73話 お前ら!

 姉御と神様は、黙って大福ねずみの様子を見ていました。


「おい、戻せよ」

姉御が呻くように声を絞り出すと、神様は黙って首を横に振りました。

「あのままじゃ、あいつも死んじまうぞ」

「そうかもしれん」

神様は当たり前のことのように言い、そして、続けます。

「特別重い罰でもあるまい。生きているものはいずれ死ぬ。争って死ぬものもある。予想外の死に苦しむものもたくさんある。死といつも隣り合って死ぬものもある。命があるものは、命があるものとして、死ぬ。それだけのことだ」


「うるせぇよ!」

「自分が死ぬことに怒っているのではないな?」

「うるせぇって!」

 姉御は、大福ねずみを見つめていました。自分の手の中に丸まった大福ねずみは、とても小さく見えました。いつも近くにいた大福ねずみは、姉御から見ればもっと大きかったような気がしました。


「有り難いお話はどうでもいい、戻せ」

 神様は、黙って姉御を見つめた後に、すっと片手を挙げました。すると突然、辺りに沢山の人影が現れました。驚いて見回すと、雲の上にひしめき合っている髪の長い女達が、全員で姉御を睨んでいます。

「こ、こわっ」

貞子が満員御礼です。

「お、俺は、呪いのビデオ、み、見てませんけど」

同じ死んだ者同士でも、大量の貞子には迫力負けしたようです。


「この者達は、三十郎を恨むものたち」

神様に言われてよく観察してみると、確かに全員巨乳で、間違いなく、大福ねずみこと三十郎好みっぽい女達でした。姉御は怖さが薄れ、多少、胸糞悪くなりました。


「お前は、この者達に何か言えるか?」

「はぁ?」


 神様の言葉を聞いた瞬間、姉御は、頭の中が真っ白になりました。

 それが、爆発的な怒りだと認識するまで、少し時間が掛かります。

 自分を睨む貞子達を睨み返し、最後に、大福ねずみを見ました。

 そして、自分の手のひらを見つめてから、大きく息を吸い込みました。


「お前ら、見ろ。三十郎は、小せぇねずみの体で、悲しんで絶望して、動かなくなったぞ。あいつはあのまま、動かず飯も食わず死ぬだろうよ。それが当たり前か? 当然の罰か? そんなわけあるか!

 そもそもお前ら、あいつを愛してたのか? 愛だか裏切りだか知らねぇけどよ。

 何が悲しかった? お前ら何かわかってたのか? あの寂しがりやの馬鹿のこと、何かわかってたのかよ? 解ろうとしたのかよ! 死に物狂いで、引き留めようとしたのかよ!

 巨乳美女が大好きで、お前らといい思いしただろうに、覚えてたのは内緒で大事にしてた石のことだけなんだぞ。寂しいだろ、ほんと。

 それに、三十郎の子供はどうなんだよ。愛してたのか? 三十郎は年寄りになる前に死んだけどさ、お前らはどんなふうに生きたんだ?」


 姉御は、自分が何を言っているのか分かりませんでした。ただただ、本気で夢中で、浮かんできた思いを口走っていました。


「言えよ、お前らがどんなに可愛そうだったか一人ずつ言え。

 お前らだって、三十郎と本気で関わらずに、悲劇のヒロインみてぇに悲しい別れに浸ってバイバイして、結局あいつを孤独にしたくせによ! あいつの顔以外に、何か覚えてやがるのかよ!

 また俺を殺すことであいつを孤独にして、ねずみの姿で餓死させる程の恨みがあるってんなら、睨んでねぇで言ってみろ! 丸まって死のうとしてるねずみにでも、俺にでも、バンデラスにでも、好きなように言え」


 姉御は立ち上がりました。口を開いたやつから、殴り倒してやろうと思いました。しかし、目からは、止めどなく涙が溢れて行きます。


「まだ黙ってんのか……じゃあ直接、恨みであいつを殺せ。俺を巻き込むな。あいつが、自分のせいで俺が死んだって悲しむのは耐えられん! 

 俺はお前らと違って、あいつを一人きりで死なせたくないんだよ! あいつが当然の罰で、どうしても死ななきゃいけないんだとしたら、それは受け入れるよ。でも、生きてそばで身取ってやりたいんだ!」


 その時、雲の鏡の中の大福ねずみが動きました。のそのそと姉御の腹によじ登り、胸に耳を押し付けています。もう一度、生きているかどうか確認しているようです。

 少しすると今度は顔に向かい、姉御の鼻に自分の鼻を擦りつけました。何度も何度も擦りつけているうちに、力が無くなったように布団に転げ落ちると、再び手に戻って丸くなりました。


「馬鹿、馬鹿だな! お前が死んでも、俺は嬉しくねぇんだぞ! 責任なんか、取らなくていいんだ……戻せ、戻してくれよ……こんな形で、大福を一人きりにしたくない――――」


悲痛な叫びは、どこまでも空を登って響いて行くようでした。


 姉御は静かに鏡に近づくと、そこに映っている大福ねずみを、そっと触りました。

大福ねずみの小さな呟きが聞こえてきます。


『神様、姉御を返して……神様、姉御を返して……』

ずっと、何度も、そう呟いています。


「大福、大福……」

姉御は、苦しくて、たまらなくなりました。何度も、大福と呼んでいるうちに、それは叫び声になり、子供のように大声で泣きじゃくりました。

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