優勝

 歓声が爆発した。

「へ…………?」

 正信は腕を掲げられ、当惑していた。混乱していた。意味を掴みかねていた。

 優勝者――オレ? なんで? どうして?

 一回戦、勝つには勝った。だけど相手は間違いなく今大会参加者中最弱のなんちゃって拳法家相手に、今大会最も無様な試合を演じた。二回戦、勝つには勝った。だけど寝技が主戦場の相手に寝技なしのルールで、しかも打撃系格闘家の自分ですら知らなかった秘密兵器でほとんど不意打ちに近い形で勝利を奪った。そして、決勝――

「えぇっと……これって、反則勝ち?」

「ですね。形としては」

 ですよねー、って感じだった。決勝までそんなんかよ。なんか、すげーカッコつかなかった。しかもカッコいいとこ見せたかった女の子に助けられるし、踏んだり蹴ったりって感じ。

「ハァ、カッコわる……」

『ワァ――――――――ッ!!』

 その素直な落胆を、耳をつんざく歓声が遮った。

 下ろしかけていた顔をあげる。目の前には、無数の生徒たち、外来の観客が、立ち上がっていた。スタンディングオベーションってやつ。そしてみな、拳を突き上げ、手を叩き、手でメガフォンを作り、指笛を鳴らし、喝采を送っていた。

「ナイスファイトっ!」「よくやった、尾木戸の弟!」「実は先に反則だったんけど……あの獣の顔殴るなんて、大したもんね!」「紗姫さまの仇、感謝する!」「あのヘンテコなキック、最後はちょっとカッコいいかもと思ったり!」「試合自体はびみょ~に地味だったけど、なんかクルもんがあった!」「さすが燃えの伝道師!」「漢字違うお前。だけどまぁ、たまにはそっち系もいいな同士よ!」

 口々に賛辞を送ってくる生徒たち。それを一心に受け、正信は不覚にも胸にずん、ときてしまった。

 なんか……頑張って、よかった。

 ずっと差別、軽蔑されてきた。尾木戸の弟がこんな軟弱で。ダメで。生きてる価値なくて。だからそういわれないように、その道から外れないようにしてきた。だけど、別の世界も悪くなかった。居心地良かった。だけど、逃げてその道にいっているというのが、心にシコリを残していた。その居場所を軽視しているようで、またイヤだった。

 逃げないで戦ったら、頑張ったら、こんなにも気持ちよかった。

「あはは……」

 なんか、微妙に涙出そう。

「フンっ、まぁ、正信も、その……ちょ、ちょっとは、が、頑張ったんじゃん?」

 なんか感慨に耽ってると、いつもの憎まれ口を聞いた気がした。振り返ると、アゴと首に包帯を巻いた紗姫が壇上傍の最前列で、腕を組んでそっぽを向いていた。

 それを見て正信は、涙目で相好が崩れてしまう。

「ハハ……あ、ありがとう、紗姫。アゴは、大丈夫?」

 さらにぐりっ、と顔を逸らす紗姫。

「ふ、フンっ……さ、紗姫は強いんだから平気だって、言ったじゃん。もう忘れたの? ほんっと、正信ってどんくさいっていうか、鈍いっていうか……」

「ごめんな」

 なんか、素直に言葉が出てくる。それに笑顔と、涙と、なんか鼻水まで。今までいがみ合ってたのが、馬鹿みたいに感じる。なんで自分は今まであんなに卑屈になってたんだろう?

「な……なんか今日はみょうに素直っていうか、その、あの……」

 紗姫は頬を赤くして、黙ってしまった。さらにそっぽを向いてしまう。その耳の赤さに、思わず笑みが濃くなる。なんであんなにイヤなやつだなんて思ってしまっていたんだろう。

 心を、自分が――閉ざしていた、だけなのに。

 その瞬間、正信の心の中で弾けるものがあった。

 ――正信は、強さを過剰評価しないこと。

 これは、兄の――【究武】と呼ばれる男の言葉だ。

 その、強さの象徴ともいえる者の言葉が、強さを過剰評価するな。最初自分は、その意味がわからなかった。意図を、計りかねていた。ひょっとして兄は、自分のことを哀れに思い、別の道を模索させようと思って言っているのではないか――と。

 違った。

 それを今、確信した。兄はそんな陳腐な意味であの言葉を言ったのではなかったのだ。強さに、囚われるな。それだけに焦点を合わせると、他の、大事なものが見えなくなる、と。兄はきっと、そう言いたかったのだ。

 それを、この勝利が――そして紗姫が、気づかせてくれた。

「ありがとう、紗姫……」

 思わず感謝の言葉が、口をついて出ていた。それは自分でも、意図しないものだった。

 それに紗姫は、最初意図がつかめない様子で口をぽかんと開けていたが・・・くらいの間をあけて――混乱した。

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