さよなら透明少女
Lu
彼女の小骨
夜になるだろう空に青みが増してくる時間帯。
この頃になると庭に、辺り一帯を巡っている野良猫が現れるはず、だったのに。
ここ三週間は見ていない。
放して飼ってるから行方も知れないし、事故に遭えば骨も拾えないかもしれない。
何かの拍子に戻ってくると淡い期待を抱いて、いつもの時間になると磨りガラスの向こうの気配を探る。
腐ると勿体ないので、食べたサバの缶詰だけを外に置いておく。
それがずっと続いていた。
缶詰という保存方法は良いものだと、箸で突き刺したサバを口にして思う。
特に缶切りを用いない指だけで開けられる物は便利だ。
今食べている味噌煮は、塩はくどいが味はわるくない。
その中に、大きい骨がある。
加工によっては骨は噛み砕ける範囲になってはいた。
僕はこの骨が好きではない。
身の部分を少しでも削っているから、それだけのことだ。
缶を持って外の地面に振ると残り汁と骨が輪を描いて飛ぶ。
諸々が土に染み込み、次第に虫が寄ってくるだろう。
風が生ぬるく、閉めるのはサッシだけにする。
しかし腹が冷えると仕方ないので布団は被って寝る。
起きたとき、断片的に憶えていたことがある。
「猫は魚が特別に好きなわけじゃないよ」
中学校の同級生で付き合っていた子が夢で言ったような気がする。
気がしただけで、本当はそんな出来事も無かったかもしれないけど、
猫とまでいかないが気まぐれな子だったから。
その記憶の中の子が、サッシを開けると土を舐めていた。
生首に芋の根が連なった形が舌を出している。
彼女の顔だと一目で判った。
僕は気を立てないように流し台に向かい、三角コーナーの残飯を小皿に盛る。
戻ると芋の根に見えていた小骨たちが戸に這わされていた。
さりさり。
そんな音がする。
危険はいたって無いように見えるが、彼女の意思で手間をしてほしい。
蠕動する腹の横にそっと置き、身を引いて眺めてみる。
僕の体感では煩わしく感じてしまいそうな足の群れが、様々な方向に動き小皿を抱くように丸くなって食べ始める。
ぺしぺし。ぺたんぺたん。
彼女はご機嫌なのか、尻尾を左右に振りながら踊る。
盛られた残飯は、どこに仕舞われたのだろうか。
姿形は浮遊する生首に内臓が露出した海外の妖怪を思い出すのだが、肉袋に取って代わられたのは棘のような小骨だ。
見当すると蟹のような構造をしているのが大きいかもしれない。
びたんびたんびたんっ。
それにしても忙しない音を出しているな。
顔もどこかしか色合いが食べる前より良くなった。
付き合っていたときは、こんな表情しなかったのに。
僕は気分が好いので、彼女に手を出してみる。
ゆっくり両頬を挟んで持ち上げると、見た目の割に中身が詰まっていた。
指の隙間から漏れる髪は土に濡れても黒艶があり、本来ある腰骨のあたりまで伸びているだろう。
風呂場まで歩を進める度、さりさりと小骨が揺れる音がする。
見下ろすと彼女の眉頭が不思議そうに上がり、その部分が顔という認識を高めていた。
夏場だからと温めにしすぎた浴槽の湯は、すっかり熱を失ってしまった。
僕の手で彼女の尾を縁に留めてあげると、水面から唇を出したり出さなかったり、幼い遊びを始めた。
いなくなった猫の代わりになるのはいい。
でも僕は、生き物には慣れてはいるが、飼い続けた経験は少ない。
彼女の小骨が意外と柔らかく、肌に突き刺さらない事を手触りで知って、天井を見つめながら考えていた。
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