第15話剣英
シュラの東南に位置するベナディール地方。
街中の廃ビルに、五名の男が入っていく。
階段を登り、薄汚れた一室に駆け込む。
ベナディールの団「乱気流」の幹部達だった。
「ハァ…ハァ…少しここで休むぞ」
団長のベズが、部屋にあった古いソファに座り込む。
トミノは廊下を見張りながら、人気がないか辺りをうかがう。
他の三人は、椅子や床に腰を下ろした。
副長のケンスケがペットボトルの水を一口飲み、
エドに投げながら、尋ねる。
「エド、どうして、こんな事になったんだ?
相手の…ヘルレイズの数は、500もいなかったはずだ…」
「ハァ…ハァ…わかんねぇよ、俺の隊はサポートで入ってたからな。
前線にいたのは、ドードの隊だ。
ドード、説明してやれよ」
「ああ…数は確かに500くらいだった、情報に間違いはない。
だから、俺の隊も400で当たったんだ。
初めは互角どころか、俺の隊が押してた。
だが、30分位して急に押され始めた。
援軍が来るなんて聞いてなかったから、俺は慌ててエド隊に一時引かせてもらった。
ちょっと、水くれ」
ドードはエドから、ペットボトルを受け取り口に含む。
ケンスケがエドに話しかける。
「サポートでお前の隊も300いたんだから、すぐに押し返せなかったのかよ?」
「…それがよぉ、ドードが戻って来てから、すぐに出る準備をしたんだが、
その時には、もうヘルレイズの奴らが、目の前に迫ってたんだ。
あまりにも、早すぎるぜ。
数は…たいして多くなかったが、200くらいだったかなぁ…
ただ、勢いは半端なかったんだ。
今までの奴らとは全然違ってた。
だから、二人でバタバタ本陣まで逃げてきたんだよ」
ケンスケは、顔をしかめて団長のベズを振り返る。
ベズは、アゴをなでながら、話しだす。
「変だ…
ヘルレイズはどこにも同盟を組んでないんだぜ?
少数精鋭の部隊を作ったとも聞いてねぇ…
それに、二人が本陣に戻った時には、もうその200位は追いついてきたじゃねぇか。
今回もただの小競り合いのはずだ。
奴らも、全面戦争の準備なんかしてなかったのは間違いねぇからな」
ケンスケが、話をまとめる。
「まぁ、過ぎた事を言っててもしかたない。
どうあったにしろ、俺達幹部は五人とも手下を置いて、逃げてきちまったんだから…
もし、ヘルレイズが総攻撃を仕掛けてきてたとしたら、元々こっちには奴らの半分の2000しかいないんだ。
勝ち目はなかったさ。
まぁ、今回は俺達がケンカを売る相手を間違ったのかもな…」
ベズは下を向き、目を閉じた。
「お前ら、済まなかった。
俺の判断ミスだ。
焦って縄張りを広げ過ぎてたみたいだ」
その姿を見て、ドードが慌てて訂正する。
「やめてくれよ、団長。
俺が、きっちり仕事をしてたら、こんな状況にはならなかったんだ…
俺の責任だ…」
ケンスケが、軽く笑って立ち上がる。
「まぁ、いいだろ。
ベズ、お前が団長として俺達を引っ張ってきてくれたから、
この2年間、こんな俺達でも偉そうにしてこれたんだ。
お前に感謝はしても、責めようって奴は俺達にはいねぇよ」
エドも、ケンスケに続く。
「そうだぜ、団長。
俺達五人で始めた「乱気流」じゃねぇか!
俺達が生きてんだから、また作りゃいいだけの事だろ」
ベズは、少しだけ笑う。
「…そうだな、他の奴らには悪かったが、お前ら四人が今ここにいてくれて、
本当に嬉しいぜ。
こりゃ、また頑張れよって事なのかもしれねぇな。
また…俺についてきてくれるか?」
四人は、それぞれベズを見て頷いた。
「…ありがとな。
うっし、休憩はもう十分だろ。
この先は、ベナディールを山超えで抜けて、ヒューガで再起をはかる。
これから、この街を抜けて今夜は山に入って追っ手の目をくらまそう。
山に見つかりにくい家を確保してあるから、今からそこに向かう。
3時間位あれば到着する予定だ、お前ら、いいか?」
ケンスケが、参ったと両手を上げる。
「すげぇな、うちの団長は。
もしもの時の隠れ家も、しっかり用意してくれてたんだな」
「…当たりめぇだよ。
命がなくちゃ、何もできないからな。
さぁ行くぞ」
部屋の入り口付近で、見張りをしていたトミノが小声で伝える。
「おそらく正面玄関の方には、敵が数人いるようです。
団長、裏口から山の方に行きましょう」
「ああ、そうしよう」
五人は、辺りに気を配りながら、建物の裏口へ回る。
鉄扉の隣にある窓から、ベズが裏通りを見ると、高いビルに挟まれた細く長い道が続いている。
「人気はなさそうだ。
行こう」
扉を開け、細く薄暗い裏路地を駆けていく。
角を曲がろうとした時、先頭のベズが手を出して、足を止める。
「誰かいるぞ」
ベズが音を立てないようにしてこっそり覗くと、一人の男が壁にもたれている。
他には誰もいないようだ。
「奴は一人しかいない。
おそらくヘルレイズの兵だろう。
もしかしたら、見張りかもしれない。
少し様子をみよう」
ベズは、しばらくそのままその男を見張る。
エドがつぶやく。
「こんな所に、一人でいるんなら、ただサボってるだけなんじゃないか?
見張りなら、何人かいるはずだろう」
ベズが見ていると、男はおもむろに胸元からタバコを取り出し、
マッチで火を点けた。
「奴はタバコを吸っている。
エドの言う通り、ただサボってるだけみたいだ」
「だろ?
団長、急がないと太陽が傾いてきてるぜ。
夜になってバケモンがウロつく中、山に入るのは危険だ。
早く奴を殺っちまって、先を急ごうぜ」
ベズがうなずくと、後ろの四人が角を曲がり男に近づく。
近ずいてみると、ずいぶんと若い男だった。
エドが声をかける。
「おい若造。
こんな所で何をサボってやがる。
仲間が必死で戦ってんのに、路地裏で休憩とは生意気な野郎だな」
男は、タバコをくわえたまま、四人を見つめている。
「なんだよ、ビビって声も出なくなってんな。
こんな所で俺達に出会うとは運がねぇ。
へへへっ。
俺達は、お前んトコのヘルレイズの団長、城ヶ崎には世話になっててよ。
恩返しの為に、悪い子ちゃんの首を置いて行ってやるかね」
男は、小さい声でつぶやく。
「…城ヶ崎は死んだよ」
「あぁ?
何言ってんだ、てめぇは?
そんな嘘ついたって、見逃してやるわきゃねーだろ?
上の人間を、死んだなんて言う手下は気にくわねぇ!
罰を与えてやるよ!」
エドは素早く刀を抜き、男を切り払った。
三人も武器を抜き、男を逃がさないように四方に散った。
しかし、路地裏が少し暗かったせいで間合いを間違えたのか、エドの刀には手応えがない。
そして刀の先には、男の口にあるタバコの小さな火が揺れていた。
周りの三人にもエドがしくじった事がわかり、その火をめがけ刀を振る。
角から見ていたベズは、四人の間で小さな火が蛍のように舞う姿を目にした。
そして次の瞬間、蛍はベズの目の前で止まった。
ベズは何が起きたかわからなかったが、何かがドサドサッと倒れるような音で、
とっさに戦人の勘が動き、腰の刀に右手をかけたが、
その手がなぜか、刀の柄をにぎらない。
ハッとして下を向くと、足元に人の手のような物が落ちている。
ベズは、理解できずに顔を上げると、蛍が喋った。
「処刑の時間だ」
「……ちょっと…ま」
ベズが喋ろうとした時、指が口に当てられた。
「罪人が、人の言葉を使うな」
蛍が小さく呟き、ゆっくり横を通り過ぎる。
考えが追いつかず、ベズはとにかく一人でも逃げようと思い、足を一歩踏み出したら、
左肩から、ゆっくりと身体が斜めにズリ落ちた。
そして、辺りはすぐに暗くなっていった。
裏口に、葵が立っている。
「ミツイ、何人いた?」
「5匹だね」
「じゃあ…ヘルレイズ幹部15名、乱気流幹部5名、
計20名。
終わりですよ、隊長さん?」
葵は、小さな灰皿をミツイに差し出す。
「おつかれさま、帰ろっか?」
三井はタバコを灰皿に押し付けた。
辺りに、フッとメンソールの香りが漂って消えた。
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