僕の幸せは君のために 君の幸せは僕のすべて

@kotouki_miko

幸せってなんだよ……

 大切な、大切な旦那様へ

 

 こんなお手紙を書いて、ごめんなさい。

 きっと、もう伝えれないような気がして手紙にしました。

 今まで、こんな私と一緒にいてくれてありがとう。

 今まで、いっぱいわがまま聞いてくれてありがとう。

 こんな私を好きになってくれてありがとう。

 あなたが、この手紙を読んでいるころには、私はもういないでしょう。

 神様にたくさんたくさん、お願いしました。

 『私を殺して』と。

 私なんて、生きていてもなんの意味もなくて、邪魔な存在。

 なんにもできなくて、迷惑ばかりかけちゃう、いらない存在。

 なのに、あなたは私を必要としてくれた。一緒に居てくれた。本当に嬉しかった。

 でも、あなたの時間を無駄にさせてしまった。十年間――本当にごめんなさい。

 だから、神様にお願いしたの。

 『どうか、あなたがこれから幸せでありますように』って。

 私と一緒に居たら、あなたが不幸のままだから、私なんて居ない方がいいんだよ。

 きっと私の事なんて、すぐ忘れるよ。……忘れちゃうんだよ。

 何も残せなかったから。何も残してないから。

 本当にごめん。十年も、あなたの時間を奪って。本当にごめんなさい。

 最低な妻で、ごめんね。

 すぐ怒っちゃってごめん。叩いてごめん。子供でごめん。いい奥さんになれなくてごめん。

 次は、ちゃんとした奥さんと一緒になるんだよ。

 神様にお願いしてるから、大丈夫だと思う。

 私の命をあげて欲しい。

 私の幸せをあげて欲しい。

 もう不幸にしないで欲しい。

 って、お願いしてあるから。だから、安心してこれからの人生送ってください。

 幸せになってください。

 ごめんなさい。


――――…………

「俺は、幸せだったのに。なんで、勝手に不幸せだって決めるんだよ。本当に……自分勝手だよ……」

 手紙を額に押し付けて、涙を流した。

 1人で住むには広すぎるアパートは、思い出がいっぱいあった。なんにも残してない訳がなかった。8割方、妻の物だった。

 妻のご両親が、遺品の整理をしようと持ちかけて来た。だが、丁重に断った。

 どうしても、片づけられなかった。まだ、そこに妻がいるかのように散らかっていたからだ。

 脱いだものも、食器も片づけなくて。溜ったら片づけるか、気が向いたら片づけるかのどっちかだった。だから、部屋はいつも汚かった――今も、何も片付いていない。

 別に、完璧な妻が欲しいなんて思ったことはない。理想があったわけでもない。

 だからと言って、妻が理想だった訳でもない。

 それでも、毎日が新しくて、落ち着かなくて、楽しかった。

 喧嘩もしたが、喧嘩にもならなかった。大体が、妻が大暴走をして、勝手に収束して、終わりだからだ。自分勝手にも程がある。

 だからなのか、妻は世の中には馴染めていなかった。何かあれば『自分なんか要らないんだ。必要とされてないんだ。消えればいいんだ』と、勝手にいじけていた。

 大体は違う話になって、よくわからない流れで笑いに変わっていた。

「――ねえ、いつもみたいに大声で笑ってよ。いつもみたいに、デブだのハゲだの言ってよ。お願いだから傍にいてよ。すぅが必要なんだよ……」

 妻の使っていた座椅子に、顔を埋め泣き崩れた。


 ――……

 『まぁデーブ』

 『デブじゃねーし』

 『じゃあ、ハーゲ』

 『ハゲてねえし』

 『いやいや、遺伝子がそう囁いてるよ』

 『ささやかないから』

 ――……


 部屋に、正史の泣き声だけが響く。

 他の誰の声もしない。声を掛けて欲しい人も、もう――ここにはいない。

 妻は、1週間前に事故で亡くなった。

 あの日、最後の電話に出ることができなかった。

 留守電には、絶え絶えの声で『やっと……自由に……てあげられる。今ま……ごめん、ね。バイバイ……』と、嬉しそうに笑いながらの様なメッセージが入っていた。

 誰も自由にしてなんて頼んでない。居なくなって欲しいなんて頼んでない。

「なあ、神様。俺の願いも叶えてくれよ」

 上を見上げて話しかける。実際神様とやらはどこにいるのか、本当にいるのかさえも分からない。

 でも、妻は神様に願ったんだ。『私を殺して』と。そして――その願いは叶った。

「どうか、願いを聞いてくれ」

 正史の悲痛な声が部屋に響く。

 部屋は、静まり返り静寂に包まれる。

 神の声を聞き逃さないよう、物音1つ立てず、息を吐くのも躊躇ためらう。

 だが、何も起きなかった。

 ただ、静寂の中時間だけが無情に過ぎただけだった。

「やっぱり、神様なんて居ないのか……」

 ゆっくりと立ち上がり、風呂に向かう。床には、コンビニの弁当のからが散乱していた。

 食事に関しては、妻が全部作ってくれていたので、料理などできるはずもなかった。料理の本はたくさんあるが、開くことさえしなかった。――妻がやってくれるから。

 そう思っていた。『お肉ばっかりじゃなくて、野菜も食べないと』そういいながら、野菜2品に肉1品は作ってくれた。仕事が終わってから、疲れているのにも関わらず、毎日……。

 ちゃんと感謝しておけばよかったと今更になって思った。

「ごみの日いつだっけ?」

 冷蔵庫のドアにゴミ捨ての日が、妻の手書きであった。(水)(土)が家庭ごみ。(火)がプラスチックごみ。(月)不燃ごみ。

「俺、何にも知らなかったんだな」

 妻は、いつも『めんどい、だるい、むりー』と、言いながらもやってくれていた。


 冷蔵庫に額を当てる。

「ありがとう」

 どうしても言いたかった。

 もう届かないとしても。

 床に散らばったゴミを袋にまとめる。妻が買ってくれていた(大)のごみ袋は、すぐにいっぱいになった。どれだけ溜め込んだのだろう。どれだけ、頼って生きて来たのだろう。自分の不甲斐なさに嫌気がさす。

 でも、妻の物には手を付けなかった。いや、付けれなかったというのが正しいだろう。

 最後に手紙を書いたパソコンの周りは、妻が散らかしてカオス状態ということもあり、どうにも近づけなかった。怖かった。あの手紙を書いた場所だと思うと、足が竦んで動けなくなる。

 だが、今日は違った――。

 何かに呼ばれているよな……引き寄せられるようにパソコンの前に立っていた。

「どうして……」

 椅子に深く腰を掛け、背もたれに体を預け目を閉じる。



『死にたくないよ。でも、死ななきゃ。みんな迷惑する。――死にたい』

『自殺できる勇気がないよ。それに、自殺してもお金少ないし』

『スマホ見ながら信号無視した車に引かれれば、いっぱいもらえるよね? やっぱり死ぬなら事故だよね』

『もっと、まぁと一緒に居たかったな。ずっと一緒に居たかったな。なんで、もっと大切にしてあげなかったのかな?』

『次に結婚したら、結婚式上げて欲しいなあ。私たちはできなかったから……。新婚旅行もちゃんと行ってほしい。あと、子供作ってほしいな。私は産まなくてよかったよ、産んでたら、まぁが次の幸せ掴めなくなっちゃう』

『全部、私がしてあげられなかった事だから。だから、次の人とはできるといいなあ』

『もう、三十路になっちゃった。大分時間もらっちゃった。これからでも遅くないかな?まだ幸せになる時間あるよね? ちゃんと幸せになってほしいな』

『私の命を全部、神様にあげるから。だから旦那を守って』

 パソコンには妻の思いが詰まっていた。

「ばかじゃねの? 死にたくないなら死ぬなよ。誰も迷惑しねえよ。自意識過剰すぎ……それに、お前の命なんかいれねえよ。俺の命くれてやるから、すぅを返してくれ」   


 最後に[神様へ]というファイルを開く。


 正史は両手をデスクにつき勢いよく立ち上がる。

「なんなんだよ! なんなんだよこれ! これがお前の望んだことなのか? お前の幸せはどこにあるんだよ! 俺は不幸になんてなってなねえ! 俺の幸せを勝手に決めつけんな! 俺はこんなの認めねえ!」

 神に届けと願い、声をあげる。

 

 本当にこれが神様に届くなら――

 [神様へ]に書き足して保存した。

 もしこれが叶うなら、俺の命くれてやる。


   神様へ

 神様にお願いがあります。

 私はスマホをいじりながら運転するトラックにかれたい。

 でも、他の人を巻き込みたくない。私だけを殺してほしい。

 あと、死ぬ前に、旦那に電話をする時間を頂戴。

 でも……旦那には出て欲しくないかな……。

 留守電で……。

 だって、旦那が電話に出たら、死にたくなくなりそうだから……。

 死んで、たくさんお金が入ってきたらいいな。生命保険に轢いた人からの賠償モロモロ。

 そうしたら、これからお金に困ることはないだろうし。

 私が死んでからは、昇進の話が来たり、事務員の人から優しくされたり、人生初のモテ期を体験させてあげて。

 それで、優しくて、家事も完璧で、最高の女性と結婚してほしい。

 そして幸せに長生きするの。

 孫の顔もちゃんと見れるの。『おじいちゃん』なんて呼ばれるのかな?

 そういえば、子供ができたら『ボス』って呼ばせるとか言ってたな。

 1回でいいから呼んであげてほしいな。


 私が不幸にしてしまった分、これからは幸せになってほしいな。


 神様――どうか、旦那を守ってください。お願いします。

                                           斎藤 澄香

 俺を、妻の幼馴染にしてくれ。もう、死にたいなんて言わせない。絶対に幸せにする。

                                           斎藤 正史

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