塵箱。

朝雛 楓

日常




スマートフォンを見つめている女の子より、どこか遠くをもの悲しげに見つめている女の子の方が惹かれるだろう。

他人の感性に侵食され、共感し、元々あったかのように錯覚するノスタルジーを現実に求めている若者達。愚かなり。

空を見る。今夜は三日月、それだけだ。

電車に人が溢れている。誰もいない家に帰る。眠る。それだけだ。


何の連絡もないまま一ヶ月が過ぎてしまった。

やりとりの履歴を読み返す。

まともに話すようになってから、まだ三ヶ月。

人を好きになるなんて、そんなもの。

思い出が何も無い。苦しいと感じることも無い。失って、悲しむこともない。その真実、好きな人を失った(はず)という事実に対して、陶酔する。

あぁ、そう。憂鬱の材料が一つ増える。美味しい話。また私は、可哀想だわ。

リストカットしなくては、今こそ。

ふふふ、と笑う。

不幸が気持ちいい。浅すぎる『死にたい』願望を、皮膚の傷口に染み込ませよう。

ドキドキする。呼吸が、上手く出来ない。

優しく、血が出るように加減して線を引く。

……程好い。

十本を越す頃には、もうコツを掴んで恐怖なくただ気持ちがいい。

血が滴る。冬だから、血が通った皮膚が冷たい。

煙草、剃刀、血、血、音楽、血、流れていく。

空想を肴に、自傷をする。

失恋出来なければ、この想いに意味なんて無いのかも知れない。

もはや性癖、自傷性癖。格好悪い、私。



鏡を見る。

私は非凡で、素晴らしいと評されるに値する感性の持ち主で、誰かの焦がれる人になるべき存在。の、はずなのに。

鏡を見る。

美しい言葉に似合わない造形、体毛、もしかすれば体臭、歯並びに輪郭。皺だらけのシャツに、リットルのお茶が入ったよれよれの紙バッグ。

「私、綺麗?」

せめてどうか、あの人に会いませんように。



今日もまた、髪を抜きました。

眉毛と睫毛は既に全滅し、服を買おうと化粧をしようと汚いままの私です。アレルギーのせいで傷だらけの皮膚、茶色く色素沈着した脚、腕。貴方に渡すなんて、とても出来ない体です。

爪で皮膚をむしる。血が出る。

愛されたいなんて、以ての外です。



ファンデーションを珍しく塗った。

今日は元彼に会いに行く。

新しく買った服、出来れば可愛いって言ってほしいな。なんて思う。

髪をワックスで整えて、全身の毛を剃り、赤い口紅を塗る。

ヒールを履いて、音を鳴らし、威嚇しながら歩く。

一人じゃない。考えなくていい。生きている。

誰でもいいわけじゃない、でも本当に彼がいいわけじゃない。

贅沢だ。でも皆だってそうなら、私だって、欲しい。



私の家とは違う、シャンプーの匂いがする。

大きめの服を着て、ゆるめに。ベッドへ寝転がって、電気を消す。

服の事はきっと気付いていない。まぁ、そんなもんだ。

脱いで、触れる。

頭の禿げがバレないように、お尻のアレルギーに気付かれないように、気を遣いながら、抱かれる。

顔が見えないので、感触だけ。有難い。

相手もそうなんだろう。私の感じている顔なんて、見てもきっと萎えるだけ。

お互いにそうでしょう。「好きだよ」なんて飾りでしょう。「可愛い」なんて浮かれているだけでしょう。

恋人ごっこだ、皆。

私がいいわけじゃない、私じゃなきゃ嫌だというわけじゃない。

私でもまぁいい、ナシではない。

胸が大きいから、鼻筋が通ってるから、あの中ではまぁ一番可愛いから、話も楽しくないわけじゃないから、暇だから、丁度いいから。

そんなことどうでもいいや、もう。

気持ちがいい。



普通じゃない人が好きだ。汚い傷だらけの私が好きだと言って欲しい。

結局君も、普通の人だったのね。

こんな事を言っている私だけど、汚い傷だらけの君が好きだなんて言えないよ。

死ねばいいのにね、私なんて。



今まで吸ってきた煙草の中で、貴方の隣で吸った煙草が一番美味しかった。



奥底、まだ覗けていなかったみたい。

何かが欠落している、そこに惹かれたの。

私の事が好きなら隠さずに全部見せて欲しい。

そうじゃないと判断出来ない。反道徳的で、良い。優しくない、愛がない、普通じゃない。どこかおかしい。何で惹かれてしまうんだろうか。軽蔑と愛が混じる。錯覚する。軽い非日常をそんな所で求めているのかもしれない。

この人なら、私を殺してくれるかもしれない。

なんてね。



生きる活力もなければ死に踏み出す程の絶望もない。

何となくという程平和でもなく、平凡と言えるほどまともな生活でもない。

「どうせ死ぬ」

そう思ってもやりきれない堕落さ。

今までの経験から知ってしまった、

「生きていれば何とかなる」

幸せになりたいなぁ、なりたい。口先だけで、でも本当にそう思っている。嘘ではない。

貴方と話した事を思い出す。

「一生クズのままでいい。幸せになりたいとも思わない。クズのまま死んでいく。粕人間のまま。でも幸せになれる奴には幸せになって欲しい、幸せになりたいと思えるならその為に行動しろ」

怠惰もここまでくると美学かもしれないな。

馬鹿みたいな勘違いと幻想。もはや美化されている、恋は盲目とはよく言ったものだ。

「本当に愛した人がいた。毎日いつも一緒だった。ソイツは夢があって、キラキラ輝いていて、俺なんかと一緒にいちゃダメだと思った。ソイツと付き合う資格なんてないと思った。だから別れた。そんなに好きなら、その人に見合う自分になるよう努力すれば良かったのにって友達にも言われた。でも出来なかった。そうなろうとも思えなかった。踏み出せない、どこまでもクズ、だからもうこのまま恋人も作らずにただ粕人間のまま死んでいく」

どうしようもないと思った。でも共感してしまった。私自身の嫌いな部分を写した鏡のようだった。私の中にも、コイツがいる。

綺麗事が言える。自分自身に対しても、常識的で模範的で、心優しい大人な自分がいる。正論しか言わない自分がいる。

その真逆。消したい自分。嫌いな自分。説教したい自分。

私と重ね合わせてごめんなさい。でもきっと同じだと思う。違ったらそれこそごめんなさい。

幸せになりたくないなんて嘘だ。自分にはそんな資格がないなんて嘘だ。

じゃあ何で悩んでいるんですか、何で学校に行っているんですか、何で家族の意見を気にするんですか、何で好きでもない人の顔色を伺って笑っているんですか、何でそんな嬉しそうに友達と会った話をするんですか。

屁理屈だ。全部。甘えだ。馬鹿野郎。

どうせ心から好きな人が出来て、幸せになってしまうんだ。きっと、私より先に。



今日は女友達と飲み会でした。

写真をパシャパシャ撮って、自分の地位を確認しました。

立ち位置もすっかり定着して、自分の順位も何となく分かります。

こんな上辺だけの会で、本気のお悩み相談は、心から馬鹿だと思います。安い心だと思います。

でもその純粋さがとても好きです。分かりづらい大人より、とてもとても好きです。



今日は皆から嫌われているブス子と居酒屋へ。

「よく一緒にいられるね」

「優しいね」

いい子な私が好きなのです、それだけです。

別にこの子が好きな訳ではありません。

どうでもいい話に、ニコニコと相槌がうてる自分が好きなのです。

自分が心を開いていない相手の、心の叫びを聞くのがこの上なく快感です。

「こんな話今まで誰にも話せなかった」

「ありがとう」

「重くてごめんね」

お前らって本当に、ははは。



二十三歳、女、夢敗れし引きこもりニート、実家暮らしの彼氏無し、セフレ有り。

我ながら素晴らしい自己紹介文だと思う。




男の人とお酒を飲む約束をした場合、それはもう性行為も含まれての約束だ。

成人済みの男女が腑抜けたことを言ってるんじゃあない。

そんなこんなで、前に働いていたバイト先の人と居酒屋へ。

彼女持ち。

この時は私も彼氏持ち。

愛なんて死んでしまえ。



そしてまたまたそんなこんなで、前に働いていたバイト先の人と居酒屋へ。

これはまた別の人。

「彼氏持ちには手出さないっすよ」

と言っておいて、飲み開始三十分で膝枕せがんでくるんだから、男っていうのは、例外無し。私もそんなもん。

飲みからのカラオケ、お泊まりは定番の流れで、いわゆるその定番をお利口にこなしたのでした。

新規セフレの誕生、経験人数九人目。

あと一人で二桁だ。

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