■オープニングフェイズ〈ゲオルグとレナーデ〉1

【栄光の卓、北の脚 接天域 聖カルラ通り東駅】


 列車の中で男は目覚めた。時刻は朝、折りしも列車は駅に入っていくところだ。

 男は自分の記憶がないのに気づく。自分の名前と、簡単な経歴くらいは思い浮かぶが、それ以外のことがすっぽりと抜け落ちている。

 我が身を振り返ると、手甲と胸当てだけの簡単な鎧を纏っていて、一振りの片刃の長剣、そして真っ黒く塗りつぶされた小盾が傍らにあった。

 いくらかの金銭と、切符を発見してひとまずは安堵し、列車を降りた。

 男は――驟雨通りのゲオルグは、駅の中をゆっくりと歩いていく。存外立派なもので、ガラス張りの高い天井から朝日が差し込んでいる。

 周囲には尖った耳のエルフたちや、獣人ライカンスロープも混じった、旅人や、冒険者らしい一群が多くいた。

 駅を出ると驚くべきものが眼前にあった。

 前方に空はなく、垂直の壁が視界全てを覆っている。その壁上に数々の建物が並び、都市がずっと向こうまで――地平線の彼方まで続いている。

 巨大な壁を見て呆然と立ち尽くしていると、ゲオルグの背中に誰かがぶつかって来た。

「痛ぇ、おいあんた、何立ち止まってんだい」

 振り返ると、エルフの女が苛立った顔でこちらを見ていた。

 端正な顔立ちだが、小狡そうだ。左の目元に傷があり、そして右耳の先が欠損している。

「ああ、悪いね、姉さん。ちょっとこれを見てびっくりしちまったんだよ」ゲオルグは詫び、そして他の通行人の邪魔にならないように脇にどけた。

 エルフの女もそれに着いてきて、意外そうに言う。

「天板を見るのが初めて? 脚のよっぽど下のほうから来たってのかい? まさか〈床〉や〈天面〉の出なのかい、あんた」

「いや、覚えてないんだ、それが。どうしたもんかと思っててね」

「覚えてない? 記憶がないとでも? その盾、今や主君無き黒騎士ってわけだろう。いや、ちょうど良いかもねえ」エルフの女は笑いながら言う。「あたしもここに来んのは初めてだし、相棒が一人欲しかったところさ。あんたもまずは仕事が必要なんだろう? それなら話は早い。あたしと一緒に冒険者稼業を始めようじゃあないか。どうだい?」

 少し考えてゲオルグは答える。

「そうだな。俺もちょいと剣を振るうくらいしかできない、ケチな身分さ。まずは当面の生活費を稼がないといけなかったし」

「記憶がないんじゃなかったのかい?」

「ほとんどな。だけど、自分にできそうなことくらい、当たりが付くさ。幸い、姉さんは経験豊富そうだし、助けてもらうのもいいかもな」

「そりゃ良かった。あたしが付いてりゃ安心だよ。さて、そうと決まればギルドへ行くとするか」歩き出しながら、エルフは振り返って尋ねる。「ああ、あんたの名前は、相棒?」

「驟雨通りのゲオルグ、って呼ばれてたな、確か」

「ゲオルグか、あの〈漂流王〉と同じ名前だね。あたしはレナーデ。〈片耳のレナーデ〉さ」

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