29話 あいつの仕業か
「はい、どうしました?」
東村が電話に出ました。
りょうちゃんが、電話の相手は自分だと説明すると、東村は驚いているようでした。
「今、大福ちゃんの所にいるのですけど、姉御さんが、黒いスーツの大男に誘拐されたみたいなんです。私が気が付けなかったから、犯人は知り合いかもしれないし。それで、どうしたらいいか途方に暮れていたら、大福ちゃんが、あなたなら姉御さんを探せるんじゃないかって」
「あー、なるほど、なるほど」
普段通り、東村は落ち着いていました。あまりの落ち着きように、実はこいつが犯人なのではないかと、疑ってしまいそうです。
「事情は分かりました。心当たりがあるので、確認してから姉御さんの居場所の地図をメールで送りましょう。私も駆けつけたいのですが、残念ながらやっかいな仕事ですぐには行けそうもありません。それでは」
電話が切れると、二人は少しホッとして、一気に問題が解決したような気持ちになりました。
「東村さんて、頼りになるわね」
りょうちゃんの中で、東村への嫌悪感レベルが下がったようです。大福ねずみは、りょうちゃんのお祓いを東村に依頼した人も、そう思っただろうね、と言いかけて止めました。
「でも、心当たりって何かしら。姉御さんの位置を、常に把握しているとか?」
りょうちゃんの言葉を聞いて、大福ねずみの心に、嫌な予感が広がっていきます。
「あぁ~どうして気が付かなかったんだろう~。オイラは馬鹿だ~」
よくよく考えれば、ヒントだらけだったのです。
馴染みのある人物の鍵での犯行。そもそも、姉御を攫うのはなぜか。東村は全然焦らないし、心当たりがあるという。
メールの着信音が聞こえました。
東村 治 題名「間違いなく、ここですね」
本文「姉御さん兄の所有する別荘です。住所は~……
因みに、今日は姉御さんの誕生日です。毎年兄が無茶します」
「あぁ~……、やっぱり~」
大福ねずみはがっくりしました。りょうちゃんも、なるほどね……とげんなりした顔をしています。
「誘っても無理だし、誘拐するしかないわよね。愛する妹を」
一気に、救出への意気込みが萎んでいきます。あのシスコン兄ならば、命の危険はないような気がしてきました。
「そういえば去年の今頃も、姉御さんが一か月ほど行方不明になったっけ。無事に帰って来たから忘れてたわ」
りょうちゃんの言葉に、大福ねずみが跳び上がりました。
「一か月!? そんなに開放されないのかよ! 嫌だよ、一か月も姉御と会えないなんて!」
しっぽで畳を叩いて、憤っています。性根はひ弱なりょうちゃんは、怒りのねずみにビビリました。
「だ、大丈夫よ、危険はないもの。それに、今回はすぐ帰ってくるかもしれないわよ?」
りょうちゃんの言葉を聞いても、大福ねずみは静まりません。
「よく考えたら、危険だよ。あの兄は、姉御を自分の物にするために、まだ若く美しいうちに剥製にするかもしれない……。姉御の半目も口も、無理矢理糊で固定して、笑顔を作って……。そして毎日、満足げに話しかけるんだ」
明らかに、姉御好みの映画から悪影響を受けていました。しかし、その発想に、りょうちゃんがか細い悲鳴を上げました。
「ひぃ~、ありえそうで怖いわ。変態よ、サイコパスよ!」
りょうちゃんも、毎日ドラマや映画漬けで感覚がおかしくなっているようです。
「行きましょう。ちょっと待っててね」
意気込んでそういうと、りょうちゃんは、畳の下に沈んで行きました。
しばらくして、玄関の扉が開く音がします。大福ねずみが向かうと、桜色の靴が見えました。
「靴を履いて来たの」
「あ、そう」
大福ねずみは、りょうちゃんによじ登り、頭の上に陣取りました。
「姉御さんにもらった靴なのよ。普通の女の子みたいに出かけて、色々見てみるといいって。恨んだり、羨んだりせずに、好きな物とか探してみればいいって。何度か、有名なオーケストラを聴きに行ったのよ。タダ聴きよ!
姉御さんに報告したら、すごく楽しそうに話を聞いてくれたわ」
大福ねずみは、頭の上からもう一度靴をのぞき込みました。さっきは、何の感想も持てませんでしたが、今度はとても素敵に見えました。
「りょうちゃんに似合ってるね~、優しい色だね~」
りょうちゃんは、そうね、ありがとうと微笑みました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます