第八十五話 ライアスで旅の準備

 ライアスに着いてすぐにベイラ方面へ向かう駅犬車を調べたらベイラ行の犬車が等級別に二つあったが、下の等級の犬車はすでに売り切れていた。

 下の等級の犬車の方が安いが次の便となると五日後になるとの事だったので、それなら待ってる間の宿代を考えれば等級が上の方が結果的に安上がりだし、等級が高いんだから多少は乗り心地がいいかも知れないと思い上の等級の駅犬車二人分を予約した。ちなみにレイは予約票を書いたら俺へ突き出しとっとと駅舎の外にあるベンチに座って休んでいてその後の手続きは全部俺がした……レイの分の運賃も俺が払った……別にいいんだけど、納得はできない。


「レイ、予約して来たぞ。明日の朝8時に出発で運賃も払っといたからな。てか、あの内容でよかったのか?」

「……ん……かまわない……ありがと」

「それじゃ、旅に必要な物の買い出しに行くか」

「……了解」


 宿をとるにはまだ時間が早かったのでまずは近くにあった武器屋防具を売っている店からみる事にした、普段は今使ってる槍をそのまま使い、狭い場所や接近戦用にショートソードの他にロングソードを追加で買い、左手は盾でも装備しようかとも思ったが、盾を持つとタクティカルグローブ(左)のシールド機能が使い難くくなってしまうため左手には何も持たないようにし、念のため軽めなガントレットの中でそこそこ防御能力の高い者を装備する事にした。鎧はちょっと痛んではいたがまだまだ使えそうだったのでそのままで、靴が結構傷んで来ていたので買い替えた。他に投げナイフが10本セットになったものが安く売っていたので買った。店を出た後で投げナイフくらいなら『具現化アプリ』で出せばただだったと気が付き後悔したけど、腰に数本下げて置けば咄嗟の時にすぐ使えるし無駄な買い物では無かったと。


 そう言えば今まで装備の手入れとか事無かったけど、どうやってやったらいいんだろ? 剣は包丁みたいな感じなのかな? てか、包丁の手入れは洗剤で洗うし研ぐのは砥石じゃなくシャープナーでしかした事がないから砥石なんてどうやって使ったらいいのかわからん。


 レイに聞いてみると剣などは使った後はしっかり血油などの汚れを落としから油を含ませた布で拭いて、状態を見てたまには研ぐもので、革製の防具はこれもまずは汚れをきれいに落としてから専用のクリームでまんべんなく拭くのが一般的な方法だが、クリームは高いので安物の革を使った物なら剣と同じ様に油で拭くのが普通との事で、状態によってはそれなりに大きい町の武器屋か鍛冶屋へ修理を依頼するのが普通という事だった。


「レイ、そう言う事知ってたなら注意してくれよな。ま、手入れのこと考えてなかった俺が悪いんだけどさ」

「……ラウがしてたから……リンもしてると思ってた……と言うか……冒険者じゃなくても……自分の道具の手入れするのは当たり前」

「そう言われるとそうなんだろうけど……レイに言われると何となく納得いかん」

 

 ルカならいざ知らず、ラウがそう言う事をちゃんとやってたのにはびっくりしたな、ラウの事だからそう言う事はしてないと思ってた。今度ラウに会ったら何か肉料理を御馳走しよう。


「……どうするの? ……手入れ」

「う~ん。そうだな、しばらく手入れしてなかったし鍛冶屋とかに頼んだ方がいいのかな?」

「あ、お客さん。それならうちでもできますよ」


 レイと武具の手入れについて話していたら武具やの店主が手入れも請け負っているし、旅で使う手入れ道具セットも売ってるとセールスしてきた。とりあえず剣や防具を『倉庫アプリ』からだして実際に見せてどのくらいで出来るのか聞いたら今日はちょうどそう言う依頼がないで夕方までにはできるとの事だったので手入れを頼むことにし、手入れ総部セットも1セット購入し手入れの仕方なども詳しく教えてもらった。

 レイはこれといって買い替える事も無いとの事だったので、武具屋を出て露店を眺めながら歩いていたのだが、ふとレイの方を見ると。


 レイがどこで買ってきたのかいつの間にか串焼きをほおばっていた。


「レイ、一応聞いとくけど……俺の分は?」

「……あっひに……売へる?」

「いやいや、取ったりしないからそんな無理やり口に入れてしゃべらんでいいぞ? てか、それは俺の分は自分で買って来いって言う事だな、そして疑問形という事はどこで売ってたか正確な場所は覚えてないと」

「……多分あっち……ここで待ってるから追加買って来て」


 そう言って近くにあったベンチに座って串焼きを食べている姿にイラっとしたので頭をわしゃわしゃと撫でまわしてやった。


 それにしても、あの会話でレイの言ってる事が何となくわかるようになるとは、最近多少ましになった分を差し引いても俺もだいぶレイと意思疎通ができるようになったな。出会った頃だったらこうはいかなかったはずだ。


 塩とタレをまずは各1本買って食べてみたらどちらも……いや、特にタレの方が思いの他美味しかったので既に焼いてある物と直ぐに焼きあがる物を多めに買ってしまった。

 いったんレイの所へ戻り串焼きを何本か渡してから雑貨屋などで旅に必要な物を買い揃えて行く事にした。


「レイ、何か他にも必要なものがあったら言ってくれ」

「……これ?」


 レイは何か良く分からない名状しがたき生き物の大きな木彫りの置物を指さした。どう考えても旅に必要なものでは無いし、レイがどうしても欲しい物だとも到底思えない。


 何だろうこの訳の分からない気味の悪い生き物の木彫りは……何か見てるとSAN値が減って行きそうなんだが。それはいいとして。


「うん、それは必要なものとは言えないから却下だ。てか、目に入った物を適当に言っただけだろ? 別に必要なものが無いなら無いと言ってくれ」

「………」


 今までどうしてたのか聞いてみると基本的にはシャルディア色々と面倒を見てくれていたらしい。正直雇い主に面倒を見てもらうって言うのはなんか違うんじゃないかとも思ったがレイだし仕方ないかと妙な納得をした。


 そう言えばこの大陸に来るときも俺が色々買い揃えてたっけ。ま、あの時と今とでは状況が違うけどな。


 今の服だとちょっと暑すぎるかと思い服をレイと俺の分を各一着買う事に、他の客もいるだろうから革鎧姿ではなく町人服も買い、他人の目があることだしテントの中にベッドを出して寝るのはおかしいだろうという事で、俺とレイの分の寝袋っぽい物も購入、それだけだと地面にじかに寝るのと大差ない硬さだろうと思い少しでも軽減するために薄いマットレスのような物も2枚購入する事にした。


「あと何いるかな……キャンプ的に考えれば、飲み水――は『倉庫アプリ』にいっぱいあるからいいし、火をつける道具「……魔法ある」……灯かり「……それも魔法」……薪を割るため「魔法で切れる」……なんかもう魔法あればたいてい何とかなりそうな気がしてきたな」

「……そんな事は無い……魔法で食べ物は出せない」

「出せなくても狩れるんじゃないのか?」

「……料理されてない……生肉……美味しくない」


 レイ、もはや肉を焼く事すら拒否しだしたか……ったく、レイも冒険者なんだから少しは料理を覚えろよな。せめて焼くくらいは覚えて欲しい


 その後も気になる店に寄って石鹸や生活雑貨なども購入した。


 結構な出費になっちゃったな……まだ所持金に余裕はあるけど、向こうの町に着いたら少し依頼こなした方がいいかも知れないな。

 さて、あとは食料だけど駅犬車で他の人と一緒という事であまり普通の食事(『倉庫アプリ』にある出来立てのままの料理)と言うのもまずいだろうな……かと言って硬いパンと干し肉なんて嫌だしな~、レイに相談してみるか。


「なぁレイ、食べ物はどうしようかな? 俺としては定番の干し肉と硬いパンはあんまり美味しくないから遠慮したいとこなんだけど、かと言って普通の料理出すのも問題ありそうだし……あ、干し肉の代わりに燻製でいいか」

「……ん、燻製……美味しい」

「コーレア村の特産品だと言えばいい宣伝にもなるし同乗者とかにも振舞ってもいいかもな。パンはどうするか……ん~、普通の冒険者が旅に持って行って食べるにはちょっと高級で日持ちもしない柔らかい白パンを持って行ったら不審に思われるかもしれないけどアイテムボックス持ちという事にすれば多少は納得してくれるかもしれないし何個か買っておくか、他には……おやつに甘いものも欲しいからドライフルーツも買おうかな」

「……黒パンダメ……白パン賛成、白パンが正義……文句言うやつは敵……燃やす。 そして、甘いものは神!」

「おまえ、そんなに甘味好きだったっけ?」


 レイは自分の分が減るとかラウみたいな事言ってたが『倉庫アプリ』にはかなりの量の燻製肉があるので毎日食べても半年は持つはずだ。てか『文句言う奴は燃やす』何物騒なこと言ってんだか。それに『甘いものは神!』って、珍しくそこだけはっきり大きな声で喋ってるけどそこまでか、そこまで甘味に飢えてるのか?


 レイが欲しい問う事でドライフルーツを買うレイは甘みの強いベリー系を一番多く、次いでリンゴ、ブドウなどを選んでいた。そしてメープルシロップも求められたがそんなに量が無いので一日にスプーン一杯だけ、他の人が見ていないときにと言う条件で与える事にした。


 一応ギルドへ行き、ベイラ方面への配達が少量輸送の依頼がないか確認してみたがそう都合のいい依頼は無かった。基本的に商人たちは駅犬車の運航が開始され始発の犬車が問題なく走破出来たとの情報があるか、もしくは問題があった場合街道の補修が行われた後に商品を他の町へ送るらしい。


「ま、ない物は仕方ない。今回はゆったり旅行気分で行くか」

「……荷物があったとしても……リンのアイテムボックスに入れるだけだから……どっちでも同じじゃないの?」

「いやまぁそう言われるとそうなんだけど、依頼の荷物を持ってると『仕事してるんだ』って気になって精神的に緊張するぞ」

「……リンは意外と気が小さいし、細かい」


 諦めて武器屋で手入れに出していた武具を受け取ってからウサギの憩い亭へ行き一泊しようとしたが満室で他の宿もどこも満室だろうと言われた。


 あ、そっか。今ライアスは人であふれてるんだから宿がどこも満室なのは当たり前か……そう考えると駅犬車を確保できたのは運が良かったな。


「あ、そうだ。実は明日、駅犬車でライアスを発つことになりました」

「その言い方だとコーレアに戻るってわけじゃないんだね」

「はい、元々雪で足止めされていただけでしたから。さて、それじゃ夕食だけでもお願いします。メニューは今日のおすすめ二セットで」

「あいよ。カウンターの端がちょうど二人分空いてるからそこに座って待ってておくれ」


 料理を持ってきたサラサに雪解け直後は街道にぬかるんでいる場所が多いから所持金に余裕があるなら普通よりいい駅犬車を使った方がいい、普通の犬車だと後悔する事になるとアドバイスされた。


 なるほど、そう言う事まで考えてなかったな。てか、舗装されている訳じゃないし石畳も無い土を踏み固めただけの道だもんな、そりゃ雪解け後ならぬかりもするか……そう考えると等級が上の犬車を予約できたのはよかったのかもな。 

 

 そんな事を考えながら食事をしていたら、休憩時間になったらしいサースちゃんが隣の席に座ってきた。


「さっきお母さんから聞いたんだけど、ルカちゃんも一緒に行くの?」

「いや、ルカはコーレア村に残るよ。それと、たまに遊びに来ると言ってたから」

「そうなんだ~、コーレア村ギルドで宿屋やってるって言うし、私もコーレア村へ行って宿で働こうかな~」

「何言ってんだい。あんたはまず家の手伝いをまともにできるようになってから言いな! 大体、ルカちゃんと遊びだけなんだろ? それにコーレア村の宿はギルドが経営してんだから子供なんて雇ってくれないよ」

「……ううう」


 この様子だとサースちゃんの方からルカに会いに行っちゃいそうだな。ルカと違って魔物と戦えるとは思えないから駅犬車コーレア村へ行くとなるとそれなりに金がかかりそうだけど……って、サースちゃんの年齢ならコーレア村にできる学校に通ってもらうのもありか、でもコーレア村までの交通費とかどうなるんだろ? 自費? それともライアスの町が通学用に無料で犬車用意するのか? そこら辺を詳しく聞いておけばよかったな。ま、とりあえず話だけでもしておくか。


 コーレア村に学校ができるからサースちゃんの将来のためになるしルカもいるから(生徒としてでは無いけど)通わせてみたらどうかと話してみた。


「なるほどね。ま~、落ち着いたら考えてみるよ――あ、そうだ! 二人とも、寝れりゃどんな部屋でも文句ないかい?」

「え、ええ。雨風凌げるなら文句ないですけど……」


 倉庫を片付ければ二人くらいなら横になれるスペースを確保できるからそれでもよければ宿泊費はただでいいと言ってくれたので厚意に甘える事にした。

 さすがにベッドを置けるだけのスペースは無かったが布団を二組と衝立は何とか置けたし思ったほど寒くもなかったので一晩過ごすだけなら十分だった。そもそも、この部屋を提供してくれなければ外で野宿しなければならなかったんだから感謝はしても文句なんてとても言えない。


「さて、目覚ましセットして寝るぞ。おやすみ」

「うん、おやすみ」


 翌朝、駅馬車の出発に間に合うように少し早めに起きてサラサ一家に部屋のお礼を言い駅舎へと向かった。

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