第八話 宴会?
冒険者ギルドを出て、職員に教えて貰った通りに宿屋を目指して歩いたはずだったのだが、どこで間違ったのか完全に道に迷ってしまっていた。
あれ~、おかしいな? なんか畑に出ちゃったんだけど、どこで道を間違ったんだろ?……とりあえず、地図でも見てみるか。
スマホを出し、地図アプリを起動したが、表示されていた地図が見づらかったので、ピンチアウトで現在地を拡大して、今まで歩いてきた道を確認した。
え~と、教えて貰った宿への道はギルドを出てすぐに左、そして商店街の大通りにある十字路を右だったよな? あ、大通り左に曲がってた……じ、じゃ、このまま大通りの十字路に戻って、そのまま真っ直ぐ行けば宿のはずだな。
道を間違った恥ずかしさをごまかすように、足早に宿を目指し歩きだした。
商店街に入ると、十字路の手前の店の前に見た事のあるローブ姿の人物の背中が見え、声を掛けようとしたのだが。
あれって、多分レイ……だよな? ローブを着て、フードを目深に被ってる奴なんて他にいな――
そう思って、周りを見ると似たような恰好をしてる人が結構いた。
なんだ? ローブ着て目深にフード被るのが流行ってるとでも言うのか?
そんな事を思って、初めに見たローブ姿の人物がレイだという確信が持てず、声をかけるのを止めて宿へ向けて歩き出そうとした時、その人物が俺の方に近寄ってきた。
「……見つけた……」
「ん、レイなのか?」
レイらしき人物は無言のまま、小さくこくりと頷いたように見えた。
レイ、おまえは相変わらず……ったく、フードをそんな目深に被って小さく頷かれてもよく分からんだろうに。んー、ちょっと意地悪してやるか。
「ん~、返事が無いな~、違うのかな~? レイの着ていたローブに似てるような気がしたんだけどな~」
レイが『んーーー!』と言って、ポカポカと叩いてきたのだが、これがまた思いのほか痛かった。
「痛い、こらレイ、冗談、冗談だから! 俺が悪かったから、叩くのやめてくれ!」
「……ばか……」
こいつ、本気で叩いてはいないようだったけど、意外と力強いな。
「……リン……こっち」
「なんだレイ。迎えに来てくれたのかよ」
「……命令……」
俺が「ありがとな」と頭を撫でようとしたら。サッと避けられてしまった。
何だ? 子ども扱いするなって事なのかな? それとも俺は嫌われてるのかな?
「……皆、待ってる……」
「そうか、皆まってるのか。それじゃ、案内よろしくな」
そしてレイに案内されて着いたところは、宿ではなく『黒き雌鳥亭』と言う酒場だった。
「レイさん。ここは何かな? 俺たちは宿に向かってたんじゃないのかな?」
「……皆、待ってる……」
「ん? 『皆待ってる』って、ここに皆いるって事か?」
「……入って……」
レイのやつ、とうとう一言の説明すらしなくなったな。ま、いいや入れば分かるだろ。
ドアを開けて中に入ると、店内は大勢の客で賑わっていて活気に満ちて凄い喧騒に包まれていた。
俺は、ふと、その店内の喧騒が外からは全く聞こえていなかった事に気が付いた。
あれ? これだけの喧騒が店の外からでは何も聞こえていなかったのは不自然だよな? 魔法かなんかで音を遮断でもしてるのかな?
俺が店の入り口でそんなことを考えていると、リンが俺の服の裾を引っ張り「……あっち」と、奥のテーブルを指さした。するとすぐに、ガイラルが喧騒に負けないくらいの大きな声で俺の名前を呼んできた。
「おーい、リン! やっと来たか、こっちだー! 早く来やがれー!」
レイと一緒にガイラルたちのいるテーブルへと移動した。
「やっと来たわね。宿で待ってたんだけど、なかなか帰ってこなかったから先に食事にしようと言う事になって、レイに頼んで迎えに行ってもらったのよ」
シャルディアさん。何故レイを迎えに来させたんだよ。人選ミスだろうが、どうせならハイルにすればちゃんと――おや~? 背後からレイの殺気を感じるのはせいだろうか? てか、いつの間に背後に回ったんだこいつ?
「……リン……顔に出てる」
「な、何の事かな? そんな事より食べようぜ」
ごまかすように空いてる席に座り、テーブルに並べられていた料理を食べ始めた。
「――おいリン。飲んでるか~?」
「ガイラルさん。俺は酒なんて飲めませんよ」
「なんだよ。酒も飲めねぇのかよ~、飲めなくても飲めよ~、ノリがわりぃぞ~、まるでレイみてぇだぞ」
ガイラルはすでに出来上がっているようで、俺に絡んできた。てか『レイみてぇだぞ』ってのは何なんだ?
その後、ガイラルから何とか逃げ延び、シャルディアとカウンター席の方で色々と話をした。
今回のこの宴会騒ぎは、盗賊討伐の祝勝会みたいな物らしく、バルデス商会のおごりだそうだった。
「シャルディアさん。そういえば、この店内の喧騒が外からまったく聞こえなかったのは魔道具とか何ですか?」
「ええ、そうよ。消音の魔道具なんだけど、こういう騒がしい場所ではよく使われてるのよ。ただし、この店のは中々に優れものね、ここまでの消音機能のあるものはあまりみないわ」
なんかいろんなことに使えそうな魔道具だな。こういうのってスマホで具現化できないのかな~? 後で試してみようかな。
「あと、この世界に風呂ってあるんですか?」
「風呂なんて高級品は、個人だと貴族や王族か大商人の館くらいにしかないわよ? 宿だとたまに置いてる所も有るけど、ほとんどは高級な宿ね、もちろん今日泊まる宿にはないわ」
やっぱり風呂は高級品か~ありがちなテンプレだな。
「それはそうと、リン。あなたは、この先どうする気なの?」
「う~ん、しばらくはこの町で暮らそうかと思ってますが……」
これと言って目標があるわけじゃないんだよな~。しいて言えば安全でちゃんとした生活基盤の確保かな? ま、お金は十分ある気もするんだけど、いくらあっても不安な貧乏性はどうにもならないんだよね。
「よかったらなんだけど、うちの商会で働かない?」
「おいおい、シャルディアさん! 抜け駆けはずりぃぜ、おいリン! 俺のとこ来いよ。お前の実力なら黒翼でも十分通用するぜ」
いつの間にかガイラルまでカウンター席に座っていた。
おお! スカウトですか。シャルディアが属するバルデス商会は結構有名らしいし、ガイラルの黒翼は雰囲気もいいし、どちらもいい職場になりそうで嬉しくはあるんだが、金もある事だし、少しこの町でゆっくりしたいんだよな~。
「あの、お二人にお誘いいただいて本当に嬉しくはあるのですが、しばらくはこの町でゆっくりしようかと思います」
「う~ん、そっか~残念ね」
「そうか。ま、無理強いはできねぇわな。よし、飲み直しだ」
「ガイラル! あまり飲みすぎないでよ?」
「分かってますって、明日の護衛に支障が出るほど飲みませんって」
そんなことを言って、テーブルの方へと歩く足取りは千鳥足で、既に手遅れっぽかった。
「あ、そうだリン。ちょっとこのコインに血を垂らしてくれない? あ、これ針ね」
「このコインって、何なんですか?」
俺が聞くとシャルディアは「いいからいいから」と言って、早くコインに血を垂らせと言ってきたので、言われた通りに針を指に刺して何も描かれていないコインに血を数滴垂らした。
それを見て、シャルディアは針を布で拭き、自分の指に刺して、俺の血の上に自分の血を垂らし、何やら白い粉を振りかけた。すると、コインが光だし、その光が消えるとさっきまで何も描かれていなかったはずのコインの表面に、バルデス商会の紋章が描かれていた。
「よし、完成ね! これは、リンにあげるわ」
シャルディアが、今できたコインを俺の方に弾いてきた。俺は落とさないようにそれを受け取り、これは何なのかと質問した。
「え~と、このコインは何なんですか?」
「それはね、バルデス商会が信用した者に送るの証の様な物よ。それがあれば商会に属する店で多少は融通が利くわよ」
「え、俺はシャルディアさんの誘いを断ったのに、貰っていいんですか?」
「ええ、いいわよ。それによく見て、ちょっとコインが光ってるでしょ? それは、リンの血を混ぜたから光ってるの、リン以外の人が触れても光る事が無いから意味ないのよ」
へ~、ギルドカードといい、血を利用した個人認証の魔道具って感じだな~。
「そういう事でしたら、ありがたくいただいておきます」
その後も宴会騒ぎが続いたが、シャルディアの「明日も早いんだから、みんなほどほどにね」と言う言葉で、一応はお開きとなったが、ガイラルを中心とした一部のメンバーは、このまま二次会に突入するらしかった。
俺はと言うと、酒を飲めるわけでもなかったので、そろそろ宿へ行こうかとシャルディアに場所を聞いていた。
「あの~、すいません。そろそろ休もうかと思うんで、宿はどこなんですか?」
「ん? これから二次会もあるんだけど、リンはもう宿に行くの?」
「はい、酒を飲めるわけでもないし、色々と疲れたから休もうかと」
「そっか、宿はこの店の二軒右隣が宿屋『黒猫のひげ亭』よ、リンの名前で部屋を取ってあるから受付でさっきのコインを見せて名前を言いなさい」
「ありがとうございます。それじゃ、おやすみなさい」
シャルディアが「おやすみ」と言うのとほぼ同時に「リ~ン」と俺を呼ぶ声と共に後ろから何者かにタックルされた。
「うわ、なんだ?」
「リ~ン、リ~ン、リン――」
人の名前を昔の電話の呼び鈴の音ように言わないで欲しいな。
そう思って首をひねり腰のあたりにタックルしてきた人物を見てみると、見慣れたローブにフード……レイだった。
「おい、レイ。どうした、しっかりしろよ。ってか、こいつレイでいいんだよな?」
「あ~その子、酒に弱いのよ。悪いんだけど、レイもリンと一緒の宿に部屋とってあるから一緒に宿に連れて行ってあげて。ただし、イタズラなんてしちゃだめよ?」
そんなことするか! それにしても、これがレイか……もはや別人のようだな。
レイは俺に張り付いたまま頭をグリグリと俺の背中に押し付けて来ていた。それをなんとか引きはがし。
「おいレイ! ほら、宿に行くぞ、しっかりしろ」
俺は酔っぱらってふらふらになっているレイに肩を貸して宿屋に行くことにした。
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