エピローグ 後編
雑然とした怜愛の説明を周一は何度も頷きながら終始楽しそうに聞いてくれる。それが嬉しくて、怜愛もまたつい張り切って説明をしてしまうのだ。
一通り説明を終えると、怜愛はハッと我に返ったように驚いて周一に謝罪した。
「あ、あの、ごめんなさい、弘前さん」
「ん? 何が?」
「私ばっかり、一方的にしゃべってしまって……」
若干顔を赤くして謝る怜愛に、周一はニヘラッと笑う。
「あはは。可愛い女の子と一緒におしゃべりできて俺は超楽しかったから全く問題ないよ」
嘘など感じられない周一の無垢な笑顔に怜愛の頬はさらに赤くなってしまう。
「……私、あんまり友達いなくて……ゲームのお話できる人もいなくて」
「そうなの?」
「……正直、いきなり弘前さんに声を掛けられた時はびっくりしましたけど、ゲームのお話を聞いてもらえて……すごく嬉しかったです」
これは自分の偽らざる気持ち。こんなにも自分の思いを素直に伝えることができたのはきっと周一が心を開いて接してくれたから。どうしてもお礼が言いたくなったのだ。
すると、怜愛の言葉に目をパチクリさせた周一から驚きのセリフが飛んで来た。
「怜愛ちゃん……俺と付き合ってください!」
「えっ!?」
全く予期していなかった話に、怜愛の心が追い付けない。戸惑うままに、怜愛は素直な気持ちをポツリと呟く。
「あ、あの、急に言われても困り、ます……」
「ああ、やっぱりダメか~」
(……あっさり受け入れられちゃった)
自分は『困る』と言っただけで断ったわけではないのに。まだ心臓が煩い。怜愛は自分の気持ちを誤魔化すように周一に尋ねる。
「弘前さんは、その、彼女……いないんですか?」
「うん。なぜか毎回告白しても振られちゃうんだ。……俺、何がダメなんだろう?」
「……タイミングがアレ過ぎると思います」
(も、もう少し時間をおいてからそういうお話をしてくれれば、私だって、その、もう少し大人な対応ができる……かもしれないけど……)
もじもじしながら小声で呟く怜愛の声は周一の耳には届かなかった。
「あ、見て、怜愛ちゃん」
「え?」
俯いていた怜愛は周一の視線の先を見た。ちょうど機内トイレから席へ戻る途中の女性を見ているようだ。
その女性は――。
「わぁ、あの人凄く」
「凄く可愛いなぁ」
周一はニヘラッと笑いながらサラサラの黒髪を靡かせて歩く女性を見つめていた。
二十歳くらいだろうか。清楚で可憐な雰囲気の彼女は周一達より後ろの席のようで、彼は女性が通り過ぎるのをニヘラッとした表情をしたまま横目で見送った。
女性の名前は瑞浪律子というのだが、怜愛も周一も知る由もない。
(綺麗な人。年は近そうだけど、上品そうで大人っぽくて女性の私から見ても素敵な人だったなぁ……でも!)
「いやぁ、さっきの子、可愛かったね。あんな子を彼女にできた男はきっと幸せ者だよ」
ニヘラッと笑う周一に、怜愛はジト目を向けていた。
(この人、さっき私に付き合ってとか言っておいてこの態度は何!? いや、確かに凄い美人だったのは認めるけど、周一さんあなた、毎度こんな感じなんじゃないですか?)
「……私、弘前さんがモテない理由、分かった気がします」
「え? ど、どこ!?」
「あれで気が付かないんだから多分直らないので一生モテないんじゃないでしょうか」
「うそおっ!? 教えて怜愛ちゃん! 俺のどこが悪いの、どこを直せばモテるの!?」
「知りません!」
(ちゃんと自分で気付いてください!)
「れ、怜愛ちゃーん!」
怜愛はプイッと周一から顔を背けて拗ねた真似をするのだった。
この後、永遠の別れが来ると知っていたらちゃんと仲直りしていたのに……。
「んっ……」
レアは目を覚ました。全身が痛い。きちんと受け身も取れずに意識のない状態で坑道に転がり込んだのだから、そこら中が打ち身のような状態になっていた。
ふらつきながらどうにか立ち上がったレアは、見えもしないのに暗闇に視線を巡らせる。
「……何があったんだっけ、私どうしてこんなところに」
不安そうなか細い声が坑道に響く。レアは気付いていない。自分の言葉遣いが先程までと全く違っていることに。
「真っ暗。出口はどこ……?」
壁に手を添えながらレアは坑道の奥へ歩いていく。暗闇の中、手探りで進む恐怖。歩いても歩いても辿り着かない出口。時折、遠くから『ドシン』と何かが崩れる音が響いて、自分も生き埋めになってしまうのではと、背筋が震えた。
ついさっきまで勝気を演じていた少女はどこへ行ってしまったのか。レアの瞳に涙が溜まる。それでも光ある出口を求めるのか、ゆっくりであってもレアは止まらない。
一体、どれくらい歩いたのか、何度も分岐を選び、坑道の奥へ奥へと進んでいくレア。それでも出口へ辿り着かない。土まみれになりながら、息を荒げてへたり込む。そろそろ限界が近いというのに、希望は見えない……。
(私、どうなっちゃうの?)
喉が渇いて独り言を口にする力もない。少し休みたいと、瞳を閉じたその時だった。
ゴゴゴゴゴゴと音を立てて、坑道全体が大きく揺れた。
「じ、地震っ!?」
頼りない土の壁に背中を預けて揺れをやり過ごそうとするレア。しかし、非情にもレアのいた地面は上から下まで全てが揺れ動き、足元が次第に崩れていく。
「いや、いやあああああああああ!」
落盤が発生し、坑道が土砂に埋め尽くされていく。それに圧し潰される前にレアは崩れた地面の底へ沈み流されていくのだった。
次に目を覚ました時、レアは下半身が土砂に埋もれていた。何とか頑張って這い出て、周囲を見回す。そこは地の底に偶然できたとおもわれる地中の空洞のような場所だった。そして不思議なことにこの壁が、青白い光を灯していた。おかげで薄っすらではあるがレアは周囲を見ることができた。二十畳はありそうな空間に亀裂でも入ったのか、レアが流されてきた土砂が流れ込んだようだ。
(……二十畳って、何だっけ?)
自分で考えたことが理解できず首を傾げるレア。ともかく、どこかに出口はないだろうか。見回してみるがそれらしいものはない。
(……私、死んじゃうのかな……ん、何あれ?)
諦めムードで周囲に視線をやると、空洞の真ん中に丸い物が見えた。近づいてみると大きな玉が地面に埋め込まれている。
(バスケットボールサイズ……ばすけっとって何?)
さっきから自分で自分の思考に疑問が生まれる。どうしたというのか。大きな球体は何かで固定されていたようだが、既にボロボロに崩れて外れてしまっていた。
「……あ、取れた」
金属質でやや重いが、思いの外簡単に球体を取り出すことができた。レアは興味深そうに球体を色んな角度から見てみる。
「どこかに鍵穴とかスイッチとかないかな。中にお宝が入ってたりして……すいっち?」
またしても意味不明なことを口走ったレアは首を傾げた。その時、再び地震が起きる。
「きゃあっ!」
先程の恐怖から思わず頭を抱えて蹲ってしまう。球体は勢いよく地面に激突し、ピシリと嫌な音を鳴らすと空洞の端へ転がって行った。そして、壁に亀裂が走る。
ゴガガガガッ! と、岩が崩れる音がして落盤が球体を圧し潰してしまうのだった。
空洞の崩壊に恐怖したレアは、ただただ球体があったはずの瓦礫の方をじっと見つめていた。やがて瓦礫の隙間から黒い煙のような物が噴き出し始める。
徐々に煙の量は増えていき、それらが一つに集まって形を成そうとしていく。
その形状は……まさに狼。
「黒い靄の狼……あっ」
その瞬間、レアの脳裏に膨大な記憶がフラッシュバックした。
それは一人の少女の物語。銀髪と瑠璃色の瞳を持つ美少女が、運命に翻弄されながらも幸せを勝ち取っていくサクセスストーリー。
辛いこと、苦しいことがあっても仲間や愛する人との絆の力で乗り越えていく聖女の物語。誰からも愛される、素敵な女の子のお話……かつてのレア、白瀬怜愛が憧れた少女。
「セシリア・レギンバース……私の、憧れの……」
力が入らず項垂れるように膝をつくレア。黒い靄の狼に記憶が刺激され、一度に膨大な知識が流れ込んできた。しかし、レアはそのほとんどの知識を取りこぼしてしまう。極限の環境下に晒されたストレスや、レア自身に知識を受け入れるだけの下地がないせいか。
とにかく、心に残っているのはセシリア・レギンバースという少女【ヒロイン】が辿るであろう未来の物語だけだった。
なぜか話し方などは白瀬怜愛に近いものとなっていたが、レアは怜愛としての記憶を取り戻すことはなかった。
『ほぅ、お前、人間のくせに随分と大きな器を持っているじゃないか』
空洞に響く自分以外の声に、項垂れていたレアは顔を上げた。しゃべっているのは黒い靄の狼。
確か、あれは――。
「……魔王、ヴァナルガンド?」
『魔王!? ヴァナルガンドが……魔王! アハ、アハハハハハハハ! 傑作! なんと傑作なことか! 我ら聖杯が魔王とは! ギャハハハハハッ! なんたる滑稽!』
止められないのか腹を抱えるように笑う黒い狼。それをボーっと見つめていると、ようやく笑いが止まった狼は真剣な雰囲気でレアに話しかけた。
『ぶはは、楽しませてもらったぞ、人間。……どうだ、我と契約を交わさないか?』
「けい、やく……?」
『そうだ。人間よ、我の器となれ。そなた、人間の分際で随分と器が大きいではないか。我の依り代となってもしばらくは持つであろうよ』
「……うつわ」
『うむ。その代わり、我はそなたの願いを叶えてやろう。何、我が力を以ってすれば小娘一人の願いなど造作もなきことよ!』
「……私の願い……何だろう」
『案ずることはない。そなたが分からずとも我が汝の願いを読み取ってやろう』
「――あっ」
狼が形を失い、靄となってレアの周りに纏わりつき始めた。やがて靄は彼女の体内へ浸透していき、少しずつ空洞から靄の気配が薄らいでいく。
「あ、あああ、あああああああ!」
『怖がることはない。汝の願いを見せよ、欲望を曝け出せ、全てを我に委ねよ! 我、第八聖杯実験器、いや、魔王ティンダロスに!』
「ああああああああああああああああああああ! ……あっ」
全ての靄がレアの中へ浸透しきった時、レアの記憶の原初より引き出された願いが魔王ティンダロスへと届られる。
――セシリア・レギンバースになりたい。
それはレアがレアとして生まれるよりもずっと前。白瀬怜愛だった頃に抱いていた小さな憧れ。記憶がフラッシュバックされたことで今最もはっきりと映る願いだった。
『ははははっ! お前の願い、しかと聞き入れた。その願い、我が叶えてやるゆえ、そなたはしばらくゆるりと眠るがよい』
トプンと、レアの意識は沼のような闇の奥へと沈んでいく。ティンダロスの魔力に包まれ薄れゆく意識の中、最後にレアが考えたことは――。
(……周一さんに、会いたいなぁ)
だが、闇の奥深くに沈むレアの願いがティンダロスの耳に届くことはなかった。
レアの意識が眠りについた時、全身を黒い魔力が覆った。これまでにできた生傷が癒え、平凡だった茶色の髪と瞳が変質していく。そして銀髪と瑠璃色の瞳の少女が完成した。
「さあ、レアの願いを叶えてあげましょう。この私、セシリア・レギンバースがね」
そして地上に戻ったレア、いや、魔王ティンダロスはこの後、レギンバース伯爵の騎士、セブレ・パプフィントスと出会うのである。
☆☆☆あとがき☆☆☆
第4章おしまい。第5章へつづく。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
第4章も書籍化に向けて準備中です。詳細が決まりましたらお知らせします。
それでは次回、第5章でお会いしましょう。
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