第五話 闇から来たるもの
アルマは、はっと、周りを伺った。うるさいくらいに喋っていた精霊たちの声が、ぷっつりと消えている。しんと静まりかえった部屋の中で、精霊は不安がるように周りをきょろきょろと見回した。
(何かが、来る)
精霊達が何かに耳をすませているようにじっと、ユエの方を見つめている。精霊は怯えたような声色で言い放った。
”人になりたくて、なれなかったモノ。神になりたくて、成りそこなったモノ。我らはそれを封じ込めろと言われた。”
「誰に」
”我らの主だ。時間がない。我々は去る。もう良いか、
「まて、グシを凍らせたまま立ち去る気か!」
むしろそのほうが都合が良いのだと言い放ち、逃げ去ろうとした精霊をアルマは呼び止める。慌てるアルマへ、精霊は言った。
”異があるのなら、銀嶺山の主へ申し出ろ。まずい、アレがくるぞ!”
逃げろ。精霊が叫ぶ間もなく、祭壇の杯に満たされていた水が、こんもりと持ち上がった。滾々と湧き出る泉のような水の山が出来ている。透明だったはずの水は薄く濁っていた。むっと香るのは、魚を干した時のような生臭さ。祭壇に集まっていた精霊達が、悲鳴を上げた。
”あいつが来た!”
集まっていた精霊達が、
「あれは、なんだ?」
それをみた瞬間、冷たい水を浴びた後のような震えが沸き起こった。
汚泥の中から一本の手が出ていた。人の手だ。指は五本ある。女のように細い指先には獣のような鋭い
(魔物か悪霊か)
どちらにしても、人に近い形をしていた。
腐臭を漂わせる泥を撒き散らしながら空をまさぐる腕。その先に在る何かをアルマは想像する。そして思う。もう少し待てば、正体が分かるかもしれないと。
けれど、笹の葉が―――――泥の中にぷっかりと浮かんだ。
四方に置いた笹の一部が泥に侵されていた。際限なく湧き出てくる泥と、いまにも呑まれそうな笹にアルマは苦い顔をした。
(あの腕が術の起点なら、まず腕をどうにかしなければ)
腕を破壊するか、杯を破壊するか、それとも封じるか。三つの方法を思い浮かべてアルマは迷う。
(封じるには時間が要る。腕は正体が分からない。でも、杯そのものを破壊すればあるいは)
この泥も、手も、止まるかもしれない。けれど、その杯は水神を祀る神体。壊してしまえばユエも村人も困ってしまう。
(――――いや、もうすでに深刻な事態に陥っている)
アルマはもう一度ユエの方を振り返り、覚悟を決めた。
杯に向き直るとアルマは懐から銀色の礫を取り出し、それを盃をめがけて勢いよく放った。
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