第15話  俺たち足場屋

「おはよう、圭太」

「おはようございます、慎吾さん」

「体調はどうだ? 猛暑の作業は大変だからな」

「食欲がないですけど、体調は問題ありません」

「おはよーっす。圭太、食欲ないのか? 夜肉でも食いにいくか?」

「直ちゃん、おはようございます。肉は食べたいかも! 直ちゃんのおごりですか?」

「いいだろう。俺がおごってやる。つか、食べないと体力が落ちて、この仕事は余計にえらいからな。今日も35度以上だから、辛くなったら言えよ」

「ありがとうございます」

「直樹。お前も成長したな」

「慎吾さんのおかげっす」

「直樹さ。そろそろ俺から離れるか」

「!」

「直樹が職長として、下をつれて現場に出てみるか?」

「いきなりなんで!」

「いきなりでもないよ。前から社長や祥さんと話してた。次のステップにいく頃じゃないかって」

「すごい! 直ちゃん。独り立ちですね」

「……」

「どうした直樹? うれしくないか?」

「うれしいっす。でもなんか、いきなりで」

「不安か?」

「はいっす」

「そうだよな。俺の下にいるのとは訳が違う。俺と同じ位置にくるってことだ。でも、いつまでも下ではいられないし、いたくないだろ」

「それは……」

「早く俺の横までこい」

「慎吾さん」

「直樹は俺がずっと教えてたんだ。絶対大丈夫。圭太もそう思うだろ」

「はい。直ちゃんなら、頼れる職長になれます」

「だな。直樹は俺の一番弟子なんだろ?」

「俺、慎吾さんの一番弟子っす」

「今は二番弟子の圭太がいる。今度は圭太に、お前の背中をみせる番」

「はいっす! 俺、がんばります」

「じゃあ社長には俺から話をしておくから。でも、すぐってことはないからな。今の現場が落ち着いてからだから、もう少しよろしくな」

「もちろんっす。圭太も」

「はい! 僕もすぐに追いつきますから。直ちゃんよりも早く独り立ちします。そしてすぐ追い抜きます!」

「言ったな! 受けてたつ! どんとこい」

「圭太ならやれそうだな」

「慎吾さん~それはないっす」

「わるい。二人とも頑張れ、応援する」

「はいっす」

「はい」

「それじゃ、現場に行くぞ。解体からだな」

「はい! お願いします」

「あ! ちょっと俺トイレ」

「早くいってこい!」

「はいっす!」

「直樹は直樹だな」

「直ちゃんは直ちゃんですね」



「晃君。早く現場に行くっすよ」

「ちょっとまて裕也。ポエムがいい感じなんだ。これだけ書いたら」

「なんでそんなにハマったんすか~」

「……花のような心? 夢? 愛か?」

「あ~き~ら~く~~ん」

「できた。それがさ~~嫁におくったら、電話に出てくれるようになったんだよ~」

「は!? 電話って。まだ帰ってきてないっすか?」

「うん。でもポエム読んですげ~笑ってた。ここまでバカだと思わなかった、とか言って」

「で、なんでまたポエム書いてるっすか? 帰ってきてないのに」

「だって。ポエムで電話に出てくれたんだぞ。おくり続けたら帰ってくるだろ」

「……」

「だけどさ~。前よりいいポエムをおくるって難しくてさ~。あと何回おくったら帰ってくるかな」

「帰ってこないっすよ」

「裕也、わかってないな~。ポエムは想いが通じるんだ」

「それ、木下さんの受け売りっすね」

「本当だっだし。木下さんすげ~」

「晃君って、バカですね。知ってたっすけど」

「バカでいいよ~」

「多分奥さんも、こんな気持ちだったんっすね」

「こんなって、どんなだよ」

「諦めっす。笑うしかないっすよ」

「だろ。笑うってことは、許すってことだ」

「違うっす。諦めたっすから。もうどうでもいいんっすよ。晃君が何をしようが、バカだな~って笑ってよしっす。これって他人ごとですね」

「俺たちはこれでも夫婦だ」

「だから、そう思ってるのは晃君だけ。奥さんはとっくに離れたっすよ。心が」

「お! 〝離れた心〟いいな~」

「晃君のバ~~~~カ」

「なんだ、裕也!」

「もうう離婚っす。り・こ・ん」

「ぜって~しね~し」

「そうっすか。せいぜいポエム頑張ってくださいっす。つか、早く現場行きますよ。原さんに怒られる。出遅れたから、コンビニにはよりませんから」

「まて、すぐ行く。行くからコンビニよってくれ。からあげ棒は絶対だ」

「ここまでバカだとは……残念っすね。奥さん」



「原さ~ん。ここにあった僕の図面知らない?」

「知らんわ!」

「原さん、最近祥君みたい。冷たい」

「片付けない金山さんが悪い。あと祥には勝てんわ」

「え~。使おうと思って出したんだよ~。どこに行ったんだろ。誰か引き出しに入れちゃったかな~」

「さっき事務員さんが掃除してたから、捨てられたんじゃないですか」

「また~?! 愛ちゃんかな~」

「金山さん。愛ちゃんに嫌われたな」

「そんなことないよ~。今はちょっとドキドキしてるだけで」

「あ!? 金山さん、やっぱ変態」

「なんだか変態って言われすぎて、本当に変態なのかな? って思ってきたよ」

「今まで思ってなかったんかい!」

「だって。男はみんな変態でしょ。出すか出さないかの違いで」

「金山さんは出しすぎ」

「そうかな~。まだ全然だよ~。こんなので変態なんて。本当の変態に申し訳ないよ~」

「金山さんやべ~。おもしれ~」

「おもしろくないよ~。ね~図面は~」

「捨てました!」

「愛ちゃん、おはよ~。どこに捨てたの?」

「もう今頃燃えてます」

「うそ~」

「片付けないと捨てるって、言いました」

「愛ちゃん、捨てるタイミングが早くない。もうちょっと置いておいてよ~」

「嫌です。金山さんのはとくに嫌です」

「ぶは。愛ちゃん言うね~」

「ね~。愛ちゃんってば、勢いが止まらないよね。おじさん朝から」

「キモイ! それ以上言わないでください」

「がははは。おもしれ~。嫌われた~」

「違うよ原さん。あれはね、愛情の裏返しだよ」

「がははははが。マジキモイ。おもしれ~。えらいのに目つけられたな。愛ちゃんも」

「ホント最悪!」

「わ~。今の声いいね。もう一回」

「…………」

「ぶははははは。ひ~おもしれ~~~」



「秀君。ちょっときて」

「梨花ちゃん?」

「朝ね、私の引き出しに入ってたんだけど。これ」

「ポエム……」

「そうポエム。これってさ、木下さんが書いたのだよね」

「この字はそうだね。これが梨花ちゃんの引き出しに入ってたの?」

「そう!」

「あの人すごいな」

「なに?」

「いや、なんでも。で、ポエムがどうかした?」

「このポエムさ。私じゃなくて、秀君にあげようとしたと思う」

「え?」

「私の隣の引き出し、ちょうど秀君でしょ。間違えて入れちゃったんだよ」

「やっぱり。あの時、勘違いして」

「この前ので分かっちゃったよ」

「……」

「木下さんは秀君が好きなんでしょ。このポエムにもほら。見つけて、追って、でもドキドキしてそれ以上はできないって。これって、みてた時の心境でしょ」

「梨花ちゃん……あのね」

「大丈夫。男同士とかよくわからないけど、内緒にしておくから」

「ちが」

「あ! でも私のこと疑ってるんだよね」

「だからちが」

「木下さんに会ったら、何でもないよって言っておくから」

「梨花ちゃん!!!」

「どうしたの、大きい声で」

「それ、全部ちがうから」

「え?」

「梨花ちゃんの勘違い。だから木下さんにも変なこと言わないであげて。あの人見かけによらずピュアだから」

「そっか。そうだよね。私が言ったら知ってることバレちゃうもんね」

「……。そうだね。もうそれでいいから、静かにしておいてあげて」

「わかった」

「恐るべし、天然梨花……。木下さん……残念」



「ぎゃはははは~~!! さすが梨花だね」

「由紀ねぇ~。俺はマジで落ち込んでる。俺のポエムが~~」

「ヤバイ~腹痛い。笑い死ぬ~~」

「由紀ねぇ~。俺の純情を弄んで。俺のハートは繊細なの」

「何が繊細だ!」

「傷つきやすいの!」

「あっそ! もう梨花最高。可愛い~」

「可愛い! その通り。その可憐な姿を見て書いたのに。まさかの秀!」

「ぎゃはははは~~」

「俺の恋心が~~。散っていく……」

「バカ! いちばん迷惑だったのは秀だ。まさかの男同士って。ぶふっ」

「由紀ねえ! 俺は落ち込んでるの!」

「秀の心境を考えると……。は~おもしろ~」

「由紀ねえ~」

「すべては、ポエムの力不足だな。へたってことだよ」

「そんなことない。あれは最高傑作だった」

「だいだいさ。ゴリラみたいな顔してポエムって」

「ポエムをバカにしたな」

「違うは。木下をバカにしたの。なにキモイことしてんの。今時ポエムなんて」

「由紀ねえみたいな、心がドロドロの人間にはわからないね。ポエムの良さなんて。想いを言葉にして。しかも短く簡単に。こんなに美しいものはない」

「冗談は顔と性格だけにしてよ。って全部か」

「由紀ねえ~悪魔だ」

「悪魔でけっこう。その美しいポエムも梨花には伝わらなかったんだから、もうやめたら」

「いやだ。リベンジしてやる。もっといいものを書いてやる」

「また秀にわたすに決まってる。まず先に、梨花の誤解をといたら? そんな勇気もないくせに」

「当たり前だ! あんな可憐な子に、そうそう近づけん!」

「ほんとに顔に合わないこと言ってるな~。ゴリラのくせに」

「俺は恥ずかしがりやだし、ゴリラは関係ない!」

「そうやってこそこそするから、誤解されるの。男なら堂々としろ!」

「恋の前には無理。眩しすぎる」

「はいはい。キモイ奴多すぎるわ!」

「くそ~由紀ねえ~」

「はぁ~。楽しかった。梨花をみたら、また思い出しそ」

「由紀ねえ。上手く誤解を解いておいてよ」

「やだよ。こんな楽しいのに」

「やっぱり大魔王だな」



「お疲れ様です。祥さんが送ってくれた写真、よく見えないです」

「ちゃんと陸斗に言われたようにやったぞ」

「もう一回やってください」

「え~ヤダ。スマホ嫌い」

「本当に機械音痴ですね」

「うるさい。ちょっと苦手なだけだ」

「ちょっとどころじゃないですよ。さっきの通信ゲームも、祥さんのせいで死んだようなもんです」

「あれはブタが悪い」

「グループラインみました? 文句すごいですよ」

「みたけど。返信できん」

「うそ」

「字が打ちづらいんだよ。スマホは」

「ヤバイ」

「あいつら。俺が返信しないことをいいことに、言いたい放題言いやがって。明日の現場、ガチガチに組んでやる」

「祥さん、それ職権乱用」

「あいつらが悪い」

「祥さんはあれですね。スマホの勉強会を開いてもらったらどうですか」

「陸斗が教えればいい」

「嫌ですよ」

「教えろ」

「嫌です。祥さん、覚え悪そう」

「陸斗、お前も」

「いいですよ。どこの現場にでも入れてください」

「可愛くない! お前だけだよ。俺にたてつくの」

「へ~」

「その興味のない言い方、なんとかしろ」

「すいません。脱力系なんで」

「俺は俺様系」

「写真お願いします。お疲れ様です」

「聞かなかったことにするな! 切るな!」



「社長。一回目の勉強会、来週の金曜日にしますか?」

「その日は、俺ゴルフで一日いないな~木曜日にしないか」

「木曜日は僕会議ですけど、いいですか?」

「祥もいて欲しいから、水曜日は?」

「水曜日なら大丈夫です」

「OK!」

「はい。あとは、最初の先生を決めないといけませんね」

「やっぱり、慎吾かな」

「無難ですね」

「経験年数だけなら、晃もなんだけどな~」

「ブタはダメですね。まず人に教えられる言葉をもってません。それに、緊張で当日休むかもしれません」

「あいつね~。なんであんなかね。経歴長いのにな~」

「頭には向いてませんね。本人にも、その気がないし。永遠の下っ端です」

「あいつはそれでいいか~。じゃあ、初回は慎吾を先生にして。内容はどうする?こっちで決めるか、それとも」

「勉強会に出た人の質問に答える形の方がいいかと」

「そうだな~。当分はそうしてみるか。じゃないと勉強会の意味ないしな」

「それで様子みてみましょう。人もどの程度集まるかわかりませんし」

「これさ、教える人間で大分差がでそうだな」

「ですね。でも仕方ないかと」

「ま~やってみるしかないな」

「そう思います」

「今こそ、レベルアップの時だもんな。人が揃って、だいぶ落ち着いてる今だからできることだよな。足場屋も増えてきて、安い金額で請け負うところも多い中、うちは足場の質で他社と差をつけたいからな」

「やるだけやって、また問題があればその時考えましょう。職人たちのやる気とか、性格を改めてみるのも、こっちとしてはいいと思いますし」

「祥~。お前、頼りになるな~。助かるよ」

「好き勝手、自由に仕事させてもらってますので。手伝えることは手伝います」

「ありがたいな~。ほんと俺は、従業員に恵まれてるよ」

「社長の人柄だと思いますけど」

「祥~! うれしいこと言ってくれる。今日は飲みにいくか」

「はい。付き合います」

「じゃあ、俺もお願いしま~す」

「原っち。タイミングみてたでしょ」

「バレた? 真面目な話してっから、入りにくくてさ」

「原。お前も勉強会には出席してくれよ」

「いいですよ。なんか面白そうだし」

「原っち、なんか企んでない」

「別に~」

「原、なんか企んでるのか?」

「企んでませんて」

「あの~社長。その勉強会、私も出ていいですか?」

「梨花ちゃんも?! もちろんいいよ。でも何で?」

「事務ですけど、もっと足場のことを知っていてもいいと思って。監督さんの話しや、お客さんの電話なんかでも、もっと自分に知識があったら、ってよく思うので」

「大歓迎だよ」

「梨花ちゃん、えらいな~。事務員の鏡だわ」

「とんでもない。もっと知識つけて、アシスタントとしてレベルアップして、原さんの話しも、今以上に分かるようになりますから」

「お~良い子。社長、事務員にも恵まれてますね」

「ほんとだよ。もう今日はみんなで飲みにいこ。ちょっと早いけど、仕事やめて飲み行こう!」

「お~社長、ふとっぱら」

「俺はこの図面だけ片付けたいのでそれ終わってから」

「おい、祥~。乗り悪いな~」

「真面目なんで」

「どうせ俺は不真面目だ」

「ね~。それ僕も行きたい~」

「金山さんはダメです。まだ私が頼んだことが終わってません。この見積もりだって今日までですよ。この書類もFAXしてませんし。終わるまでは席から立たせません」

「愛ちゃんってばも……」

「それ以上は言わなくて結構です。早く仕事してください」

「ぶは。金山さん。なんか夫婦漫才みたい」

「原さん。キモイこと言わないでください」

「愛ちゃんてば、息を吐くようにキモイって言うよね~」

「金山さんは余計なこと言ってないで仕事」

「ぶはははは。完全に尻にひかれて」

「なんなら原さんもひきましょうか?」

「いえ……。大丈夫です」

「原さんも、愛ちゃんにはかなわないね~」

「愛ちゃんこえ~」

「ますます由紀のおばさんに似てきたよね~」

「なんか言った? おやじ」

「あれが本物だね~」

「確かに。あれみると、愛ちゃんが可愛く思えるわ。年季の入り方が違うわ」

「そりゃいい歳だし~。まだまだ愛ちゃんじゃ、勝てないよね」

「2人とも、そろそろ静かにしないと殺されますよ」

「お~。うちの事務所はみんな仲がいいな~」

「ぶははは。社長の解釈!」

「いい足場屋になってきてうれしいぞ」

「足場屋って言ったら、俺らもですよ」

「お疲れ。慎吾たち帰ってきたな~お前らも飲み行くか」

「いいですね。ちょうど、肉を食べに行くつもりだったんで。よかったな、直樹」

「社長! いっぱい肉食いたい。俺と圭太」

「圭太も肉か!」

「はい。体力つけようかと」

「それはいい! 肉な! いっぱい食え!」

「いえ~~い。俺も肉! 肉!」

「お、晃きたか。お前も行くか」

「いく~! 社長、からあげも食っていい?」

「いいぞ。なんでも食べろ」

「いえ~い!」

「晃君。ポエムはいいっすか」

「いい。肉が大事だ」

「そうっすか」

「裕也もこいよ。からあげ食べようぜ」

「いくっすけど。晃君、今手にからあげ棒持ってっるっすよね」

「これはこれだ」

「なんかだんだん、晃君のすごさが分かってきたっす」

「やっとか~裕也」

「裕也。お前も大変だな」

「社長。本当にそう思ってるっすか?」

「思ってるけど、裕也にしか頼めないとも思ってるぞ」

「うれしくないっす」

「すまん。あいつを頼む」

「はぁ……。肉いっぱ食べさせてくださいっす」

「もちろんだ! 食え食え!」

「いえ~い!! 社長最高~」

「行くぞ! みんな俺についてこいよ」






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