第6話シノノメテラス


星の見えるシノノメ傭兵団のテラス


アズマはタバコをくわえて、置いてある椅子に腰を下ろす。

目の前には森が広がっており、ゆるい風で揺れる木の葉の音が、まるで波の音に聞こえていた。

遠くでは数人の団員たちの騒ぐ声がも混じっている。


アズマは煙を吐き出し、夜空を見上げて、登っていく煙の行方を見つめていた。


「お疲れ様、となりいい?」


コーヒーのカップを二つ抱えて、同僚の七葉が立っていた。


絹のように滑らかに揺れる艶やかな髪は、形の良い顎のあたりで柔らかくカットされ、軽く内側に巻いている。

いつも笑っている様に見える半月の瞳には、

机に置かれたローソクの炎のオレンジを写りこみ、

冬空のシリウスのような光を放っていた。


アズマは、一瞬見とれてしまった事を打ち消しながら少し冷めた感じで応えた。


「そのつもりで、コーヒー持ってるんだろ?」


「えへへ、はい、どーぞ」


アズマは、サンキューと礼を言ってコーヒーを受け取る。


「アズマの方は、今日どうだったの?」


「別にいつも通りだ、そっちは?」


「こっちもいつも通り、ノープロブレムだったよ」


七葉は、アズマを覗き込むようにして微笑む。


「まぁそうだろうな、そっちには「剣英」がいるんだから」


「もう、またそんなこと言って。

 ミツイ君、嫌がってるんだから、そう呼ぶのやめた方がいいよ」


七葉は、薄桃色の頬をぷくっと膨らまして、怒っていることを、アピールしている


「別に、悪いことじゃないんだからいいだろ、

 それに、これからも言われ続けるんだ、あいつも早めに慣れた方が楽になるよ」


「う~ん、そうかもしれないけど・・私たちは、やめてあげようよ?」


「ああ、わかってる、マジになるなよ

 それより、七葉、大人数の隊になったから、大変だろ、大丈夫か?」


「あぁ、うん・・なんとか、頑張ってる。

 隊の人たち優しいから、色々話しかけてくれるよ。

 だけど、やっぱりアズマたちに話すようには、まだ…かな……ハハ…」


傭兵とは思えない、小さな肩をすぼめて、七葉は、笑っているが、

夜の闇のせいか少しだけ悲しそうに映った。


「そうか、無理……するなよ?」


「うん大丈夫、頑張る」


見慣れたはずの七葉の笑顔に、なぜか胸がチクっと痛んで、

思わず目を背けたくなり、コーヒーに口をつける。


「……にが…」


「あ、ごめん、アズマもやっぱりコーヒー牛乳がよかった?」


「いや、俺は・・もう大人だから」


「でも今、苦いって言ってたよ」


「言ってないよ」


「え~言ってたよ~、うふふっ、あ~強がってんだ」


「違うし、二……ニラって言ったんだよ」


「クスッ嘘ばっか。ニラって何よ。

 も~、はい、飲みかけだけど私のあげる」


「なっ!?いらないよ」


「いいよ、遠慮しなくて」


「いっ……いらないっての!」


コーヒー牛乳の押し付け合いをしていると、二人の男女が声をかけて来た。


「何やってんの、あんたたち?」


ミツイと葵だ。


ミツイは「剣英」と呼ばれ、今シノノメ傭兵団で最も注目を集める若手剣士であり、

格上の少佐クラスでさえ、敵わないのではと噂される腕前。

アズマとは、養成所の同期。

また、ミツイ隊の隊長である彼は、

女受けしそうな美少年の面影を残す甘いルックスを持ち、

裏表のない明るい性格は、少し子供っぽさも窺えるが、

一部のひねくれ者を除いては、誰からも好感を持たれている。

ミツイ隊は、女兵士の間で、今最も入りたい隊で、

常に上位となっている。


葵は、ミツイ隊の副長で、「双剣の戦姫」と呼ばれている。

その実力もさることながら、冷たさを宿すほどの切れ長の瞳に見つめられるなら、

永遠に凍りついても構わないと言う兵士も少なくないほどの、美しい女剣士である。

しかし、その冷淡な雰囲気のため、誤解されることもしばしば。


四人は、傭兵養成所の同級生だった。


ミツイは七葉に声をかける。


「七葉、ここにいたんだな、探しに部屋まで行っちゃったよ」


「ミツイ君、ごめんね」


「ほらねミツイ、七葉はやっぱりアズマと一緒にいたでしょ?私の勝ちだね?」


「ああ、そうだな」


葵が、胸をそらしながら、えっへんと自慢げに笑った。


「ミツイ君、私を探してたって、どうしたの?」


「ああ、隊員の奴らがさぁ、七葉と一緒に飲みたいっていうから」


「あっ……そうなんだ…でも……あたし…」


七葉は、困った顔で、ミツイとアズマを見回している。

アズマは


「行ってやれよ、隊のやつら待ってるんだろ」


「…あ、うん…でも……あんまり」

七葉は、眉をハの字に曲げ、泣き出しそうな雰囲気をかもしだす。

その姿を見かねて、葵が切り出す。


「七葉、行きたくないんでしょ?いいんじゃない、行かなくても、あいつらも酔っ払ってるんだし。

 じゃあ、あたしたちも座っていい?」


「あ、うん!もちろん!」


苦手な隊員たちとの飲み会に行かなくていいと言われた途端、

元気を取り戻した七葉は、いそいそと二人の席を用意する。


葵は、二人の飲み物を見ながら、


「あ、二人はコーヒー?お酒じゃないんだ、私も飲み物買ってこよっか?。

 ミツイは、ビール?」


「俺ももう酒はいいや。コーラで」


「わかったわ」


「あ、待って、葵ちゃん、私も行くよ!」


七葉は葵を追いかけて行った。


「アズマ、タバコ一本くれない?」


「またかよ、ほら」


「あんがと」


アズマは、ミツイのタバコに火をつけてやりながら、話しかけた。


「で・・どうなんだよ、百人隊長さん?」


「どうって?別に今までとおんなじだけど?」


ミツイは「何が?」って顔で、煙を吐きながら見つめている。


「おんなじって・・今までの十倍の人数を指揮ってんのに、


 同じってことはないだろ?」


「おんなじだよ、だって俺が指示出してるわけじゃないもん、


 ほとんど葵がやってくれるんだから」


「あっそ・・ってか、いいのか?それで」


カツラは呆れ顔でタバコを消した。


「それよりアズマ、クメに聞いたけど、今日、Bクラスの罪人やったんだって?

 すごいじゃん」


「あぁ、別に大したことじゃないよ、たまたま他の団に

 使者として来てたやつらに、一人Bクラスがいただけだから」


「ふ~ん、でも強かったでしょ?」


「まぁ、それなりに。でもなんとか、腕をやられただけで済んだよ、

 ただ、相手はもう50歳超えてたんだぜ?俺も、このくらいで怪我するとは正直情けない。

 こんなんじゃ、いつまでたってもお前に追いつけないよ」


「だね」


「ったく、否定しろよ」


「へへっ」


「・・・そういえば、七葉、うまく溶け込めてないんじゃないか?」


「ん?ああ、大丈夫だよ、俺も葵もいるしさ」


「ま、そうだろうけど・・」


「それより、アズマはいつ百人隊長になれるんだよ?

 もうポイントは足りてんじゃないの?」


「ああ、でも今日でやっと条件に届いたんだ、そのBクラスのおかげで」


「じゃあ、もうすぐだね」


「まだだよ、上の審査がどうなるか、わかんないんだから」


「そんなのスグ決まるよ」


「バーカ、お前と一緒にするなよ。

 お前みたいに、ポイント達成と同時に格上げされた奴は、ほとんどいないんだ。

 おそらく2、3ヶ月はかかるって、もう大神さんに言われちゃったよ」


「そうなんだ、残念」


「なんでお前が残念なんだよ?」


「だって、祝いの時に大神さんがくれたシャンパン、すごく美味くってさぁ。

 モエなんとか?っつーやつで。

 次はアズマの時に、って話だったから」


「はぁ、そこかよ・・」


「へへへっ、ジョーダン、早くアズマと一緒のステージでやりたいからだよ」


「・・嘘つけ」


ミツイは、机にあったカツラのタバコを、もう一本取ろうとしたが、アズマは先に取り上げ、ポケットにしまう。

そこに、飲み物とハンバーガーを持った二人が戻って来た。


「お待たせ、はいミツイは、コーラね。

 で、アズマはコーヒー、ブラックで」


「え!?なんで!?」


後ろからハンバーガーを広げながら、七葉が謝る。


「カツラ、ごめんね、葵ちゃんに、アズマはコーヒー牛乳だよって言ったんだけど・・」


「…ああ…べつに……いい」


「ジョーダン、はいコーラ」


「んだよ、もう…」


「あ~、アズマ嬉しそう、やっぱりさっきのコーヒー、苦かったんだ~」


「ホント、嬉しそう、七葉の言う通りだったみたいね、クスッ」


「え?何?アズマ、コーヒー飲めないのにカッコつけて飲んでたの?」


「そうなんだよ、ミツイ君。

 うふふっアズマ、かわいいんだよ」


「もうお前ら、うるさいよっ、どっか行けっ!」

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