第33話 闇に打ち勝つために
「とりあえず、あんたが本当に負の魔力に侵されているのか確認してみましょう」
アンネマリーは胸ポケットから眼鏡を取り出した。
「お前、目が悪かったっけ?」
「これ、伊達眼鏡よ。ただし銀製の」
アンネマリーは銀のフレームで作られた眼鏡を装着した。銀製武器と同様、銀製の眼鏡にも効果があると考えて作ったようだ。
「それじゃあ、行くわよ。魔力の流れを見通せ『
アンネマリーの瞳に魔力が集まり、クリストファーを解析していく。しっかり見るためかアンネマリーの鼻先が近づいてきて、さすがのクリストファーも少し恥ずかしい。
「うーん、ちょっと服脱いで」
「はあっ!?」
無理矢理服のボタンを外され、クリストファーは胸がはだけた状態でベッドに押し倒された。幼馴染で恋愛関係にないとはいえ、女性に押し倒されているこの状況はかなり気まずい。
「お、おい、まだ……」
「集中できないから静かにして」
「……」
本当に目と鼻の先くらいの距離で、さらけ出した肌を舐めるように凝視されること約十分。アンネマリーはガバリと起き上がると達成感いっぱいの表情で結果を発表した。
「間違いないわ。クリストファーには黒い魔力が纏わり付いているわ! 闇堕ち確定ね!」
「嬉しくない結果報告ありがとうよ! とりあえずどいてくれ!」
「あら、ごめんなさい」
この十分間、羞恥で顔を赤くしたクリストファーとは対照的に、魔法を使い過ぎて汗をかいているアンネマリーは達成感に満ちあふれていた。クリストファーはそれが少し悔しかった。
少し休憩を挟んでアンネマリーが詳しく説明をしてくれる。
「全身を茨のような形をした魔力が纏わり付いているみたい。これはゲームの設定とも酷似しているから多分合ってるはずよ」
ゲームでは、クリストファーが闇堕ちすると全身に茨のような紋様が浮かび上がる設定だ。おそらくそれと同じものなのだろう。
「特に心臓の周りはギッチギチになってたわね。お前の命は俺のものって感じ?」
「他人事だと思って……でもそんなにか? 今俺、かなりすっきりしてるぜ?」
「あんたの夢の話だと、例の茨は足に絡まったままだったんでしょ? それはおそらく完全には解放されていないことを暗示しているのよ。今は症状が治まっているだけなんじゃないかしら」
「マジかよ。じゃあ、明日になったら俺、また『ああ、アンネマリー、超うぜえ』とか思うようになるのか」
「へぇ、クリストファー、あなた、私のことそんなふうに思ってたの」
「や、闇の魔力のせいだから! でも、闇堕ちの前兆にしてもなんで俺、ああなっちまうんだ」
アンネマリーは考える。クリストファーが見たという夢と学園での彼の言動から導き出される答えとは……。
「ねえ、夢で狼が言ってたのよね。闇の魔力は不安と絶望に刃を突き立て追い立てるって」
「おう、そうだな」
「……だったら、あんたに取り憑いた負の魔力が、あんた自身が抱いている不安を煽ってるんじゃないの?」
「俺の不安?」
「闇堕ちすることに対する不安よ」
クリストファーは軽く目を見張った。
自分にそんな不安があったのかと少し驚く。
「闇堕ちしたらどうしようっていうあんたの無意識の不安を的確に突いてきたのかも」
「でもよお、俺って闇堕ち要素あんまりないぞ」
「だからこそ、負の魔力はあんたの、栗田秀樹の知識を利用したのよ」
「俺の知識? それって……もしかして」
「乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』よ。負の魔力は夢を介して、あんたをゲームのクリストファーに仕立て上げようとしてるんだわ」
「ゲームのクリストファー?」
「少なくともあんたは前世で闇堕ちするクリストファーを見たことがあるでしょう。負の魔力はその知識を利用してあんたの記憶や感情を上書きしようとしたんじゃないかしら。要するに茨で痛めつけながら『お前はこんな人間だ』ってゲームのクリストファーの姿を見せて洗脳しようとしていたのよ」
「怖えよ! 魔力だけでそこまでできんのかよ!? さすが魔王ってか!」
「正直、自分じゃなくて本当によかったと心の底から思うわ。粘着質で気持ち悪いもの」
「助けて、アンネマリーお姉様!」
「くう、こいつが本当にゲームのクリストファー様だったら即行で協力するのに……はっ! 負の魔力は今、秀樹を本物のクリストファー様にするため奮闘中じゃなかった?」
アンネマリーは今世紀最大の発見をしたような顔でクリストファーを見つめた。
「おい! それはしゃれにならないぞ!?」
「冗談よ……二割くらい」
「八割本気じゃねえか!」
「冗談だってば……三割くらい」
「値切り交渉みたいなことするな!」
「もう、本当に冗談に決まってるでしょ。私だってここ数日、いちいち私を避けて不機嫌そうにするあんたの顔を見てはいつ殴り飛ばしてやろうかとワクワ……イライラしてたんだから」
「ワクワクもイライラも言い換えたところで変わんねえよぉ」
クリストファーはベッドの上で蹲ってしまった。アンネマリーは可笑しそうに笑っている。
こんなどうでもいいやり取りが、数日間全くできなかったのだ。何気ない日常が帰ってきたことにアンネマリーは嬉しくて堪らなかった。
(きっと私一人だったら魔王対策なんてできなかった。こんなんでも二人ならやれる気がするから不思議よね)
「とにかく、明日以降の経過を確認しながら闇堕ちする前提で備えましょう」
「具体的にどうするんだ」
「正直、聖女がいない今、闇堕ちした相手を止める方法は戦って勝つ以外思い浮かばないわ」
魔王配下の魔物に銀製武器が効くのだから、闇堕ちクリストファーにも銀製武器による攻撃が有効なはずだ。実際、ヒロインの救援に来た攻略対象者は銀製武器で闇堕ちクリストファーにダメージを与えることができていた。聖女がいない現状、そこに望みを掛けるしかなかった。
「……お前、俺に勝てんの?」
「殺すだけならどうにか」
「やめて! ……マクスウェルに協力してもらおうぜ。いざって時は二人がかりで止めてくれや」
「それしかないかぁ」
当然ながら、このような大切な要件をギリギリまで伝えていなかった二人は、マクスウェルからひんやり冷たい笑顔のお叱りを受けるのだった。
何せ事件はこの翌日に起きてしまうので、マクスウェルへの説明は事後報告になってしまうからだ。
◆◆◆
「ふわぁ」
欠伸をしながらマイカはベッドから起き上がった。目をこすりながら立ち上がり、身支度を整える。もう一度欠伸をすると、マイカは両手で頬を軽く叩いて強制的に目を覚ました。
そして「ふふふ」と口元をニヤケさせる。
「……久しぶりにお兄ちゃんの夢、見ちゃった。相変わらず間抜け面だったな、ふふふ」
マイカの胸元で『魔法使いの卵』が小刻みに震えた。
◆◆◆
翌日、十月十九日。一年Aクラスは緊張に包まれていた。休みが明けてもクリストファーとアンネマリーの冷戦状態が続いているからだ。
先に登校していたクリストファーは静かに本を読み、後から登校したアンネマリーは無言で席に着いた。周囲が息を呑み、教室の中でヒソヒソと生徒達が囁き合う。
「どうしましょう。とうとう朝の挨拶さえなくなったわ」
「一体何があったのかしら」
「こんな雰囲気で学園舞踏祭をやれるのか?」
「メイドカフェはオリヴィア様が指揮しているから開催はできるでしょうけど……」
そこかしこで心配する声が広がる中、アンネマリーはチラリと隣の席へ視線を向けた。本を読むクリストファーが、本を陰にして指でサインを送る。
(……少し違和感はあるけど問題ない、か)
アンネマリーは机の上に人差し指でクルリと円を描く。
クリストファーはそれを見ていた。
(ふーん、予定通りね。了解っと)
クリストファーは本を閉じて机の上に置いた。了解を示す合図だ。二人は昨日のうちに学園でどう対応するかを相談していた。
クリストファーが黒い魔力の攻撃を受けたということは近くに魔王が潜んでいる可能性が高い。そのため、こちらの状況を悟らせないためにこれまでと同じ対応を続けて様子を見ることにしたのだ。
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