第一章 ヒトダスケ(12)
顔を上げると、いつから近くにいたのか分からないが鈴音が土方達を見下ろしている。
「どういうことだ。」
「ここはもう、あいつの結界内だ。
あいつが死ぬか、結界を解くか、逃げるかをしてくれない限り、お前らはここから出られないってことだよ。」
「……するってことは、お前なら出られるってことか。」
「は。」
「今、俺たちはと言ったよな。
なら、お前は出られるのか、ここから。」
「当然だろ。
お前の邪魔がなければ、あいつも簡単に仕留められてた。」
鈴音は妖物を顎でしゃくる。
「信じられるかよ、そんな話。」
鼻で笑う土方に取り合わず、鈴音は腰を屈めて隊士達に向かい合う。
「おい、団子侍。
これを持って行け。」
団子……。
はてと小首を傾げ合う隊士達に、襟の合わさる部分から取り出した札を渡す。
『急急如律令』
和紙の真ん中に大きくその文字だけが記されている。
「勝手なことをするんじゃねぇ。
そんな妖し気なもん、使うわけがねぇだろう。」
隊士達は、札、土方、鈴音を何度も順繰りに見回す。
土方に従わなければいけないことは分かりながらも、
手ぶらで退却する心構えもなく札を頼みにしたい気持ちはあるが、
信じて良いものかも決めかねない。
「……どっちにしろ同じだろ。
ここに残ろうが、その札持たずに逃げだそうが、
偽りかも知れねぇ札持って逃げだそうが、結局死ぬかもしれねぇんだから。
どうせ同じ結果なんだからよ、
退ける可能性が少しでもあるやつを選ぶべきなんじゃねぇの、お侍さんよぉ。」
結界というものの中にいるのは確かなのだろう。
土方は、妖物の声以外何の物音も聞こえない河川敷に視界を巡らす。
これだけの騒ぎだというのに、自分達以外に人の気配を全く感じない。
妖物が出るからと外出を控えているといえども、空気を裂くような声が響き渡っているのだ。
誰か一人くらい野次馬が来てもよさそうななか、人っ子一人の気配も感じ取ることができないのは異常である。
ここの場所だけが平生の世界とは切り離され誰にも気付かれていない。
そう考えると結界という言葉には自然と納得ができた。
不逞浪士のことでも精一杯だというのに、本当にやっかいなことを任されたもんだ。
刀持って妖怪退治なんざ、考えてもなかったぜ。
こんな状況であるというのに回顧してしまいそうになるのは、
この非現実な状態をまだ受け入れきれていないからか。
結界同様、別世界にいた土方の眼前に白い紙が突き出される。
伏し目がちだった視線を上げると、鈴音が札を差し出していた。
「何だ。」
「お前も持ってな。」
「断る。
そんな誘いに乗って全滅させられたんじゃ困るんでな。
他の連中が札持って死ぬ道選ぶんなら、俺は札なしで死ぬ道を選ばせてもらう。
お手々繋いで右向け右なんて冷め切ったぬるま湯に新選組は浸かってねぇんでな。」
控えることも忘れたような大きなため息が鈴音の口から溢れた。
くだらない意地を張っているのか、侍としての体面を護ろうとしているのか、
鈴音はだんだんと分からなくなってくる。
危険を上手く伝える術も、土方に自分を信じさせることもできそうにないもどかしさと、こんなやっかいなことをさせてきた覇王に対する苛立ちが湧き上がってきた。
だからといって当たることもできなければ、
この怒りを共有できる静代もいないため、軽く頭を掻きむしる。
そうして鈴音は再び大きな息をついた。
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