第一章 ヒトダスケ (30)

 一人残る鈴音は、土方が置いて行った包みを手にする。掌の半分程しかない薬包は、懐に入れられていたせいなのか温かく思えた。


 それを握り締めると、彼女は冷たくなった敷き

布団に身を預ける。


 障子を少し開けたく思えたが、身を起こすことの面倒を思えば諦めがついた。見えない障子向こうの景色を瞳に描きながら、鈴音は一向に戻ってくる

気配のない静代を恨めしく思いながら、薄い紙を

纏った月の光を見つめているのであった。


 そんな主人の気持ちを知りながら、静代は一人

物陰に身を潜めている。鈴音がいる部屋の廊下にある死角となる場所で、先ほどから土方とのやり取りに耳を澄ませていたからだ。


 その手には、主人が錆びさせた匕首が握られている。


 橋の魔の事件の後、覇王に頼み研ぎに出していたものが、式神によって手元に戻された。

大事な匕首を取りに行き戻ってくると

部屋で主人が、久々の人間と信頼と名の付く心を

通わせ合おうとしている。



 それを願っていた静代は嬉しく思いながらも、

どこか面白くないようにも思えた。

それは心の片隅の、

さらにほんのまた隅に抱いただけのものであったが、小石のように硬くごろごろとしている。



 手入れされた漆細工の鞘を握りながら、

青白い光を放つ月に主人を想い、

静代は視線を馳せるのであった。


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