第一章 ヒトダスケ(16)


 真夜中の集会は、藤堂の努力によりそれほど長引かずに解散となった。


 今後の詳しい作戦は明日考えようと、近藤が解散を促したのだ。


 外回りで疲れた者もいれば、早朝から市中の見廻りに出る者もいる。

 そのことに気をかけての判断であった。

 蒲団が恋しいと誰もが足早に広間を出る中、重い腰を上げた土方を、

近藤は呼び止める。



「トシ、お前は少しだけ良いか。」



 土方が残るならと、

敷居を片足跨いでいた沖田も広間に戻ろうとするが、

近藤が自分に向けて首を横に振ってきたため、そのままもう片方の足も敷居を越えさせることにする。


 のけ者にされたような気がして土方に少し腹も立ったが、慕う近藤の指示であれば仕方がない。


 沖田は肩をすくめながら、自室へ戻る。



 あとで部屋に顔を出しておくか。

 沖田が立っていた障子の辺りを見ながら、近藤は苦笑する。



「何のようだ、近藤さん。」



 土方は、語気が強くなってしまったような気がした。近藤に対して当たる気持ちなど一切ない。


 今回の敗因は、間違いなく自分にあることを理解している。

 近藤のせいでもなければ、連れて行った隊士のせいでも、鈴音のせいでもない。


 自身が采配を振り損なっただけのことだ。


 それを考えていると、どうしても自分に苛立ってくる。


 だから、土方は部屋に戻って早く考え直したかった。


 今日のこと、覇王のこと、鈴音のこと、橋の魔のこと、それから新選組の今後について。


 考えていかなければいけないことは、山積みだ。


 ただ、どんなことを考えようにしても、いの一番に土方自身の失態について考えることから始めてしまうのだろう。


 過ぎたことを悔いたところでどうしようもないことは知っているが、それを分かっていても付きまとってくるのが後悔というものである。


 意味のないことを上手く切り離せずに、心の片隅にぶら下げてしまっているような自分にも苛立つ。

 そういう自分に対しての気持ちが語気を強めたように思わせているだけか、実際にきつく言ってしまったのか。


 早急に立て直さなければならない、自分自身も、新選組も。


 近藤は、険しい表情で明後日の方角を見ている男に、沖田を見送った時と同じ苦笑を向けた。


 土方が小難しい顔で空を睨んでいる時は、新選組について考えている時だ。


 近藤はそのことを分かっていたが、あえてその思考を遮るように声をかけた。



「トシ。

ご苦労だったな。

傷の方はどうだ。」



「……。

かすった程度だ。

問題ない。

石田散薬でも飲んでりゃすぐに治る。」



 頭を振りながら口角を上げ、立ち去ろうとする土方の背に、近藤は言葉を投げかける。



「トシ。

朝も言ったが、お前の考えていることなら分かっている。

今回のことも単なる意地での行いじゃないってことも、俺はちゃんと分かっているからな。

 だから、お前はお前の思うようにやってくれ。俺も、他の連中も口ではからかって見せても、お前のことを頼みにしているんだからな、トシ。」



 振り返る必要はもうないと、土方は再び足を進め始めたが、伝えるべきことを思い出し足を止める。



「明日……。

いや、近いうちに俺からも頭を下げて頼んでおく。

妖物の件……、力を貸してもらえるように、俺からも頼んでおくから。

だから、今晩は勘弁してくれ。」



 遠ざかっていく背に近藤は温かな眼差しを向けながら、息を吐くように小さく礼を伝えた。


 土方にその感謝は聞こえてはいないだろうが、近藤の届けたい気持ちは十二分に

伝わっている。


 薄暗い廊下の闇に土方が見えなくなると、近藤も自室へ戻るのであった。

 






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