぎると白いご飯が欲しくなってしまうと見越してのことだろう。
うむ、心憎い気配り。
あとニンニクの風味がしないのも嬉しいところ。
個人的にはショウガとニンニクたっぷりのがっつり系も大好きで、味はちょっと物足りないかなというところなのだけど、これはお弁当であることを考慮した上だろう。
一応これでも女子高生。乙女の端くれである。
自他供に認める食いしん坊であるこの
細かいところでも配慮や工夫がお弁当から伝わってきて、嬉しくなってしまう。
工夫といえばシュウマイもそう。
シュウマイシュウマイと言ってきたが、これがただのシュウマイではない。
肉ダネの周りを包んでいるのは、いわゆるシュウマイの皮ではなく、なんとキャベツ。
千切りにしたキャベツで肉ダネを包んで蒸しあげているのだ。
そう、キャベツシュウマイなのですよ!
ブタチリにシュウマイと豚肉が続いてしまうため、そのままではちょっとくどくなってしまうかもしれない。
だから、キャベツの青味で口の中をすこしリフレッシュ、というわけだ。やるなあ。
肉ダネの中身は豚肉、貝柱、たけのこ。
平凡といえば平凡なものなのだが、貝柱とたけのこが、普通の粗みじん切りよりちょっとあらい。
ごろっと口の中に残る食感は、冷凍食品やチルド食品にはないまさに手作りならではの味。
シャクッカリッコリッという風な、シュウマイとも思えない食感は意外と癖になる。
シャクッカリッコリッシャクッカリッコリッシャクッカリッコリッシャクッカリッコリ。
しゃくっかりっこりっしゃくっかりっこりっしゃくっかりっこりっしゃくっかりっこり。
……はっ。なんか没頭してしまった。
箸をシュウマイからチャーハンに伸ばす。
そのチャーハンも玉子と叉焼とおネギだけのシンプルなもの。ひと口食べるとガラスープと黒コショウに混じってお醤油の風味がした。
とすると、チャーハンってよりは焼き飯なのだろうか。わたしも両者の違いはよくわかっていないが、本当か嘘かチャーハンは塩味で焼き飯は醤油味という区別をしているところがあるとかないとか。とは言え、鉄板焼きのお店でウスターソースで作るのも焼き飯って言うしあまり信憑性はないのかもしれない。
まあ、おいしければ名前なんてどうでもいいのだけどもぐもぐ。
あー、少し焦げたお醤油が香ばしい。
お焦げのカリカリした食感を楽しみつつ、春雨サラダに箸をのばした――。
その時。
ふおおっ!?
何の気なしに春雨サラダを口にしたわたしに更なる衝撃が!
いやまあ衝撃ってのは大袈裟だけれど。
春雨サラダをぱくりとした瞬間に口に広がったのは、強烈な梅の風味。
これは……梅肉!
鶏ガラスープにお酢とお醤油とごま油のオーソドックスな組み合わせのたれに、細かくほぐした梅肉が混ざっているのだ。
おいっしい……っ!
今日のお弁当は主食のチャーハンも含めて脂味のあるものだったので、ちょっと口の中がこってりしていたところだったのだ。
そこにきて、梅の酸味に口の中を洗い流されるような爽やかさを感じた。
いやー、これにはやられましたわー。
もちろん、こんなやられかたなら大歓迎。
結構ボリュームのあるお弁当だったけれど、多いとか重たいとかまるで気にもならずにペロリと平らげてしまった。
ああ、しあわせ……。
お弁当ひとつでこんな多幸感を得られるなんて、安上がりな女だなーと自分でも思うが、事実なのだから仕方がない。
逆に言えば、お弁当ひとつでこんな幸せな気分になれるのは、お得というものじゃないだろうか。
そんなことを考えながらお弁当箱のふたをぱたんと閉めた、その時だった。
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