12話 言っちゃダメ!

 結局姉御が呼び出したのは、ぎっくり腰以来無沙汰だった、推定M彼氏でした。

「久しぶり! 会いたかった~!」

「おぉ」

 テンションが低いほうが、姉御です。姉御の後について、彼氏が部屋へ入ってきます。二人とも座布団を敷いて座ったので、大福ねずみは、なんとなく姉御の肩によじ登りました。


「うわっ!」

彼氏の口から、驚きの声が漏れました。

「ハムスター飼ったの? 体が弱いのに大丈夫なの? 病気移ったりしないの?」

「失敬だな~」

 病気持ち扱いされた大福ねずみは、ムカつきました。しかし、僕は君の体を心配しているのですよ風味を醸し出された姉御は、これはハムスターでは無く、元はただの野良ねずみで、雑菌の集会所ですとは言えなくなりました。


「ま、まぁ。清潔なハムスターです。このねずみは」

焦った姉御は、迂闊な返答をしました。

「そうかぁ……珍しい模様だね。しっぽ長いし」

彼氏も迂闊でした。

「オセアニアの珍種だから」

事実ならワシントン条約的にアウトっぽいのですが、どうやら頭が弱いのであろう彼氏は素直に納得したようです。

「飼いたいならしょうがないか……。ていうか、人懐っこすぎない?」

「手乗り文鳥みたいなもんだ! あぁもぅ、うるせーうるせー!」

姉御は逆切れで逃れました。

 

 大福ねずみは、彼氏を観察します。頭が良さそうで、ガリ勉そうな顔をしていて、体がひょろ長い青白い肌の男です。

「インテリもやし」

感想を口に出してしまいました。それを聞いた姉御は、「ちょっとトイレ」と言って、大福ねずみを肩に載せたままトイレに入りました。そして、じっと前を向いたまま、静かに口を開きます。

「火にかけたフライパンの上で、ねずみがコサックダンスをする夢を見た。超高速だった。面白かったな……」

思い出し笑いをしているようで、肩が小さく震えています。

「……姉御の存在自体、動物愛護的に大問題だよね~」

大福ねずみは、ちびりました。


「わかるよな? あいつにはお前の言葉は聞こえて無いみたいだけど、変なこと言って、俺を笑わせたりするなよ」

「イエッサー! それよりさ、インテリもやしに、三十郎のこと聞いてみようよ」

姉御の危険な思想から逃れるため、早々に謝って全力で話を逸らしましたが、それこそがインテリもやしを呼んだ目的です。

「それもそうだな」

 姉御もすんなり同意して、二人は、インテリもやしの元へ戻りました。


「最近、体の調子はどうなの?」

インテリもやしが、姉御に尋ねます。やたら、姉御の体を心配しているようです。大福ねずみは、ぎっくり腰以外、具合が悪い姉御を見たことがなかったので、姉御の体を気遣う様子が不思議に感じられました。

「大丈夫だよ、うるせーうるせー」

姉御は心配をしてくれる人に対して、酷い態度でした。

「それよりさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

本題を切り出すと、インテリもやしは頼られて嬉しいのか、ぱっと顔を輝かせました。


 姉御は、大福ねずみのことには触れずに、三十郎の話を説明しました。

「何、そのナンセンスな話!」

話を聞き終わったインテリもやしは、困ったような顔をして大声を出しました。

「物言いが最悪! オイラこいつ嫌いだな!」

 大福ねずみが、ついつい口を挟みます。日常会話でナンセンスとか言っちゃうやつは、しゃくに障りました。しかし、般若の気配がしたので、速攻で謝って口を噤みます。


「話がどうこうはいいからさ、この三十郎の罪って何だと思う?」

姉御は、大福ねずみが口を噤んでいるうちに、早急に答えを求めます。インテリもやしは真面目に考えているようで、眉間に皺を寄せながら口を開きました。

「存在自体、罪なんじゃ……」

姉御と大福ねずみは、驚きました。

「え、三十郎が絶対悪的な感じ? ど、どこが? ぐ、具体的に教えて」

「そうだなぁ~一番の罪は、愛情が無かったことかなぁ。女性を何度も裏切ってるし」


 大福ねずみは、ちょっと泣きそうになりながら震えました。存在自体が罪、絶対悪、愛情が無い。記憶が無いながら、自分の前世をぼろくそに言われています。

「姉御~~愛って何ですか~~?」

そう聞かれた姉御も、ぶるっていました。どうにも応えようのない姉御は、インテリもやしに答えを求めるしかありませんでした。

「愛って何ですか?」

姉御の真剣な眼差しを受けながら、インテリもやしは爽やかな笑顔を浮かべました。

「やだなぁ~僕のこと愛してるでしょ~? まったく~」

 

 姉御の部屋は、一瞬で極寒になりました。時間すら凍っています。


 そんな中、インテリもやしは、照れてヘラヘラ笑っています。

 怪訝そうな顔の姉御が口を開きかけた瞬間、大福ねずみは姉御の口に飛びついて塞ぎました。

「言っちゃ駄目! その寒冷爆弾は酷すぎるから~!」

 大福ねずみは、恋人たちの間に決定的な亀裂が入るであろう爆弾から、真冬の太陽を守りました。どう贔屓目に見ても、姉御がインテリもやしに同意したとは思えません。

 

 その後、大福ねずみの行動のおかげで愛談義がうやむやになったまま、インテリもやしは幸福な帰路につくことが出来たのでした。


 しかしその夜、ふと大福ねずみが呟きました。

「いくら姉御でも、あんな馬鹿でいけ好かない男が彼氏なのは気に入らないよな~、止めずにボムをくらわせれば良かったかな~」

「ん? 何か言ったか?」

「ん~、何でもない~」

大福ねずみは、適当な返事をしながら姉御の肩へよじ登り、首元へ体を寄せてじっと匂いを嗅いでいました。

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