幻隠しっ!

小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】

幻隠しっ!

零幻目「傍観幻(ライブハウス)」

プロローグ

 地下にある狭い音楽スタジオの中に到着した時にはすでに人だらけで、すし詰め状態だった。ワンドリンク制だったので、適当な炭酸を手に俺は群衆の中へと体で謝りながら進んだ。分かっていることなのだが、こうも人が多いと気が滅入る。いつまでたってもこればっかりは毎回困っていた。



 両サイドに聳え立つ黒のツインスピーカーからは聞いたことがある気がする洋ロックが流れていた。あまり近いと耳が壊れそうになるのだが、すでに慣れてしまうとこの音量によって空気が振動している感覚がたまらなかったのもまた、事実だった。



 ステージの上では今日の主役であるバンド『A_EDGE』(エースエッジ)のメンバーが機材の準備やアンプの音を調整してから楽器をかき鳴らし、また調整の為にかき鳴らすことを繰り返していた。足元のボードにあるエフェクターはいつ見ても豪華なもので、どれを見ても欲しいと思ってしまう。ただの練習引きでさえ、かっこいいと思ってしまうほど惚れ惚れとしていた。



 そしてこの会場にいる全員がちらちらと見たり、思いっきり見ていたり、話しかけていたりしているのがギターのサキだった。無論この俺もその例外ではなく、その可愛らしい姿を一目見ようと来ているのだった。



「やあ、今日もひとりかい。いつも来ているけど、このバンドのファンなの? あっ、何かバンドやっていたりする? ねえ、教えてよせっかくここで出会ったのもきっとなにかの縁なんだしさ」



 質の悪い人につかまってしまった。確かに俺は他でバンドをやっている。それに、エースエッジに関しては超が付くほどのファンだ。一度だけ。たった一度だけだが、偶然知り合った彼女たちに頼まれてこのバンドの仮メンバーとして演奏したことがある。ヘルプでの参加だったが、あれほど高揚したライブは他になかった。一瞬にして俺は虜になったのだ。



 もっと近づきたい。また一緒にライブをやりたい。見ているだけでなく、俺もあの中に入ってバンドをやりたい。その想いはますます募るばかりだが、だからと言って突然加入を申し出る勇気もなかった。一方的な片思いみたいなものだった。



「ああ、分かった。分かったよ、あんちゃん。サキだろ? サキちゃんだろ。そうだよな、可愛いいよな。うんうん。わかるわかる」


「いや、俺は単純にこのバンドの音楽が好きで……」


「おお。やっぱりファンだったか。そうかそうか。なあ、どの曲が一番好きだ?」


「ええっと……Black IS BAD to her……とか?」


「おお、いいじゃん。いいじゃんか。俺も好きだよあの曲。ドラムがめっちゃ乗らしてくれる!!」


「……そうですよね、いいですよね」



 一刻も早くこの人から解放されたかった。そう思っていた時だった。ツインスピーカーから流れている音楽が急にものすごい大きくなって、すぐにしぼむように小さくなった。場内の証明が薄くなり、ドラムスティックが始まりの合図を刻む。



「ワン、ツー、スリー、フォー!」



 始まった。今まで考えていたこと、全てを俺はその辺の屑籠に投げ捨てて、他の観客同様に両手を掲げて叫びだしていた。心と魂は完全に持っていかれており、俺はギターの音に酔いしれ、ベースの重低音に脳をやられ、ドラムの裏打ちに殺され続けた。



「へえ、ライブなんて初めて来た。すごい盛り上がりね」


 その後ろで私はずっと彼らを見ていた。きっと、彼らなら期待に応えてくれる。私はこのライブの様子を見ながら確信していた。


「……あの子が、榊原君。そして、あれがエースエッジ。なるほどね」



 さあ、これからがとっても楽しみだよ。沓形恒くつがたこうくん。


 無いのが問題ではなく、あるのが問題。分かるかしら。

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