第参の手

 そう笑って紗姫は、トンファーをくるくると回した。その捌きは速く巧みで複雑で、とても常人には目で追いきれないほどだった。

 まるで全身を、バリアーで覆っているかのようだった。

 二本のトンファーを五秒で累計27回転させて、紗姫はトンファーの回転を止めた。それを見て、仁摩の口元が凶悪に吊りあがる。

「くくく……そうか女。舐めていたことを、詫びよう。いいだろう、これからは性別を忘れ、全力でいこう。優しく敗退させてやることなど考えず――殺す、つもりでな」

 その酷薄な表情と言葉に、一瞬紗姫は気後れし――そして強気に、前に出た。

「上っ等――じゃん!!」

 高速回転を続けるトンファーによる、縦横斜めを狙った全包囲攻撃。速度も角度も体重のかけ方も先ほどまでと段違いの――目つきも鋭く尖った、本気の攻撃だった。

 それは、剣豪が繰り出す無数の斬撃を、見る者に思わせた。

 それを仁摩は、後退しつつ体を翻しながら、紙一重で躱す。今までのようなゴリ押しはせず、逆に涼しい顔で後ろに引く。それを紗姫の方が必死の形相で、追っていく。

「よ、避けるなお前――――っ!」

 さらに紗姫は回転数をあげる。顔を狙った横薙ぎの一撃を、仁摩は鼻先で避けた。前髪が、切れて舞った。それに仁摩は、笑みを作る。

「おぉ……すごい切れ味だな。まるで刃物だ」

 それに紗姫は、さらに点火する。

「! ムッか~……戦いなさいよ! 戦うの、好きなんでしょ? この、ケダモノが――さっ!」

 ぴゅんぴゅん、と風を切って紗姫のトンファーが右首筋と左わき腹を狙う。それを仁摩はさらに一歩後退し、躱した。首筋に黒く筋が出来、わき腹のシャツが切れた。そこから血が、滲む。

「む……避けきれなく、なってきたな」

 それに紗姫は、昏く笑みを浮かべる。

「まだ、まだ――――――っ!!」

 ひゅひゅんっ、と今度は脳天と頬を左右同時に十字形に狙い、それを紙一重で避けて仰け反った仁摩のがら空きの胸元に、両手を引き、突きを狙う。先ほども狙った、必殺の一撃。決まれば、それで勝負は――

 ガン、と頭に衝撃がきた。

「あ…………っ?」

 くらん、と頭が揺れる。

 平衡感覚及び状況判断力が大きく低下しているのを、紗姫は感じた。この症状は――脳に、衝撃を受けてたようだった。でもこの大会は突き、肘は禁止されている。そもそもあの体勢で打つことは不可能。蹴りも――

 ――頭突き?

 腰に感触。組み付かれた。マズイ。このまま倒されれば、勝機は限りなく薄くなる。いや待って。この大会ではそもそも、倒れた相手への攻撃は禁止されていたハズ……考え、紗姫は意地と気合を総動員させ、痛みとショック状態を無視して、視線を下げた。

 仁摩の頭頂部が、見えた。

 それが、床のマットに変わる。

「…………え?」

 次の瞬間、紗姫の後頭部に強烈な衝撃が、きた。

「か――――っ?」

 それに紗姫は、うめき声をあげる。意識が数瞬、途切れた。こんな体験は、生まれて初めてのことだった。

「紗姫……っ!」

 その状況を見て、正信は拳を握り締めていた。紗姫は仁摩に腰に組みつかれ――そのまま体を持ち上げられ、後頭部から叩きつけるプロレスでいうパワーボムという投げ技を、喰らってしまっていたのだ。

 あの華奢な体が、バウンドして宙を舞う。青い髪が、大きくたわめいている。

「さ、紗姫さま――――――――ッ!!」

 悲痛な叫び声が各地から上がる。あんな紗姫の姿、おそらくは初めて見るのだろう。当然だ。防御なら無敵に近いものがある紗姫だ。

 問題は、先ほどの頭突きだった。

「確かに、反則として明記されているわけじゃない、けど……」

 にしても、灰色ラインのものだ。基本みな、蹴りのみが有効だと考えている上での、あの行為。壇上の審判もどう判断すべきか戸惑っているようだ。反則負けにはならないだろうが、紗姫も戦闘不能になった以上、これは――

「続行不能、じゃない、わよ……この、ヤブ審判ってば」

 なんて今までどおりの憎まれ口を叩きながら、紗姫は足元もおぼつかず、立ち上がっていた。


 仁摩は、正直戸惑っていた。

 対戦相手である女は、立ち上がっている。そして闘志――敵意ある目で、こちらを睨んでいる。だがその体はフラつき、傍にいる審判に寄りかかった。審判の大人しそうな男が気遣うような仕草を見せたが、それを払いのけ、こちらに向かおうとしている。

 単なるお嬢だと思っていた。世間知らずの、少し武術をかじっただけの才能だけでやってきた類の。だから一撃キツいのを入れてやれば、心が折れると。

「さぁ……やるんだから、続き、を……」

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