ツムギノカケラ(12)

 彼女の口が呪文を唱え、髑髏と大地を繋ぐ呪詛がかけられていく。


 人であった骨が自然に帰る迄、決して醒まされることがないように。


 誰かにその眠りを妨げられないように。


 言の葉一文字一文字に、霊力と祈りをこめ呪いで縛りをかける。


 呪文を唱え終える時、白い骨がどくんっと脈を打ったような気がした。それは目で分かるような大きさではなく、掌でしか感じ取ることのできない反応であったため、もしかすると勘違いなのかもしれない。



 だが、鈴音はそれに応えるよう、ざらつく頭部を撫でながら呪文を唱え終えた。



 ふっと一息ついては、盛り上がった土を元の場所に戻すために手を動かす。


 赤らんだ白い手が土にまみれていくごとに、髑髏が土の布団に消えていく。



 徐々に、徐々に……。



 眠りにつくため、どんどん埋まっていく。



 最後の土を戻し終えると、その場所が平たくなるように掌で盛り上がった布団を、ぱんぱんと叩き押さえつける。 


 覇王が積み上げた石は、位置的に微妙な遠さにあったため、鈴音が自分の方にそれを引き寄せ、再度積み直す。



 動物の墓みてぇだけど、ないよりは良いだろ、と心中で眠る白骨に話しかける。



「あとは……。」



 花を添えてやらねぇと。



 いつもは覇王が見つけてきてくれているが、ご機嫌斜めの男は添え物を探すことも忘れ去ってしまった。



 こんな冬に花を見つけてやれるだろうか。



 先ほどよりも重くなった腰を上げようとした時。



 あ、花……んんっ。



 眼前に淡い紫の小花が突き出された。


 一輪ではなく束になっている花は小ぶりではあるが、

各々を立てあい目を引く綺麗なものである。


 その束を握る手を目で辿っていく。



「帰ったんじゃなかったのか。」



 役者のような面構えの鬼の手から花の束を受け取る。



「そのつもりだったが。

なんとなく、墓を作ろうとしてるんじゃねぇかと考えてな。

もしそうなら、花がいるだろうと思って摘んできた。」



 温度などあまり分からないというのに、受け取った花は何故か温かいように思えた。


 隣に土方が屈む。


 鈴音は手にある温もりを、積んだ石の前に添え置く。



「良かったな。

巷で袖引かれる男が、お前のために花摘んできてくれたってよ。

あの京女も悲鳴もんだな、こりゃ。」



「誰のことだ。」



「お前だよ。

道歩けば、袖引かれそうになるくらいモテモテじゃぁねぇか。」



「いや、それは知っている。」



「は。」




「悲鳴をあげる京女ってのは、誰かと聞いているんだ。」



 こいつも案外覇王に近いのかもしれない。鈴音は首を傾げ、往来での話しをしてやろうかとも思うが、面倒くさく思えたため、墓に手を合わせることにした。


 別れなら済ませたため心中で思ってやることもねぇなぁと、考えていると、

隣で土方も手を合わせる。



「これは、普通に手を合わせて弔ってやりゃぁ良いのか。」



「あぁ。

そうそう。」



 切れ長の瞳が瞼の奥に隠される。土方は目を閉じ、自分達を苦しめた魔のモノへ祈りをあげている。



「人を傷つけた幽霊は魔のモノになるから、祓われちまうと魂ごとなくなっちまうんだよ。だから、ここには骨しかねぇんだけどさ。

なんか形だけでも人として終わらせてやりたくてよ。」



 瞼から解放された瞳が、墓を映し出す。



「そうか。」



「それだけか。」



 鈴音はあっさりとした返事に拍子抜けしてしまう。



「……他に何を言えば良い。」



「だから、これははっきり言えば何もないんだよ。

意味なんてねぇの。

なのに何も言わねぇのか。」



 新選組の内情など分かりはしないが、その多忙さは噂や屯所内の空気感から察することはできた。そんな激務の中心にいるであろう土方を、何の説明もせずに、この無駄な作業に付き合わせていたのだ。小言の二・三あっても良いはずだ。


 じっと土方の横顔を見つめる。



「ま、人斬りなんざやってる身なんだ。

一つくらい多く徳を積んだって良いだろう。たまには死人のために祈ってやるのも悪くない。」



 微笑する土方は、やはり覇王と似ていなかった。



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