第11話金の牡鹿

「そう言えば、大分奥まで来たな…」


 出発してから一週間以上が経ち、大樹への『バンプレス』も1000回を超えようとしている。

 なので、調査を開始してから300キロ近くは既に歩いているのだが…


「何処にあるんだよ森光の聖域は」


 聖域の発見についてはまだ何も発展がなかった。

 

 森に対しての調査は大分順調に進んでいる。

 霧の件や不思議な木の実、危険な猛獣が全くといって襲ってこないことなど、これだけの情報を持って帰れば十分だと言えるほどにだ。


 しかし、聖域の情報は無し。

 聖域の場所どころか、聖域のせの字も全くと分からない状況が続いている。


「聖域っていうぐらいだから結構な大きさの遺跡とかがあると思うんだけどな」


 森を調査するにあたっての俺の進み方は、ぐるっと蜷局を巻くように進んでいる。

 この進み方をしていれば、森全体を把握できかつ迷うことも少なくて済むのだ。

 書類の情報では半径20キロ程度とあったが、実際に歩いてみたところその半分ぐらいしかなかった。

 なので、300キロも歩いていれば既に森の結構な奥地にまで来ている。


「やっぱり、聖域なんてものは存在しないんじゃないのかね…」


 そんな弱音を吐きたくなるぐらい俺の心は参っていた。

 実はこの森、歩けど歩けど見ている景色が全く変わらない。

 正しく並ぶ幹高60メートルを超える大樹とその周辺に自生する植物。動物の種類も大して変わらず、命の危険もない。


 実は俺は一向に前に進んでいないのでは?何か不思議な力によって延々と同じ場所に閉じ込められているのでは?


 そんなことを考え始めるぐらいこの森の異様な光景に精神的なダメージを受けていた。


「はぁ…早く家に帰ってベッドで寝たい」


 溜め息をつきながらも、奥へと歩みを続ける。


「そろそろ1000本目を…ってあれは?」


 俺が近場にある大樹のどれに『バンプレス』をするか辺りを見渡していると、一匹の動物が大樹に身を預けて倒れていた。


「鹿か?でも、それにしては少し毛色が…」


 その動物は立派な角を持っており、牡鹿にそっくりなのだが茶色い毛の中に金色に光る毛が混じっている。

 その金色の毛は美しく、体に美しい模様が描かれているようであった。


「綺麗だな」


 俺はもっと近くで見たいと近づく。


 それにしても何でこんなに綺麗な鹿がこんなところで横たわって…


「なぁー‼」

「あ、うーぴょん!?」


 いきなりうーぴょんが鹿の元に駆け寄って行くので、慌てて追いかける。


「いきなりどうした…って怪我してるじゃん‼」


 よく見てみると左の後ろ脚に大きな切り傷があり、多くの血が流れていた。


「……」


 鹿はこちらに気づき、体を持ち上げ顔をこちらに向ける。

 その小さな動作をするだけでも傷口が痛むのか、鹿の顔が苦痛に歪む。


「今すぐ手当を‼」


 俺はカバンの中から手当用の薬と包帯を出す。


「……‼」


 鹿は俺が危害を加えると思ったのか、必死に逃げようともがく。


「大丈夫、危害は加えないから」


 俺がそっと鹿の喉元を撫でると、鹿は安心したのかその場に再び横たわる。


「時間がないな…まずは、止血しないと」


 大樹に手をつきながら魔法を唱える。


「大樹の生命よ、我が願いに応え彼の者を癒す力を具現化せよ」

『ウッドヒーラ』


 魔法を唱えると緑色の綺麗な光が手に現れ、光を鹿の傷口にそっと当てる。

 そうすると、傷口からの出血がだんだんと止まっていく。


「よし、これで止血は大丈夫だな」


 後は、薬を塗って包帯を巻くだけだ。


「なぁー…」

「大丈夫。必ず助けるからな」


 うーぴょんが心配そうに鹿を見つめる。

 そんな彼女をそっと撫でててから再び作業に取り掛かる。


 傷口に痛み止め用の薬と化膿止めの薬を塗りこみ、治癒力を高める魔法水をしみ込ませた包帯を巻く。


「おし、応急処置は出来たな」


 後は、鹿の体力を高めるために栄養剤を調合する。

 薬の調合や生成にも様々な資格や魔術が必要なのだが、危険区域の調査なんてことをやっていると教わらなくてもある程度の物は自然とできるようになってくる。


「素材もこの森に自生していた物の方がいいよな」


 この森には、様々な薬用や食用の野草が自生していた。

 その中には、一般的な物から普段お目に掛かれない様な高級な物まで様々な種類の物が自生している。

 なので、栄養剤を作るぐらいの種類の薬草は簡単に手に入った。


 その薬草などを研究用に採集していたことがこんなところで薬に立つとは思わなかったな。


「出来た」


 出来た栄養剤を鹿に飲ませる。


「……‼」

「暴れないでしっかり飲めって」


 一口飲んだ鹿が体を震わせて飲むのを拒む。


 当たり前だよなぁ…この栄養剤相当苦いからなぁ…


「怪我を治すためだ。我慢しろ」

「……」


 全てを飲み終わると、鹿は余程疲れていたのか俺にもたれかかる様にして眠ってしまった。


「ふぅ、取り敢えず一安心だな」


 一仕事終えて、肩の力を抜いて一息つく。


「なぁ~」


 うーぴょんも安心したのか、俺にくっついて寝てしまった。


「何だか俺も眠くなってきたな…」


 慣れない事をしたのか急に眠気が襲ってきた。

 

「こんなところで…寝たら…」


 危険だ。

 それがわかっているのに何故か眠気に逆らえない。

 それどころか体が怠くなってきた。


『ありがとう』

「こ、え…?」


 聞きなれない、しかし何処か安心する声が聞こえる気がした。


「だれ…だ…」

『今は休みなさい』


 俺は謎の睡魔に誘われて、そのまま獣二人と眠ってしまった。

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