第一章 ヒトダスケ(14)
「それで、これは一体どのような状況なんでしょうか。」
山南の静かな声が土方に向けられる。
大とつけるには、こじんまりとした大広間に新選組各隊組長に局長の近藤という幹部面々、それから静代、鈴音の二人が揃っていた。
子の刻も過ぎた頃合い。
寝ぼけ眼をこすっている者、寝間着姿のままでいる者もいた。
急な呼び出しに加え、時間も時間だったため、その場でそれに小言を漏らす者はいない。
土方は、そんなしまりのない様に眉間を寄せるが、身なりを叱責している場合でもなかった。
先刻、橋の魔退治に隊士数名と鈴音を引き連れ向かったが、
その結果が芳しくなかった旨を報告せねばならない。
大見得を切って出かけた手前、何かしらの形は持ち帰りたい気持ちであったが、
形どころか負傷者までだし、自身も打撲まみれという惨敗であった。
挙げ句、手出しは無用などと制していた鈴音に退却を導かれる始末。
実際に新選組が妖物退治に参加し、敵と対峙するのは今回が初めてのことであったため、この結果が仕方のないものとすれば、確かにそうではある。
だから、敵を取り逃したことも、隊士が負傷したことも、誰かに責められるような内容ではないのであるが。
朝の会議で覇王達に協力を仰ぐと近藤が決定を出していた手前、それに従わずにこのような事態になっていることが、土方としてはどうにも重い石となって胸につかえていた。
悪さを窘められることを分かって口を閉ざす子供のように、土方は口を閉じている。
「どうせ土方さんが突っ走って行って、こうなったんでしょう。
近藤さんが折角見つけてきてくれた協力者から、
指南を受けながら戦っていれば橋本さんだって怪我をしなかっただろうし、
誰かさんも泥だらけにならずに済んだんじゃないですか。
意固地になって近藤さんの決めたことを守らないから。
私だったら、確実にやり遂げましたよ、ね、近藤さん。」
沖田は、斜め向かいで腕を組み胡座をかいている近藤に頬笑みかける。
土方の行いが、単なる我の突き通しだけで成されたものでないことを近藤は分かっていた。
それ故に、沖田に同調する訳にもいかず、だからといって自分を慕っての言葉に注意をかける気持ちにもなれず困惑した笑みを返す。
額をぽりぽりと掻きながら近藤が笑みを向けると沖田は満足げだ。
あぁ……まずい。
藤堂が土方に視線を向けると、すぐさま伏し目になりたくなるような形相の土方が沖田を見つめている。
秋も半ばだというのに背中を冷たい汗が一筋滑った。
ぞくりと鳥肌が立つ。
しんとする広間に虫の声音だけが聞こえているが、それを耳の保養だと楽しめる
空気感ではない。
この空気を破るような船を出してくれる者はいないだろうか。
藤堂は伏せった視線を少しだけ上げて、幹部一人一人の顔を巡らすが、沈黙の海を正しく船頭として導ける適任はいなさそうだった。
永倉は別の船を漕いで夢の中に出立しているし、原田は明後日の方を見つめて頭は空っぽそうだ。
山南は頼りにはなるが、朝の会議と繰り返しのようなこの場にどこか呆れているのか、眼鏡の曇りを着物の袂で拭き取るのに一生懸命である。
普段であれば土方か山南が難しい話などの落としどころを上手く見つけてまとめあげてくれるのだが、土方はむっすりふて腐れており、山南は第一声以降この調子なのだから、もうどうにもならない。
誰にも気付かれないように小さくため息をつくと、藤堂は残りの二人に視線を向ける。
こっちもだめそうな……。
静代は物分かりの良さそうな顔をしているが、朝の土方とのやり取りで当てにならないことが証明されている。そのうえ今のこの様子の中、
秋の虫の音を楽しんでいるのか時折庭に視線を向けては、趣深そうに微笑み目を閉じている。
こんな相手に話を振っても、大惨事になるだけだ。
藤堂は静代の隣に目をやる。
胡座をかいて太ももの上に刀を乗せた鈴音が座っていた。
後ろ手に伸ばした両手を畳につき、胸を反らしながら天井に顔を向けている。
この場に対して見るからに鬱陶しそうな態度でいるため、話を余計にこじれさせるような気がしてならない。
ただ、どんな相手か計り知れないからこそ一石を投じてみるのも功を奏すことに繋がるのではないか。
行ったり来たり、あぁでもないこうでもないと、彼の思考がぐるぐる巡る。
集まる幹部の面々より歳の幼い藤堂が彼なりに納得のいく答えを出し、その一声を投げ込んだ。
「あっ、あの……。
鈴音さんから報告をもらった方が良いのではないでしょうか。
そ、その道の専門の方ですし……。」
計れぬ結果と、少しの失敗が導火線を着火させてしまわないように、藤堂は言葉を探り、また周囲の顔色を窺いながら思いを述べた。
永倉、土方、静代以外の者が、一斉に鈴音に顔を向ける。
言われてみれば、そうだな……。
誰もが単純な考えに気がつき始めたことで、小さな部屋に籠もっていた重い空気の色が変わっていく。
一先ずの流れに、ほっと胸を撫でた藤堂は、先ほどまで天を仰いでいた鈴音の顔がこちらに向けられていることに気がつき、ひっと息を呑んだ。
髪が垂れ下がり表情は分からないが、そんなものを見なくても、
今鈴音がどんな想いを自分に向けているのか簡単に理解できた。
彼女の怒りが肌を刺すように染みてくる。
悪寒が走り身震いをした藤堂は、素知らぬ顔を決め込むことにした。
「平助の言う通りだな。
鈴音さん、結局のところどうなったのか教えてくれないか。」
「そんなこと聞かなくても、私の見当つけた通りのことが起こったにきまってますよ。」
だから聞くまでもないと、近藤に笑いかける沖田。
「そうかも知れないが、やはり当事者から話を聞いて確認することは大切なことだからな。総司の考え通りかも知れないが、細かいところは違ってくるかもしれんし、
やはり一人一人の声を聞いて話を合わせていくことが、次の勝機に繋がると俺は思うのだ。
だから、総司もしっかり何があったのか聞いたうえで、また考えを聞かせてくれないか。」
「近藤さんは優しい人だから仕方ありませんね。
良いですよ。」
沖田の顔から、さっと笑みが引かれる。どことなく口元はまだ口角が上がっているようにも見えるが、その瞳は笑っていない。
鈴音が話す内容によっては、その喉笛に噛みついて息の音をとめてやろうとする、そんな鋭ささえ見てとれる。
一心の視線に釘刺される中、鈴音は静代に説明を委ねようとする。
だが、今回静代は同行していなかったことをすぐに思い出し、藤堂への怒りをさらに増幅させた。
全ての説明は土方がするものだと思い込んでいたら、まさかのこの有り様だ。
詳しい説明が成された後に、大まかな意見を求められたのではない。
自分がことの顚末を話さなければならないのだ。
望んでもいないこのあらゆる状態に、鈴音は嫌気がさした。
覇王が自分でやれば良いものを。
あのくそ狐が。
心中で覇王に対して何度悪態をつこうが、この場の流れが動くはずもなく、誰かが鈴音に代わって説明をしてくれることもない。
彼女が何の反応も見せずにいると、近藤が遠慮気味に再度呼びかけてくる。
初めからありもしなかった、何もせずにこの場を切り抜けるという淡い期待の選択肢が、秋の微風と共に完全に消え失せた。
鈴音は口を開く。
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