対、総合格闘技

 大歓声に押されて、紗姫が壇上にあがった。青い、目に染み入るような色の髪を颯爽となびかせ、余裕ある表情で周囲の歓声に応えている。まるでアイドルさながらの態度と振る舞い。すっかり板についてるその仕草。白い空手着も、日光によく映えている。

 だけどその表情に、どこか翳りというか、昏い影のようなものを、正信は感じていた。

 なにがあったんだろう、紗姫は?

 そして反対側から、仁摩が壇上にあがる。ぼっさぼさの髪と参加者の中で唯一学生服での参戦。既に袖はよれよれ、襟も端の方が千切れていた。胸元には返り血もついている。まさに野獣そのもの。だけどそんなナリ、本人は一切気にした様子はない。その視線は、ただ一人対戦相手を見つめていた。

 だけどその表情に、どこか気持ちが入っていないというか、普段の戦う直前の闘志のようなものを、正信は感じられなかった。

 なにがあったんだ、仁摩は?

 二人が壇上中央に寄り、向き合う。審判の徹平が試合前のルール説明を行う。今さらだけど。

「お前」

 紗姫をじっ、と見下ろしたまま、仁摩はおもむろに囁いた。それに紗姫は、じっと睨み返す。

「なによ?」

「棄権しろ」

 仁摩の言い分は、至極わかりやすかった。それに紗姫の表情が、険しくなる。

「……は? なにいっちゃんってんの、あんた? ちょっと調子ノってんじゃん?」

「女には、手をあげん主義だ」

「は? 話す気なしなんだー。紗姫の言葉、聞いてないんだー。じゃもういいやー、紗姫も聞かないしー」

「聞いている。その上で、話しているのだ。お前の身を……」

「あーもーうっさいなー。ほら、離れて離れて」

「あ、はい……すいません、お願いします……」

 徹平が促し、二人が離れる。距離は今までと同じく、一間(1,8メートル)。一歩を踏み込めば、間合いの距離。紗姫が構える。それでもなお、仁摩は最後の忠告をする。

「女。最後だ。今すぐ壇上から降りろ。おれの主義に反することだ。お前はそれなりに強いが、おれには……」

「うっさいっていってんじゃん! 黙んないと……」

「始めです!」

 徹平の号令と――

『キャ――――っ! 紗姫ちゃんがんばれー! アレ? また設楽先生サボってません? ちゃんと応援しないと……』

 円の実況と――

「どうなっても、しらないから!」

 紗姫のシャウトと――

 同時に。


 紗姫のトンファーを使った"突き"が、仁摩の胸元を、狙った。


「ぬゥ!?」

 間一髪、身を引くことでそれを躱す。両のトンファーの先端が、僅かに胸骨の中心をこすった。冒頭で正信を3メートル近くぶっ飛ばした、紗姫必殺の速攻だった。

 仁摩の表情が、引き締まる。

 そこにさらに、紗姫が追い討ちを、かける。

「まだまだまだまだ――いくわよっ!!」

 先に突き出したトンファーの先端を巻き込み――そのまま回転させ、左右のトンファーで上下左右から、打ち込んでいく。

「ぬぅ!?」

 それを仁摩が、両の小手で受ける。しかし上中下を狙った攻撃を両手に三発も受けたところで、骨の限界を感じた。トンファーの一撃は、たとえ女子が用いろうとも素手の威力を大きく凌駕している。仁摩は横薙ぎの一撃を頭を下げることで躱し――そのまま得意のタックルに、移行した。

 残像を残すほどの速度で、紗姫の腰に迫る。

「! ――避けろ、紗姫!」

 その場面を見て、正信は思わず叫び声をあげていた。マズい! アレで倒されたら、投げ技なんて知らない紗姫は頭から叩きつけられて、大ダメージを……!

「――フンっ!!」

 だがそこに、紗姫は完璧なタイミングで、膝を合わせた。通常今まで経験にない攻撃を受けた場合、腰が引けてまともな反撃など出来ないものだ。この辺は、紗姫の高飛車な性格が――

 そこまで考えて、正信は考えを改めようと思った。そんな単純な話じゃない。それで出来るようだったら、修行の必要性が消失する。

 練習してきたのだ。紗姫も。仁摩の戦い方を交流戦とクラスで見て、このひと月対策を、練ってきたのだ。そう考える方が、よほど現実的だった。

「…………」

 しかし仁摩は、その一撃を掌で受けていた。さすがにこの戦法を得意とするだけあって、対策は練れているらしい。

 だが、それでも――その唇から、血が滲んでいるのを正信は見つけた。

 軽くだが――入っている。

 仁摩は、そのまま無理に懐に入ることなく、再び間合いを開けた。滲んだ血を拭う。紗姫は、酷薄な笑みを浮かべる。

「く、くく……面白い、面白いな、女。棒術だけを使う女かと思えば、膝をきっちりと合わせてくるとは……おれの闘いを、見ていたか」

「フフンっ。紗姫を馬鹿にしちゃ、いけないんだー。さっきもいったでしょー、紗姫は空手家だって。それにこれは棒じゃなくて、トンファーっていうんだから。間違っちゃいけないんだからー」

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