第一章 ヒトダスケ(18)

 夕刻も過ぎ、酉の刻辺りから組長達が広間に集まり食事を始める。



 特に幹部や組長同士は、朝・夕の食事をできる限り共に過ごすことにしていた。



 これは近藤が決めたことである。名目は情報・連絡報告を密に行うためということになっているが、試衛館時代の名残をなくしてしまいたくなかったというのが本心であろう。

 新選組の幹部や斉藤を除く組長達は、ほぼ新選組結成前からの付き合いである。近藤の養父が創設した天然理心流の道場に、それぞれが各々の事情を抱え集まったのだ。それを養父の周助も近藤も快く受け入れた。



 そうして共に汗を流し剣を交え、時には悪友として悪さも犯しながら同じ釜の飯を食い、雑魚寝をして夜を過ごす。

 先輩として兄弟として、親友、悪友として青い日々を経てきた。

 そのために近藤は、彼らと顔を合わす機会や、

共に食事を取り他愛もない話をする時間が失われることを寂しく感じたのだ。変化する日々が距離を生じてしまう、彼はそんな気になった。


 そのことを土方に相談したところ賛成をしてくれたのだが、

どちらかというと組織をまとめる、志気を高めるという意味での賛成だった。

 それもどこか寂しく思えたが、皆で昔と変わらず食事を取り合える。近藤にとっては、それだけで十分だった。



「今日はめざしもあるのか。豪華じゃないか。」



 めざしの頭をしゃぶる永倉。



 新選組の資金はそう多くはないため、食事も質素だ。めざしが並ぶ日やおかずが一品多い日は、永倉の言うように豪華な日である。



「平助君が、うまく買い付けてくれたんで残ったお金で買えたんですよ。」



 今週の調理当番に当たっている沖田が、同じく当番の藤堂に頬笑む。

 新選組では幹部・組長達と、それぞれの組に属する隊士達の中から、各週で調理当番を回している。毒殺などを避けるために、幹部達と平隊士の食事は同じではなく別調理となるが食膳の質素さはそう変わりない。


「あ、たまたまなんですけど、おまけをしてもらえて……。」


「あぁぁぁっ、お前八百屋のおばさんに気に入られてるもんな。

今度から、固定で八百屋担当になったらどうだ。

上手くいけばタダにしてくれるかもしんねぇぞ。」


 原田の軽口に、駄目ですよと慌てる藤堂。


「ねぇねぇ原田さん。

上手くって、例えばどうやるんですか。」


「えっ……。

上手くっていやぁ総司お前、夜中にだな、おばさんのところに……。」


「左之助さんっ。」


 顔を真っ赤にした藤堂が、

やめてくれと言わんばかりに声を上げると広間は、どっと笑い声に溢れた。



 つい昨日までとは反転する景色だ。


 難航する妖物退治の一件で、日頃賑わう食事の時間も、いつからかどことなくぎこちない空気に包まれるようになっていた。

 それが鈴音や覇王の登場により新選組本来の食事の風景に戻ったのだ。

 こんなに嬉しいことはない。近藤は、別の意味で一人笑みを浮かべながら、あまり多くは呑めない酒を口にする。


 そこではたと気がつく。



「そうだ。

せっかくだから、彼女達も呼んで宴会を開こう。

我々に協力してくれるのだから何か持てなして礼をせんと。」


「あ、賛成です。

私、もっとどんな人なのか知りたいですし。」


 沖田が杯を口に触れさせる。


「持てなすっていっても、これしかないぜ。」


 原田が苦笑しながら、めざしを箸でつまんで掲げる。


「ん……。

トシ、どうにかならんか。」


 箸があまり進んでいない土方は、心ここにあらずという様子であったが、

近藤の問いに少し遅れて返事をする。


「あっ、あぁ。

どうにかって……、無理な話だな。

そんなことができんなら、ここにももう少し良い飯が並んでるだろうよ。」


「トシ、そこをどうにか頼む、な。」


「無理だ。」


「我々は彼女たちにこれから教えを乞うていく立場にあるんだぞ。

それなのにあんな部屋に閉じ込められたうえに、お前のお古の着物なんか着せられて。

あまりにも可哀想だし、失礼じゃないか。

だからせめて……トシ。


ん……トシ……。


お前、今日は食べるのがやけに遅いな。

どうした、具合でも悪いのか。」


 ほとんど手がつけられていない膳の中身に近藤は眉をしかめる。


「まさかお前、昨日の魔退治で……。」


 土方は近藤が話し終えるのを待たずに言葉を被せた。


「近藤さん、上げ膳据え膳で連中を持てなす必要なんざねぇよ。

調子に乗ったらどうする。

それに、まだ完全に信じきれた訳じゃねぇからな。

もしかすると全部がそういう作戦かもしれねぇんだ。

今日の夜にでも、寝込みを襲われて首でもちょん斬られるかもしんねぇんだから。

あんまり信用しすぎんじゃねぇぞ、あんたも、他の連中も。」


 そう言い捨てると土方は茶碗を手に取り、いつもと同じように食事を取る姿を近藤に見せる。


 ただの飯粒を噛み飲み干すと言うことが、今の土方にとっては汗が浮き出るほどの重労働であったが、近藤や他の者の手前、無理をしてでも平生を装う必要があった。



 あいつらは、もっと辛いのか。



 道場で寝かされている隊士達の顔が浮かぶ。

彼らは土方と違い、意識を保っていることができない状態である。


 精神力の違いなのか、持っている霊力の差なのか、土方には分からなかったが自分が感じている以上の苦痛を、自身の発言により強いられてしまった彼らを気の毒に

思う気持ちがない訳ではない。


 だが、全ては新選組のため。


 仲良しごっこでは何のためにもならないと土方は汁をすする。


 飲み込むものを全て胃が押し戻そうとするが、ごくりとそれらを飲み戻す。

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