大地の歌声

早瀬史啓

第一章 タルパーダのアルマ

第一話 六の月の雪

 冴え冴えとした空のもと。頂に雪をかぶった山々を眺めながら、アルマは凍えた両手に、ほうっと白い息を吐いた。かじかんで赤くなった両手を揉む。動きの悪くなった指に、白く冷たい綿が舞い降りた。

雪だった。


「今年は異常だよ。例年なら夏服を出す頃だってのにさぁ」


 厚く積もった雪に辟易へきえきした御者が、ありえないと嘆きの声を漏らした。


「いまは六番目の月だっけ?」


「そう。暖かくなってなきゃおかしいっての。なのにどういう訳か降り止まねえんだ」


 毛むくじゃらのヤクが引く大きな荷車に揺られながら、アルマは御者を振り仰いだ。

大きな獣のような背中があった。厚手の民族衣装の上から大猪の毛皮を外套代わりに羽織っているのだ。それが丸まったまま、左右にゆらり、ゆらりと揺れている。

彼はグシ村の農民だ。名をなんと言っただろう。

初めて出会った時に名乗られたような気がしたのだけれど、アルマは彼の名前をすっかり忘れてしまっていた。


「難儀だねぇ」


「他人事みたいに言うんじゃねえ」


 苛立ちを押さえた声色に、彼の内心が分かってしまってアルマは苦笑を浮かべた。


「グシまでどのくらい?」


「もう着いたよ」


 あんぐりと口を開けっぱなしにしたままのアルマへ、御者が振り返った。


「うしろばーっかり見とるから、分からんのじゃ」


 鬱蒼うっそうとした緑に、粉菓子のような雪が、ほんのりと積もっていた。村の入り口を示す悪霊除けの柱に刻まれた、恐ろしげな顔のサンサーラが雪のせいで間抜け面を晒している。柱から先にある小道にも、轍が隠れるほどの雪が積もっていた。


「こりゃあ、また……」


 老人の話の通り、雪まみれ。農作物はもう望めないだろう。呪いをする以前の問題だと言いたげにアルマは老人を憐れむように伺った。


「荷車、入るの?」


「入らん。後ろから押してもらえんだろか」




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