第23話木漏れ日


コノハが教えてくれた方向の山を登って行くと、

何本かの木に紐が結ばれてる。

その紐は、どんどん山の奥に続いているようだ。



「これ、バニラが通った場所を目印にしてるのかも」


そう思い、紐をたよりに山を進んで行く。

30分くらい進むと、近くで川が流れてる音がした。


そっと耳を澄ますと、カサカサと何かが動く音が聞こえた。

音の方向を見ると、木の根元に座ってバニラがパンを食べている。


マキオはバニラに近づき、声をかける。


「バニラ、手伝いに来たんだけど…」


バニラは、少し驚いたように目を開いた。

そしてマキオを見て、もう一度驚いたようだ。


「…どうしたの?」


「さっき、コノハに聞いてさ。

 何か手伝ってあげてって……ん?」


「………いや、そうじゃなくて…」


バニラは、自分の右目に手を当てる。


「……?…目?

 あ、コレの事?」


マキオは、自分の腫れた右目を指すと、

バニラは、うなずいた。


「たいした事ないんだ。

 ……ちょっとね…

 そ…それより、なんか手伝う事ない?」


マキオがはぐらかすと、

バニラは、少し不思議そうな目をした。


「あの…狩猟してるんでしょ。

 何か獲れた?」


まばたきをして、バニラはうなずくと川の方に顔を向けた。

マキオもそっちを見ると、下に見える川に大きなイノシシが二頭横たわり水に浸かっている。


「えっ?アレ獲ったの!

 凄くない!?

 狩猟得意なんだ!」


バニラは、手元にあったカバンから、何かを取り出しマキオに見せる。

本だ。


【 わたし、解体はじめました 狩猟女子の暮らしづくり 】


「コレ見てやったの?

 いや、普通そんなすぐ出来るもんじゃないと思うよ…

 …やっぱ凄いね…

 …で、アレ……運ぼうか…?」


「…もうちょっと、待って。

 もう一つ、罠を張ってるから。

 あと少ししたら見に行こう」


「…ああ」


マキオは、手持ち無沙汰になり、辺りをキョロキョロ見回している。


「…ねぇ」


ふいに呼ばれて、バニラを見ると、

バニラは、横の地面に手を当て、ポンポンと叩く。

座れって事らしい。


「…うん」


マキオは、バニラの隣に腰をおろした。

バニラは食べていたパンを半分ちぎって、マキオに差し出す。


「…ありがとう」


二人は少しの間、無言でパンを食べていた。

午後の光が、木々の間からこぼれ落ちている。


(今、バニラと二人っきり、森の中でパンを食べてるんだ。

 それだけで、なんでこんなに幸せな気分になるんだろう…)


そんな事を思いながら、少しだけバニラを盗み見ようと思って目を向けると、

バニラが、じっと見つめていた。


「え!?」


驚いても、やっぱりじっと見つめてくる。

パンをかじりながら。


「な……なに?」


バニラは何も言わないが、目もそらさないで、マキオの顔を見つめる。

やっぱりパンをかじりながら。


何かのプレイですか!?

マキオはしばらくドキドキしていたが、バニラの目線で、彼女の言いたい事がわかった。 


「……ケガ…の事?」


バニラは、ゆっくりうなずく。


「…最近、片桐さんに戦闘を習ってて…

 …よくケガするんだよ…」


バニラは、目を反らさずに首を横に振る。


「え…ええ?」


「……嘘」


「…嘘って……稽古だから…」


またバニラは、首を振る。


「…違うでしょ…

 片桐は、そんな所をケガさせるような稽古しない」


……確かにそうだ。


彼の稽古は、体や手足を、打ったり擦りむいたりはするけれど、

顔をケガさせるような、下手な事はしない。

片桐は、非常に優れた戦闘指導者だと、素人のマキオにも十分わかっていた。


「…嘘です」


「……誰かとケンカしたの?」


「……違うよ、ケンカなんてした事ないから」


「……」


マキオは、言いたくなかった。

ミミミにやられた事は、どうでも良かったが、

誰かと勘違いされた、と言ってしまうと、誰?と聞かれるかもしれず、

バニラの前で、その名前を口にしたくなかった。


バニラは、つぶやく。


「…どうして隠すの?」


「………」


バニラは、ほんの少し寂しそうな顔をした。

その顔を見て、マキオは凄く胸が痛んだ。

バニラに、そんな顔はさせたくなかった。


「…言うよ…

 ほんとに、たいした事じゃないんだよ?……」


「……」


バニラは何も言わず、マキオを見つめる。


「さっき、廊下でね……ミミミちゃんに殴られたんだ」


「……どうして?」


「……」


「……」


「……」


「……いやらしい事したの?」


「ちょっと!

 そんな事しないって!」


マキオは、思わずバニラに触れそうになる位、近づいてしまった。


「……冗談だよ」


「……バニラぁ……冗談きついよ…

 俺は……今日初めてミミミちゃんと会ったんだけど、

 ミミミちゃん…俺を……誰か…と勘違いしてたみたいで、

 抱きついてきたんだ。

 でね…ミミミちゃんは、すぐに間違ったって気づいてさ、俺を殴っちゃったってワケ」


「……誰と?」


(ホラ…来た…。

 やっぱそうなるよねぇ……。

 ……はぁ…仕方ないか…)


「………ネロさん」


バニラの顔には、一瞬だけ影が差した気がした。

ただの、日差しのいたずらかもしれないが…

とにかく、その一瞬をマキオは見逃せなかった。


「……」


「……」


「………クスッ」


「え?」


「アハハハハハッ」


バニラは、爆笑している。

マキオは驚いた。

いつも、ほとんど無表情なバニラが爆笑する姿なんて、見た事がなかった。

お腹を抱えて笑っている。

涙も流している。


「な……何か…そんなに面白かった?」


それでもバニラは、笑い転げている。

マキオは、笑いが収まるのをまつしかなかった。


しばらくすると、バニラは涙をふいて、フウっと深いため息をついた。


「……ごめんね」


「…いや、いいけど…」


「……だからか」


「…?」


マキオはバニラの言葉の意味が、わからなかった。


バニラはマキオを、また見つめている。

涙に濡れた目で、少し微笑みながら。


その目線を追うと、マキオの頭を見ている。


「……はっ!!」


マキオは、やっと気づいた。


バニラは、自分の頭を見て笑ったんだ。


………だからか……


その意味も、わかった。


バニラはどうやら、すぐに見抜いていたんだ。


自分がネロと似てるって言われたから、

それが嫌で、

すぐに髪を切った事に。


マキオは、恥ずかしくて真っ赤になり、

顔をふせた。

もしかして、ネロに嫉妬してるのもバレたのかも…

恥ずかしすぎる。


すると突然、バニラがマキオの髪をなでた。


「え?」


ビックリして、バニラを見る。


「……似合うよ」



木漏れ日の降る森の中。


バニラは、きらきらと笑っている。

甘い匂いと、柔らかい手の感触。


マキオの心にも、柔らかな木漏れ日が降っていた。

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