第11話半年後
ロデオソウルズのラウンジで、カイト隊の男女が五人集まって喋っている。
ユウが、コーラフロートを飲みながら聞いてくる。
「マキオも、このロデオソウルズに入ってかなり経ったんじゃない?」
「うん、もう半年過ぎたよ」
タツヤは、ビールを片手にニヤつく。
「半年?マキオ、半年もシュラにいて今日のアレはないんじゃないか?」
「あーっ!タツヤ、もういいって!」
フライドポテトを咥えたタイジが、身を乗り出す。
「何だよ?何があったんだ?」
「今日さぁ、物資調達の時に…」
「タツヤっ、言うなって!」
コータローは、両手にハンバーガーを持ちながら話に入ってきた。
巨漢のコータローが動く度に、ソファがきしんでいる。
「いいじゃん、なになに?」
「大丈夫だって、マキオ。
たいした話じゃないだろ、な?」
タツヤは、マキオにウインクしてきた。
「…もう」
「へへ、今日さぁ六人で物資調達に行ってきたんだけど、
俺とマキオのペアで3ヶ所回ってた時にな、
…………
ビル内の一室。
タツヤは見張りをしながら、タバコを吸っている。
マキオは、物資をカバンに詰めている。
「マキオ、ちょっとションベンしてくるから」
「え!?ちょっと待ってよ、敵が来たらどうすんだよ?」
「近くにいるから、大声出せばわかるよ、すぐ戻るから」
タツヤは、部屋を出て行く。
しばらくすると、マキオはふいに気配を感じる。
「…タツヤか?」
「……」
「…ふざけるなって」
「……」
マキオは腰の警棒を取り出し、構えた。
突然、部屋に男が入って来た。
その手には、武器がにぎられている。
「うおーっ!」
男は振りかぶって、マキオに向かってくる。
マキオは、動揺して警棒を男に投げる。
だが、警棒は外れ、男がマキオめがけて武器を振りあげる。
マキオは、飛び退いてかわそうとするが、足がカバンに引っかかり転んでしまう。
が、そのおかげで、男の武器は空を切る。
しかし、男もマキオにつまづいて転び、マキオの上に倒れこむ。
男とマキオは、揉みくちゃになりながら、転げ回っている。
マキオは馬乗りになられて、ぽかぽかと叩かれる。
「うあ!やめて!殺さないでくれ!」
マキオが、頭を両手で守りながら叫ぶと、男は動かなくなった。
そして、ゆっくりとマキオに覆いかぶさってきた。
「ああっ!」
マキオはやられたと思い、しばらく動けない。
が、ズルッと男が床に倒れこむと、ハッとして起き上がり、男から逃げた。
横たわる男の後ろには、タツヤが剣を持って立っている。
「タツヤ!」
マキオは、慌ててタツヤの後ろに隠れる。
男はもう起き上がってはこないようだ。
「ックッッククク」
「え!?」
マキオが、振り返ったタツヤの顔を見ると、タツヤは笑っている。
「何を笑ってんだよ、もう大丈夫だよな?」
「ックククク…ああ…ッククク…気絶してるよ」
「もう、何ふざけてんだよ?間に合わなかったら危なかったんだぞ!?」
「危ないって…クク……マキオ、あいつの武器見たのか?」
「えぇ?…武器って…」
マキオは、男の手元に落ちている武器を見ると、それは小さなホウキだった。
「…ホウキ……え!?…ホウキ!?」
「ックックク…そうだよ、ホウキだよ!お前、ホウキの相手に殺さないでって…クク」
マキオは、顔が熱をもって赤くなるのを感じた。
「し…仕方ないだろ!?いきなり出てこられて、そんなの見る余裕なんかあるかよ!」
「嘘つくなよ、お前は男が入ってくるのを先に気づいて構えてたじゃないか」
「…そりゃ…そうだけど……って、タツヤ見てたのかよ!?」
「ああ、戻ってきてたら、部屋をホウキ持った男がのぞいてるのが見えたから、
あ~マキオどうするかな~って様子を見てたんだ」
「ふざけんなよなぁ、さっさと助けてくれよ、もう」
「いや、だってコイツ見てみろよ、ひょろひょろじゃん、流石にマキオでも勝てるだろ…」
倒れた男は、確かに痩せていて、ガイコツのようだった。
マキオは少し男が可哀想になった。
「多分、来たばっかだったんだろうな…」
男を見ながら、タツヤが呟く。
マキオは、目を反らし散らかったカバンを集める。
タツヤは、一足先に部屋を出て、周りを見張っている。
マキオはカバンに残りの物資を詰め終わり、立ち去ろうとしたが、
立ち止まり、カバンから水と缶詰を取り出した。
振り返って男のそばに置こうとした時、そこには水とサンドイッチが二つ置かれていた。
………………
マジでビビったよ、ホウキに向かって殺さないでくれー!って…」
タツヤは、状況を熱演している。
「っはっははは、それはヤバいよマキオ!」
「ぷぷっホウキって!」
男達はマキオの肩を叩きながら、笑っている。
「もう…必死だったんだよ」
マキオは恥ずかしそうにしながらも、笑顔で返した。
すると、ラウンジの入り口の方が騒がしくなった。
「おーい、遠征組が帰ってきたぞ!」
「おっ、バニラ隊が戻ってきたみたいだぞ、タツヤ、ホノカを迎えに行かないのか?」
バニラ隊にいるホノカは、タツヤの彼女だ。
「よっしゃ、ちょっと行って来るわ!お前らまた後でな!」
タツヤは急いで席を立ち、ラウンジを出て行った。
バニラ隊は、2ヶ月前に他の地域に基地を設ける為、遠征に出ていた。
「いいなぁ…タツヤ…」
マキオは、無意識に呟いてしまった事に気付き、慌てて口を押さえた。
「マキオも彼女が欲しいんでしょ?」
ユウに聞かれてしまっていたようで、ユウがニヤニヤしている。
タイジがマキオの肩を組み応えた。
「こら、ユウ!うぶなマキオちゃんを、ちゃかすんじゃねーよ
遊び人のお前と、俺たちは違うんだからな」
「俺たちって、タイジはモテないだけでしょ」
コータローもユウの腕にすがりつき、叫ぶ。
「そうだよ、オレも彼女ほしぃよー」
「コータローはもっと痩せなさい、まったく情けないなぁ、この団は女の子多いんだからさぁ、
泣き言ばっか言ってないで、頑張んなさいよ。
でも、マキオはバニラ隊に好きな人いるんでしょ?」
「ええ!?なんで!?」
「だって、この前タツヤが言ってたよ、マキオはバニラ隊に入りたかっただろうなぁって。
なんでって聞いても、教えてくれなかったけど。
あたし、そういうの鋭いから、女だろうなってすぐわかっちゃったけど」
「もう、タツヤは本当に余計な話ばっかするなぁ」
「で、どうなの?向こうの気持ちは」
「どうって……言われても…聞いたことないよ、そんなの……」
「なんで?その娘には他に相手がいるとか?」
「……それも知らない」
「えぇ?なんで?それくらい聞けるじゃん?」
「そんな話できないよ、迷惑だって思われたくないし」
「何言ってんの、人に好きって言われて嫌な気がする人はいないでしょ?
まぁ恋愛経験の少ないマキオにはわかんないかもしれないけど、
ちょっとくらい強引にくる方が女は嬉しいものなのよ」
「うーん…でもその人、少し変わってる感じがするから、そういうの関係なさそうだけど…」
「変わってても、マキオはその人を好きになったんでしょ?」
「いやっ…その…好きっていうか、ただ僕が勝手に憧れてるだけっていうか…」
「はぁ?憧れって…中学生じゃあるまいし…」
呆れるユウに、タイジが、
「だから、マキオちゃんはそういう少年の心を忘れてないんだよ!
お前みたいにスレてないの!」
「あぁ?誰がこすれ過ぎて、ザラザラだって!?」
慌ててコータローが、机に登るユウを止める。
「ちょっとユウ、ザラザラなんて誰も言ってないから…」
マキオは、騒がしい三人を見ながら、少し胸が温かくなった。
日本では、引っ込み思案で友達もできなかったのに、
皮肉にも、シュラに来て普通に話ができる人達が多くできた。
友達と呼べそうな人達だ。
カイトが、強引に色んな人の中にマキオを一緒に入れてくれて、
何かが自分の中でも、ふっきれていったのかもしれない。
そう思っていると向こうから、バニラが歩いてきた。
バニラは、マキオに気づいて横に来て立ち止まった。
「元気?」
「ああ、元気だよバニラ、今帰ってきたんだね、お疲れ様」
バニラは、少しだけうなずいて、返してくれた。
楽しそうに仲間と話しているマキオを見て、
「物資調達の方は、うまくいってる?」
「なんとかね…でも、やれるのは、まだポーター(荷物持ち)だけだから
周りに迷惑かけっぱなしのままだよ」
「そう、無茶だけはしないでね」
「うん、ありがとう。
また、飲み会しようね」
バニラは、うなずいて去っていった。
マキオは、バニラの後ろ姿を少し見送っていると、
背後の視線に気づいて、振り向くとユウが、
「……もしかして?」
ユウの言葉の意味を理解して、否定した方がいいのに、
それより顔が赤くなっていくのが早かった。
マキオの不器用さは、何も変わってないようだった。
バニラと一緒に行動した時の、恥ずかしい勘違いも浮かんで、
余計に、赤くなってしまった。
「……確かに、変わった人を好きになっちゃってるね。
強引にっていうアドバイスは、なかったことにして」
ユウは、そう言いながら、ソファに深く腰を掛け直した。
「う~ん…マキオ、バニラ隊長は綺麗だから好きになるのはわかるけど、
かなりの強敵だよ。
ってか、経験の少ないあんたには、あんまオススメしたくないかな…」
ユウは、腕を組み考え込んでいる。
コータローはアゴに手をあてながら、タイジに話しかける。
「でも、バニラ隊長が自然に話してるの、初めて見た気がしない?」
「確かにそうだ…基本的に無口だし、誰かが話しかけても、1ターンで終わらせるもんな。
でも今、マキオにはバニラ隊長から話しかけたし、結構自然な会話だったぞ。
マキオ、コレはあながち不可能なワケでもないんじゃないか?」
マキオは、もっと赤くなった顔で、
「えぇ!?ちょっとやめてよ、たまたまだよ…きっと…」
ユウは、苦い顔で、
「ちょっとあんた達、マキオに変な期待を持たせるような事を言うんじゃないの。
確かにバニラ隊長が話しかけるってのは、珍しい事よ。
でも今まで、彼女に告白して撃沈したやつらを、あたしは何人も知ってる。
男に興味がないって話もあるぐらい浮いた話は少ないんだから。
だけど、たった一度だけ噂になったのは……」
と、ユウはそこまでで、話をやめてしまった。
マキオは、さすがに気になってしまい、続きをうながす。
「噂になったって、誰と?」
「いや、ごめんね、あたし喋り過ぎちゃった」
「え?教えてくれないの?」
「っていうか、たぶん聞かない方がいいよ、忘れて…」
「そんなの余計に気になるよ、
それにバニラの相手なんて、好きじゃなくても聞きたいよ、誰なの?」
「…ネロだよ」
「えぇ?…ネロって、あの……?」
ユウは、首を縦に振る。
マキオは、顔が曇った。
ネロは、この団ロデオソウルズの幹部の一人だ。
幹部はみな、内政係か隊長なのだが、ネロはそのどちらでもない。
マキオはこの半年の間、ほとんどの団員とは話したが、ネロとは団長室ですれ違った事しかない。
この団の印象は、若者が多い事と、明るい人が多い事だ。
その中で、ネロの存在はかなり浮いている。
しかも、良い噂はほとんど聞いたことがなかった。
汚れ仕事を受け持っているとか、大きな団から預かっている人質だとか、
敵味方の区別のない処刑人だとか…。
何人かがよく、血を大量に浴びた彼を目撃している。
自分の怪我なのか、誰かの返り血なのかもわからない。
その血を隠すために、いつも真っ黒な服装をしているのだと言われている。
噂の原因は、その影のような黒い服装に長い黒髪という、不気味な容姿からくるもだと思うが。
とにかく、何をしている人間なのか、全くわからなかった。
幹部以外と話をしていることも、ほとんどないようだった。
そのネロと、バニラとは無口な事以外は、共通点がない気がした。
副団長の片桐ならともかく、二人が噂になった事があるだなんて、信じたくなかった。
マキオは、ネロとすれ違った時の背筋が凍るような寒さを思い出した。
何か、彼の身体には「死」がまとわりついている感じがした。
マキオの心には、不安が積もっていく。
これは嫉妬心ではなく、バニラに何か悪い事が起きるんじゃないかという心配だった。
そのマキオの姿を見て、ユウは、
「ほらね、聞かない方が良かったって思ってるでしょ?
…まぁ、噂だからさ。
あんま気にしない方がいいよ?」
ユウの言葉は、マキオの耳には届いてなかった。
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