異世界で新生活 ~スマホアプリdeチート~

樽谷

第一話 ある意味人生終了

 その日は早朝に「ピンポーン」と鳴ったチャイムの音で目が覚め、眠たい目をこすり時計を見てみるとまだ朝の6時だった。


 ったく誰だよ、こんな朝早くに。


 手早く部屋着に着替えてガチャっとドアを開けるとそこには、ドアの枠を額縁のようにして長い金色に輝く髪を風に揺らした白いワンピースを身に纏った美女、と言う一枚の絵画の一部でもあるかのような美女がそこに立っていた。

 俺がそんな現実離れした光景にポカーンとしていると美女が俺に話しかけてきた。

「こんにちは。こちらはクスノキ リンさんのお宅でよろしかったでしょうか」

「はぁ~、俺が楠淋ですが、どちら様ですか?」


 俺にこんな美人の外国人の知り合いなんていないはずなんだが? てか、この人……日本語を喋ってるよな?


「そうでしたか、あなたが楠淋さんでしたか、申し遅れました。私は女神リュースです」


 ……あ、そういう事ね。はいはい、こんな美人が普通に俺の家なんかを訪ねてくるなんてあるワケないもんな。はぁ~、一気に目ぇ~覚めたわ~。


「あー、すいませんが、宗教の勧誘とかそう言うのは間に合ってますのでお引き取り下さい」

 自分の事を女神だとか言って微笑んできた……いや、こんな美女の微笑みなんて眼福で普通ならいつまでも見ていたいのだが……胡散臭い宗教なんかごめんだと俺はドアを閉めようとしたのだが、誰も押さえていないのに何故かドアがびくともせず、一向に閉めることができなかった。

 何とかドアを閉めようと力を込めていると、リュースが悲しそうな顔で話しかけてきた。

「あなたも私が女神と言う事を信用してはくださいませんか……こちらの世界の神からこちらの世界では信仰心を持っている者が少ないとは聞いていましたが……会う人全てに信用されませんでした」

 言い終わると、目の前にいる女神と名乗ったリュースが、突然光りだしたと思ったら目の前から忽然と消えた。どこに行ったかとキョロキョロと周りを見回していると、家の中から「こちらです」という声がしたので行ってみると、いつの間に移動したのか俺の部屋でリュースが空中に浮いてた。そう、浮いていたのである。


 え、なにこれ? なんだ、手品か?


 そんな事を俺が思っていると「これで信用していただけましたか?」と、リュースが小首を傾げて聞い

てきた。

「いや、何が何だか分からないんだけど」

 俺が混乱していると「まぁいいでしょう」とリュースはとんでもないことを話し始めた。

「実を申しますと……あなたはこちらの世界の住人ではないのです。手違いで私の管理していた世界からあなたの魂がこちらの世界に流れてしまい、こちらの世界で人として受肉しまったのです」


 ん? なに、どういう事だ? 理解が追い付かんぞ、電波な会話だということしか認識できん。


「このまま二十歳になってしまうと、あなたは特異点となり、それを起点として大災厄が起きてしまいます。予想被害は最低でも半径三百㎞の範囲、大災厄の種類はランダムの自然災害で、被害にあった方はほぼ死にます」


 え、何その疫病神みたいな存在、迷惑極まりないな~。って俺の事か!


「たとえ自殺なされても、この世界に魂が残るだけでも同じ結果となるのであなたには元の世界に戻っていただくか、魂ごとあなたをこの世界より跡形もなくきれいさっぱりと消滅させるかの二択です」


 自殺とかしたくないし、選択の二つ目が酷すぎるぞ!


「それって、死ぬか生きて別世界に行くかってことか?」

「ええ、その通りです。とりあえずは場所を移動させてもらいますね」


 そう言うとリュースは、何やらぶつぶつと聞いたことのない言語をつぶやき出した。すると、突然辺りが激しい光に包まれて目を開けていられなくなり、目を瞑ったのだがそれでも瞼を光が通してきて眩しさを感じ、手で目を覆っていると次第に光が収まるのを感じて恐る恐る目を開けてみると、いつの間にか見た事も無い広い部屋の中にいた。


「え、ここは……ここは、どこなんだー!」

「ここは私が管理している世界の……何と言いますか、私の住まう神界です」


 は、管理してる? 住まう神界? 何が何やらもー!


 俺が頭を抱えてパニックに陥っていると、そんなことはお構いなしにリュースはマイペースに話し続けていた。

「えーと、まずは確認のため、これを見てください」

 そう言って、どこで調べたのか俺のプロフィールが書かれた紙を渡してきた。って光ってるけど紙でいいのかこれ?


 氏 名:楠淋

 性 別:男性

 年 齢:19歳

 職 業:大学生(現在コンビニでのバイト有)

 家 族:無し(捨て子として孤児院で育つ) 

 趣 味:読書(ラノベ)

 交 友:少ない

 彼 女:いたことすらない


 これはいったいどこで調べたんだ? 最後の二つは必要か? 特に最後のはホントに余計なお世話だよ!


「これで間違いございませんか?」

「ええ、まぁ」

「先ほどの選択に戻りますが、楠淋さん。どちらを選ばれますか?」

「ちょっと待てよ! こっちはまだパニックでそれどころじゃねぇよ!」

 あくまでもマイペースに選択を迫ってくるリュースに殺意すら抱いていると、リュースは頬に片手を当てとんでもないことを言い出した。

「それでは消滅でよろしかったでしょうか? では、さっそく消滅を――」

「ちょっと待てやー!」


 とんでもねぇよこの女神! いきなり消滅させようとしやがったよ! 心なしか体が透けてる気がするぞ! これじゃ女神と言うより死神だー!


「えーと、なんだ。そのさ、死にたくなければあなたの世界に行けって事なんだよな?」

「そんなあからさまに脅すつもりはないのですが……そうなりますのでしょうか?」


 そうなるだろうよ! 俺の事消滅させようとしたしな! とは言え、黙ってりゃ消そうとしやがるんだし選択の余地は無いか。


「死にたくないから行くしかないのは仕方ないんだけど、そっちの世界の言葉とか常識とか知らんし……だいたい、どうやって生活していけばいいんだよ?」

「識字や言語に関しては理解できるように魂を調整しておきます。常識に関しては多少は分かるようにはしますが、私も下界の事に関しては大まかにしか知りませんので、実際に体験して下さいとしか言えません。

 私の世界がどんな感じかは楠淋さんに分かりやすく言いますと、そちらの世界のマンガやラノベによくある異世界と言う物と思っていただいてよいかと思います。そちらの世界の娯楽文化はおもしろいので、たまにそちらの神に頼んでラノベなんかを取り寄せて読んでますよ」


 おいおい、そんなもの読んでるから自分の世界の常識をあまり分かってないんじゃないのか? 管理者としてどうなんだ? てか、取り寄せれるんだ。


「それでは、私の世界に転移していただけるという事で話を進めさせていただきますね。そこで問題が一つありまして……楠淋さんは魔法なんて使えませんよね?」

「簡単な手品くらいならできるけど、マンガの様な魔法とかは無理だよ」

「確かに楠淋さんには魔力が無いようですので、魔法を使う方法として楠淋さんの所持している『スマホ』? でしたか、そちらを使って魔法を使えるようになんとかしておきますね、使い方については下界に降りた際に多少の事はそれとなく分かるように魂を調整しておきます」

「確認したいんだけど、俺はその世界で今のままの姿で行って、何かしなくてはいけない事はないんだよな?」

「服装は下界の一般的な町人の服に変えますが、容姿・基本的なステータスなどはそんなには変わらないと思います。下界での生活に関しては、犯罪行為さえしなければ好きに暮らしていただいてかまいません」


 お約束のチートはないのか……異世界と言うと何の能力もない一般人には厳しい世界ってイメージなんだが、そんなので俺は生きていけるかな?


「一応、身を守るために能力とか装備とかは貰えないのか?」

「そうですね、神界の武器屋防具は持ち出し禁止なので、金貨などがあるのでこちらを使って買い揃えてください。能力に関しては……残念ながら無能力ですね」

 そう言って金貨の入った大きな袋をどこからか出してきた。目を離していなかったのに本当にどこから出したのかわからなかった。

「この金貨って何なんだ」

「貢物みたいなものなのですが、そうですねそちらの世界で言う所の、確か『賽銭』でしか? その様なものです。私は下界に降りることができないため、このようなものを貢がれても使い道もないのでどうぞお持ちください」

 そう言われて袋の中を見てみると金貨がまさに山のように入っていた。


 どんだけ入ってるんだ? 重くて袋が持ち上がらないぞ!


「あの、これ重くて持てないんだけど」

「じゃ、先にスマホをこちらに渡して貰えますか?」

 言われてスマホを渡すとリュースが何やらまたつぶやき始め、そしてスマホが光となって消えたかと思うと、今度は光が集まりだしてスマホの形となり次第に実体が浮かび上がってきてが、以前とはどこか違う形に変わったスマホが現れた。

「これでこのスマホは魔法の道具になりました。倉庫などもあるのですが、とりあえず金貨は別扱いでスマホに入れておくので、後でご確認ください」

「そう言えば、元の世界での俺の扱いは死亡扱いや行方不明とかになるのか?」

「元々存在しなかったことになりますよ」

「は?」

「いえ、あの、ちょっと色々とまずいんで、あちらの世界には行かなかったことになります。そう、楠淋さんは普通にどこか分からない他の世界で産まれ育ったという事にしますので、ついでに下界に降りてもこの事はご内密にお願いします。楠淋さんは落ち人として普通に異世界から迷い込んでしまった普通の人という事にしておいてください」


 おい、こいつミスをなかった事に、もっと言えば揉み消そうとしてるんじゃないのか?


「すみません。どうか今回の事はご内密にして下さいますようお願いいたしますー! ばれるとまずいんですぅ―!」

 女神リュースはそれはそれは見事な芸術の域と言えるほどの土下座をしてきた。額を床にこすりつけている女神と言うのを見て、シュールな光景だと思った。


 さっきまでの態度とは別人だな、どう見ても女神に見えないぞ。もう女神としては終わったんじゃなかろうか?


「いや、別に誰かに言いふらすとかはするつもりないよ? それより落ち人ってなんなの?」

「そう言うのは、下界に降りればわかるようにしておくので、あとで確認してください」


 ……ただ説明するのが面倒なんじゃなかろうか? 


「一応、制限はありますが私へメールも出せるようになっています。ですが、毎回返信できるかどうかは分かりませんので、ご了承ください」

「分かったよ。で、いつそっちの世界に行くんだ?」

「今からすぐに門を開きますのでそちらを通って下界に降りていただきます」

 そう言うとすぐに目の前に人一人が入れる大きさの光の門が現れた。

「それでは、こちらの世界での楠淋さんの人生がより良いものでありますようにお祈りしております」

 リュースは深々とお辞儀をして俺を見送っていた。俺は、それを見ながら下界を目指し門を潜った。


 こうしてこの世界での楠淋の人生は終わり、異世界にてリン・クスノキとして人生をリスタートする事になった。

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