第11話 新しい未来へ

 クルドへ帰れる。


 その言葉を聞いてからと言うもの、ランディーはずっと悩んでいる。


「何を悩む必要があるんだ?」


 ランディーは独り言を呟く。せっかくやっとクルドへ行きて帰れるのだ。こんなに嬉しいことは無いはずだった。それなのに、なぜか素直に喜ぶことが出来ないでいる。


 恐らく、ランディーはエルフ達と親しくなり過ぎてしまったのだ。


 そもそも、主義主張に感化されて兵士に志願した身だった。何が何でもクルドの兵として、打倒ヘレスを誓っていた訳ではない。なので、クルドへ帰還しても、軍に復帰することは無いだろう。


 では、どうするのか?何事も無かったようにクルドでの平和を謳歌おうかするのか?


「どうすりゃいいんだ・・・」


 誰に語るともなく、ランディーは一人呟いていた。



 ランディーがクルドに帰る日まであと3日となった頃、その日は朝から村中が騒がしかった。


「これは何の旅支度なんだリサーナ?」


 ウェインの声がリサーナに問い詰める。


「その馬車はなんだ?一体どこへ行くのか!?」


 見ればリサーナは旅支度をしている。そして、馬車に様々な荷物を積んでいた。


「まさか、ランディーと一緒にクルドにでも行くつもりか?」


「そんなわけないでしょう。彼を送りには行きますが、その後クルドへ行くなどありえません。」


「ではなんだと言うのだ?」


「レオンと共に彼を国境付近まで送ってきます。彼だけでは、クルドへ帰ることは困難でしょう」


 確かにその通りなのだが、ウェインにはこの大荷物の理由としては今ひとつ納得出来ない。それを察したリサーナは周囲を見回し、小声でウェインに話しかける。


「今この場で詳細を話すことは出来ません。」


「どういう事だ?」


「この場にいるのが味方だけとは限りません」


 ウェインは心底驚いた。あの、人を信じることしかしないリサーナが、このような事を口にするのだ。余程の事なのだろう。


「私にも話せんか?」


 リサーナは少しだけ考える素振りを見せた。が、


「では私の家で」


 ウェインにそう返答した。


 リサーナの家には、ウェインの他にレオンも来ていた。そして、そこで聞いた彼女の計画について知ったウェインは、本気なのかとリサーナに何度も確認する。以前リサーナが、この村のついては本日でその役目を終了すると語った事があったが、あれは本気だったのだ。


 彼女は、今日、ランディーをクルドの国境付近まで送り届けた後、集落へは戻らず、海岸付近のあまり普段からエルフでさえ近づかない荒れ地に拠点を構えるつもりだったという。


 ここ2週間ほど、二人して村から姿を消すことがあったのは、新しい拠点探しを行っていたのだという。そして見つけたのが、これから二人が行こうとしている新しい場所だ。


 海岸と山に囲まれており、海は海流の複雑さから、とてもじゃないがクルドから兵士が渡ってこれるような海域ではなかった。そして山はポイズナーの巣となっていて、やはりそこから侵略者が入ってくるのは難しいだろう。


 しかしそれは、そこに住む者にも脅威となるわけで、この1週間でその地に残っていた廃墟を改装し、モンスターの侵入が出来ないようにしていたのだという。レオンとイリーナの魔法が無ければ、とてもじゃないが作業は終わらなかったと思う。


 「黙っていたのは申し訳ないと思っています。しかし、この話がルイスにでも漏れれば、ヘレスが黙ってはいないと思うのです。それに、ウェインおじさんを巻き込んでしまうと思って・・・」


 最後は泣きそうな顔でリサーナは語った。イリーナ救出以来人が変わってしまったかのような印象を受けたリサーナだったが、やはり優しい子だった。ただ、用心深さと慎重さも備わってきたという事なのだろう。


「話はわかった。だが納得がいかん!」


「わかっています。なので、私とレオンだけで実行します。ですから、おじさんには迷惑は・・・・」


「それがわかってないのだ!」


 ウェインは本気で頭に来ていた。なんで私に一言の相談も無いのだ!俺はリサーナをヘレス本国からずーっとここまで見守ってきたと言うのに、この仕打はないだろう・・・。ウェインはすこしだけ傷心していた。


「え?だってでも、おじさんは・・・」


「私だけじゃないぞ?恐らくイルカイも賛同してくれるだろう。そもそも、反人間活動を一番糾弾していたのは誰だと思っているのだ!」


 私をみくびるな!そう最後に付け加えてウェインは少しだけ落ち着きを取り戻す。


「村の住民には、今日で村を解散することを後で俺から宣言しておこう。後、賛同してくれそうなエルフには声も賭けておく。もちろん慎重にな」


「あ、ありがとうございます!」


 正直、ウェインの参加は涙がでるほど嬉しかった。ここ1ヶ月ほどは、ウェインとも距離があったように感じていたのだ。それに、あの廃墟を拠点として生きていくには、正直二人ではつらさを感じていたのも事実だった。


「しかし大丈夫なのか?へレスからの監視は解かれたわけではあるまい」


 ウェインはそれを心配していた。


「それならば大丈夫です。もう彼女には話を付けてあります。私たちの行動を見逃してくれます」


「それについては俺も保証する。まあ、彼女には貧乏くじを引かせてしまったかもしれんが・・・」


 リサーナとレオンは、すでに監視役と話を付けていたようだ。

 

(それなら今の監視役は恐らくあの人なのだろう。ならば心配することは無いかもしれない)


 ウェインはレオンとリサーナの言う「監視役」に心当たりがあった。


「では、早速行動に移ることにするか。お前たちも日の高い内に村を出たほうが良いだろう?」


 今度会うときは新しい拠点だな。そう言ってウェインは建物から出て行く。


 ランディーは妙な気分を味わっていた。確かこの村へやってきた時は、ほとんど全ての村人から警戒の目で見られていた記憶がある。自分だってそうだ。エルフ達に何をされるのだろうかと、日々不安で仕方なかった。


 ところが今日、いよいよ村を出発しようかと馬車に乗り込んでいると、イリーナが飛びついてきた。


「ランディー!本当に行っちゃうの?」


 彼女は涙目になっている。元々好奇心旺盛だったのだが、ランディーに助けられ、毎日彼のとこに通う内にすっかりなついてしまったのだ。


「うん。ずっとここにいるわけには行かないからね。」


「なんでよ~、ずっとここに居ればいいじゃん。また、兵士に戻るの?」


 その言葉に即座にランディーは首を横に振る。


「もう兵士にはならないよ。イリーナと戦いたくは無いからね」


 そう答えると、イリーナは心底嬉しそうな顔をする。しかしすぐに真顔になって言う。


「でももう会えないかもしれないんだね・・・・」


 それは、そうかもしれなかった。戦争が続く以上、ヘレスとの交流を行うことは難しいだろう。


 さっき挨拶に寄ってきたパビエルやウェインも表情にこそ出さなかったが、「元気で暮らせ」、という言葉から、彼らも再び会うことはないことをわかっているのだろう。


 そしてイリーナの母シャリーは、娘を助けてもらった礼を言いにきたのだが、ついにルイスとは話が出来なかった。


 イリーナやパビエル、そしてウェイン達の見送りを受けた後、ランディー、リサーナ、レオンは、ランディーをクルドへ返す為、国境付近へと移動を開始した。


「それにしても、凄い荷物ですね」


 ランディーは馬車の荷物を見た。正直、クルド国境までの荷物にしては多すぎるのだ。


「わけを知りたいか?」


 レオンはランディーにそう聞いてきた。


「あ、はい。差し支えなければ」


「レオン・・・」


「まあ、いいだろう。別に困ることはないさ」


「それはそうですが・・」


 あまりリサーナは乗り気ではないようだ。


「あの、話したくなければ無理には・・・」


「いや、別に困ることじゃない。クルドに帰ってから悶々とするのも嫌だろ?」


 そう言ってレオンはニヤッと笑う。


「実はな、村を出ることにしたんだ。」


 レオンはそう話し始める。


「元々反戦争を掲げて集落を作ったんだが、まあ、今では慣れ合うだけの集まりになっちまった。だからな、本当に人間との戦争に反対するやつだけで新しく拠点を作ることにしたんだ」


「ウェインやイルカイ、パビエルも来てくれる事になったんです。」


「え?でも、村はどうするんです?」


「あの村は解散をすでに宣言しています。残る者、ヘレスに帰る者、それぞれ自由にと言ってあります。私の理想に付いてきてくれた皆ですが、最近はつらそうな顔をしていることも多かったですから・・・」


 良い機会だと思うんです、と付け加える。


「私は、反戦争を掲げてこれまでやってきました。でもそれだけじゃダメだと気付いたんです。戦争を行う勢力とも、今後戦う必要があると思ったんです。矛盾しているように思えるかもしれませんが、今後私達の邪魔をする勢力とは、戦う覚悟も持っています」


 戦争に反対するために戦う・・・・?一見矛盾しているようにも思えるリサーナの言葉にランディーは困惑を隠せない。


「私たちは、人間やエルフが共に暮らす事の出来る独立した中立地帯を設立したいのです。そしてその為なら、例えエルフの同胞達と戦う事があろうとも、意志を貫く覚悟です」


「中立地帯・・・・。本当にそれは可能なんですか?」


 ランディーは、それが本当に実現可能なら、歓迎すべき事だと思った。エルフを殺す事しか考えていなかった自分がこうも考え方が変わるのも滑稽だとは思ったが、それは素直な気持ちだ。


「正直イバラの道でしょう。クルドはともかく、ヘレスが国内にそのような地域の誕生を認めるとは思えません。ですから、我々は慎重に事を行う必要があるのです。」


 それを聞いたランディーは、ここのところずっと自分の中にかかっていた靄が晴れるような思いがした。


(そうか、俺はそうしたかったんだ!)


 そしてリサーナとレオンに向き直り、こう言ったのだ。


「僕も、僕もその計画に参加させて下さい!」


 別に今思いついたわけじゃない。ここ何日もずっと無意識の内にその可能性が無いかと繰り返し考えていたはずだった。そして決断するなら、ヘレス国内にいる今しか無かった。


「本当に良いのか?」


 レオンはあまり間を置かずにランディーに問いかける。実を言えば、レオンはランディーがそう言ってくれるのではと正直期待していた。ここ何日も悩む素振りを無意識の内に見せていたランディーなら、そう言ってくれる可能性はゼロでは無いと。


「しかし、あなたには家族がいるでは無いですか」


 リサーナは、ランディーからクルドに父と母、そして妹がいることを聞いていた。しかし、ランディーの腹は決まっていた。


「しばらくは会える事は無いかもしれません。いや、もしかしたら一生・・・。でも僕はたぶん戦死扱いになっているでしょう。それに心配しなくても無理だと思ったらすぐにでも泣きを入れますから」


 そんなつもりは毛頭無かったが、それでリサーナの気が軽くなれば良いと思う。


「本当に良いのですか?」


 リサーナはもう一度だけランディーに問いかける。ここに残れば、この前のような危険な目に幾度と無く遭遇する可能性が高い事や、命の保証も出来ないことなどをランディーに告げる。


「構いません」


 リサーナはしばらく考えた後、ランディーに向き合いこう言う。


「わかりました。私たちはあなたを歓迎します」


「よし決まったな!」


 リサーナの歓迎の言葉とほぼ同時にレオンが宣言する。


「では、このまま反転して、俺達の新しい家に帰るとするか!」


「はい」


「それに、ランディーが居なくなると、イリーナが悲しむしな!」


「な、何でそうなるんですかっ!」


 顔を真っ赤にしながら否定するランディーを見て、レオンとリサーナは心底嬉しそうだった。レオンとしては、出来れば中立を謳う地域としては、エルフだけでなく人間の参加も是が非でも欲しかったのだ。


 ランディーがクルドに帰ってしまえば、新しい人間を中立地帯に迎えることは、ほとんど不可能に近かったと思う。何より、ランディーなら信頼することが出来る。エルフの娘を助けるために、自分の命を賭したランディーになら。


 そして馬車はゆっくりと反転し、ヘレスでも誰も近寄ることがない辺境に作られた、彼らの新しい村へと走っていく。


 そしてこの3人は、このリトリア大陸に置いて、非常に大きな役割を演じることになる。しかしそれは、今よりも少しだけ将来の事だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とあるエルフの少女と人間の青年兵士の物語 クロヒロ @kurogiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ