双手突き
すぐさま体を横に倒し、くの字になって胸を押さえ、呻いた。やられた――ダメだ、アバラが、粉砕されている――! ……戦闘中の回復は、到底見込めない――それどころか、戦闘続行すら――
「ぐ、ぬ……いっ、いったい、なに、が……っ!」
胸を押さえもがき苦しみながら、膝をつき仁摩は法喬を睨みつけた。片目しか、開けられない。とてももう、立ち上がることが出来ない損傷だった。しかし立たないことには、戦闘にもならない――
「双手(もろて)突き、と呼ばれる技だね。今のスポーツ化した格闘技には、ない技だね。両拳を同時に、右正拳は顔面へ、左裏拳は胸もしくは腹へ叩き込むことにより、上・中二箇所への同時攻撃を可能にする。特に初見の相手には効果を発揮するといっていい。今の、在昂みたいにね。
どーだ? もう、戦えないだろー?」
瀕死の状態の弟を見下ろし、法喬は"嗤う"。血色の夕陽に照らされたそれは、禍々しく、とても人の顔には映らなかった。
「馬鹿、な……おれは、あなたに、勝つ、ために……!」
仁摩は震え、転げまわりたい体を抑えつけ、立ち上がった。脳裏に駆け巡るのは、兄が消えてからの日々。
突然前触れも無く一人になった自分は、生きることに奔走することになった。まず当面の問題となったのは、家賃だった。それを払う術を持たない自分は、家を出た。そして橋の下で暮らすことにした。特に贅沢など望んでいなかった自分は、すぐにその生活に慣れた。だが、食費だけは割くわけにいかない。日雇いの仕事というものの存在を知り、働きに出た。服に頓着などない。衣食住のすべての条件を整えたあとは、ただ一つ。
自己に残された衝動にのみ、急き立てられた。
街で当てもない喧嘩に明け暮れた。兄から武道の手解きを受けていたおかげかある程度までは勝ち進めたが、そのうち体のでかいやつや、本格的に格闘技をやってる奴には勝てなくなってきた。
そこで街頭テレビで見た、総合格闘技を習うことにした。幸い必要経費は食費のみということで、日雇いの給与でも月謝くらいは払う余裕があった。覚えたいのは、タックルから繋げるマウントの奪取術とパウンド、そしてチョークスリーパーの技術だった。それを覚えた後、そこに至るまでの技術として有効な手段、蹴りを覚えたいと思い総合格闘技をやめ、キックボクシングを習った。そこではミドルキックと、首相撲からの膝を覚えた。そして一周して、再び喧嘩に明け暮れた。すべては、自己の裡に芽生えた猛りを鎮めるため。
すべては、自身をこんな風にした、兄を倒すため。
「そ、それが……こんな、奇異な技一つ、で……!」
胸を押さえ、ヨロめきながら仁摩は法喬へと、視線を上げた。
「消えていいぜ?」
体が、宙を舞った。
足が十センチ浮いた状態で、後方に飛んでいく。一メートル、二メートル、三メートル、四メートル――
激突。
路地裏の突き当たりの壁まで吹き飛ばされた仁摩は、並べられたポリバケツや積み上げられたゴミ袋や瓦礫を巻き込み、撒き散らしながら、宙に舞い、うつ伏せに、倒れた。
腹を押さえ、のた打ち回る。
「――――ぐ、ぇえ……っ」
腹に、大穴があいていた。
やられた。今度は、蹴り。体を反転させ、相手に背を向けた状態で踵を突き上げる技――後ろ蹴りを、鳩尾にもらってしまった。全身に脂汗が流れる。衝撃は、背中まで突き抜けていた。
悪夢だった。
ここまで、差がある――
「あれェ? 弟よ、もう少しは強くなってると思ったが……さてはお前、サボってきたな」
ケラケラと道化のように嗤う悪夢。仁摩はそれを開けられない瞼の奥で聞いた。それを、自分に対する罰のように思って聞いていた。
――自分より弱い者たちを相手にしてきた、報いか。
「カハっ!」
咳き込むと同時に、赤い液体が口から漏れた。血を、吐いた。内臓が損傷している可能性がある。戦闘続行は、もはや絶望的だった。
足音が聞こえた。悪夢が、近づいてきていた。その手が、伸ばされる気配。
「さて、では在昂。今度はおれと一緒に、来てもらおうか――」
その気配が、とつぜん遠ざかった。
法喬が仁摩に手を伸ばしたその瞬間――一閃の飛来物が二人を、別った。
「と?」
電撃的反射速度で法喬は手を引っ込め、それから回避した。その飛来物は、仁摩のすぐ手前の地面に切っ先を立てる。矢羽が、法喬の視界に映る。
さらに矢の掃射が、法喬を襲う。
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