第26話 魔王ガルム

「……そう、グレイルには分かるのね。そこに、あるのね?」


 メロディは見えざる手でグレイルを抱き上げた。


「キャワンッ!?」


 そこで初めてメロディがいることに気が付いたグレイルは犬だというのにギョッと目を見開いて驚いてみせた。メロディは柔和な笑みを浮かべて自分の腕でグレイルを抱きしめる。


「そっか。私より先にグレイルは汚染源を見つけていたのね。それを自分で掘り起こそうとして」


「キャワワンッ!? キャンキャンキャン! ワンワンワンワン!」

(見つかった!? あ、あれは我のだからな! 地下に眠っている巨大な負の魔力は我のだぞ!)


「あなたも皆が大好きで役に立ちたかったのね。優しい子ね、グレイル」


 全然そんなんじゃなかった。メロディはとても都合のいい勘違いをしている。

 ドロドロに汚れたグレイルの前足を、宝物に触れるかのようにそっと撫でるメロディ。


「キャワーン!? キャイーン!」

(ちょっと痛い!? 浄化するなー!)


 グレイルを慈しむメロディの優しい心がグレイルに聖女の祝福を与えていた。酷い勘違いによる大変ありがたくない祝福が魔王グレイルに齎されていた。


「グレイル、安心して。あとは私がやるから」


 グレイルを下ろすと、メロディはグレイルが掘った穴を見た。間違いなく、この先に、それもかなり深い地下に目的の物、黒い魔力の汚染源がある。


「地下を探して『延長御手アルンガレラマーレ千手ミッレ』」


 千本のうち数十本の見えざる腕が大地を透過して地下深い場所へと潜行していく。それから数分後、魔法の腕は目的の物を見つけた。


「引っ張り出して『延長御手・千手』!」


 数十の腕が地下に埋められたそれを力技で引っ張り上げていく。地面の圧力などものともせず、時に引っ張り時に押し出し、少しずつ少しずつ目的の物は地表に近づいて行った。

 掘り返した方が楽なのでは、と聞く者もいるかもしれない。しかし、それが埋まっている場所はとんでもなく深いところにあり、掘り返して手に入れようと思うとここにどれだけの土が盛り上がるのかという話だ。それを嫌ったメロディは、力業であっても引っ張り上げることにしたのだ。


 そして、それはとうとう実現する。メロディの足元が少しずつ揺れ始めた。魔法の腕が周囲を支えているので瓦礫の山が崩れることはない。そうして地面が揺れる中待っていると、それがピタリと止まった。そしてグレイルが掘った穴の底がモゾモゾと動き出し――ポンッと。

 見えざる腕に包まれて宙に浮かぶそれは、バスケットボールほどのメタリックな球体であった。黒ずんだ銀のような色合いの大きな球体。指裏で叩いてみればやはりコンコンと金属音が鳴る。


「これが、汚染源……?」


 間違いないだろう。メロディの強化された瞳が球体全体から漏れ出す黒い魔力を認識していた。


「ワンワンワン! ワンワンワン! ワンワンワン!」

(それは我のだぞ! 我が掘ってたんだから我のだぞ! 所有権を主張する!)


 メロディの足元をグルグル回りながらグレイルが激しく吠え出した。


「そう、グレイルもこれが見つかって喜んでいるのね」


 メロディはニコリと微笑んだ。喜んでいることに間違いはないが、勘違いが酷い。


「あ、グレイル、こんなところにいた!」


「マイカちゃん? それにお嬢様とリュークも」


 メロディが拓いた瓦礫の道からマイカとルシアナ、そしてリュークが入ってきた。


「私達もグレイルを探してたんだけど、こっちから鳴き声がしたから来てみたの。そしたらこんな有様で……」


「お嬢様、有様って何だかちょっと酷いです」


「ここは危ない。早く出よう」


 周囲を見回しながらリュークが言った。確かに瓦礫に囲まれている状況は危険だろう。


「もう、グレイル。勝手にどっか行って心配したんだからね!」


「キュウーン」


 マイカに抱き上げられて怯えた様子のグレイルにメロディ達は苦笑した。


「それで、グレイルもメロディもどうしてこんなところに?」


「実は……」


 首を傾げて尋ねるルシアナに、メロディはこれまでの事情を説明するのであった。


「……メロディ、あなたまた……」


「も、申し訳ありません」


 昨夜こっそり魔力回収をしたことも含めてルシアナに報告すると、彼女は不機嫌そうにこめかみを押さえだした。


「もう! だからちゃんと前もって教えてって言ったじゃない! 報告・相談・連絡! ホウ・レン・ソウよ! はい、リピートアフタミー!」


「ホ、ホウ・レン・ソウ」


「ワンモア!」


「ホウ・レン・ソウ!」


「そう! 心配させたくないとか考える前に相談して。してくれない方が怖いの、心配なの!」


「はい。申し訳ございませんでした」


「はぁ、とりあえずその大きな玉が今回の元凶ってことでいいのよね」


「はい。これから黒い魔力が溢れ出していますから間違いないかと」


「……メロディ先輩、今何ていいました?」


 グレイルを抱いたマイカが目をパチクリさせてメロディに尋ねた。


「黒い魔力って、言いました?」


「ええ。これがそうなんだけど」


 メロディは魔法の収納庫から例の黒い玉を取り出してマイカに見せてやった。


「村中に広がっていた黒い魔力を集めて固めた物よ」


「キャワーン!」


「ダメよ、グレイル!」


 マイカに差し出した黒い玉をグレイルがうっかり食べようとした。メロディはすかさずグレイルから離し、年上のお姉さんのように注意した。


「いけない子ね、グレイル。目の前に出されたからって何でも食べてはダメよ」


「なんてもの持ってるんですか!?」


「マイカちゃん?」


 マイカの突然の剣幕に驚くメロディ。だが、マイカは思考の渦に飲み込まれそれどころではない。


(黒い魔力……そんなものゲームではたった一つしか思い当たらない。でも、どうしてそんなものがここにあるの? あんな球体、ゲームには登場しなかったはず。何が一体どうなってるの!?)


「とりあえず一旦ここを離れましょう。続きは私の部屋で」


「畏まりました」


 メロディは魔法の腕を解除し、大きな球体をその手に持った。


「キャワーン!」


「あ、グレイル、ダメだって言ってるでしょ」


 グレイルはマイカの腕から身を乗り出し、球体に小さな口でかぶりつく。何にでも噛みつきたい年頃なのねとメロディ達が呆れたその時、球体に変化が起きた。


 ピピッ、ピイイイイイイイイイイイイイイイ!


「きゃっ、何?」


 球体から突然電子音のような音が鳴り響いた。咄嗟のことに思わず球体を落としてしまうメロディ。そして球体全体をまるで電子回路のような光が走り始める。


「な、何よこれ……」


 見たことも聞いたこともない反応を見せた球体にルシアナは恐怖を感じた。全員が球体を注目する中、球体から再び音が鳴った。それはまるで言葉のようにも聞こえ――。


『緊急起動要件:特定指定魔力二種との接触を感知』


『特定指定魔力:魔力波長【銀】。魔力量測定不能――推定役割ロール【聖女】』


『特定指定魔力:魔力波長【黒】。魔力量【黒】微弱――推定役割【聖杯】』


『識別魔力情報:【銀】該当なし。新規【聖女】の可能性八十七パーセント』


『識別魔力情報:【黒】該当あり。聖杯計画第九実験器【ヴァナルガンド】』


『【ヴァナルガンド】の浄化レベル:浄化率八十九パーセント。許容範囲』


「ねえ、これ、なんて言ってるのかしら?」


「分かりませんけど、あまりいい予感がしないですよぉ」


 球体は言葉を発しているように見えるが残念ながらメロディ達には理解できなかった。しかし、たった一人、いや、一匹にははっきりとその言葉を理解できた。


(ヴァナルガンドだと……こいつ、我を知っているのか?)


 だが、グレイルにも分からない。球体の言葉は理解できても内容はさっぱりであった。


『当封魔球現状確認:耐用年数を大幅に超過。稼働率十九パーセント。魔障の漏洩を確認』


『対応策の提示:封魔球緊急対策条項第五条第六項に基づき早急なる当器の破棄を推奨』


『封魔球緊急対策条項第七条第三項に基づき自立型管理術式を起動。対話モード開始』


『……第九実験器【ヴァナルガンド】の浄化レベルから察するに、当器の前にいるあなたは完成された【聖女】であることでしょう。残念ながら当器には第九実験器【ヴァナルガンド】の完成情報は更新されていないが【聖女】の隣に【聖杯】があるという事実が、実験の成功を物語っていると当器は信じたい』


「凄く長々としゃべってますけど、何て言ってるんでしょうか?」


「メロディ先輩、まだしゃべってますよ」


『誠に遺憾ながら当器は既に活動限界を迎えており、周辺環境を正確に確認できない。接触感知による魔力認識が限界であり、対話モードも長くは持たないだろう。そこで提案がある。当器の破棄はもはや覆らない。よって可能であればここで浄化処置を行っていただけないだろうか。もし環境に問題があるようなら今より十秒間当器への接触を避けてほしい。その場合、可能な限り現状を維持するがいつ機能停止するかは確約できない。もし、この場で対応可能であれば【聖女】の魔力を接触感知させてくれ。即座に封魔球を機能停止し、浄化処置に入っていただく。返答や如何に』


 不思議な球体は、それ以降動きを止めた。光も消え、声も止まった。


「……止まりましたね。どうしましょう」


「うーん、よく分からないけどとりあえず私の部屋へ運びましょう。調べないと何とも言えないわ」


「畏まりました」


「キャワアアアアアアン!」

(ちょっと待て、何かおかしいぞ!)


 だが、グレイルの制止など分かるはずもなく、メロディは球体――封魔球に触れた。


『【聖女】に感謝を――封魔球機能停止。聖杯計画第三実験器【ガルム】。緊急排出』


『健闘を祈る――聖なる乙女に白銀の祝福がありますように』


「え?」


 メロディが球体を持った瞬間、球体の真ん中に線が走り、カプセルを開くように上部がクルリと回った。すると中から黒い靄のようなものが勢いよく噴出しだす。


「きゃあああああっ!」


「メロディ!?」


 思わず球体を放り投げるメロディ。今もなお球体から黒い靄は出続け、それがドーム状にメロディ達を包み込んでいく。


「メロディ、ここから早く出――」


 ルシアナが言い切る前に、黒い光に包まれた。視界が遮られ一瞬全員が視界を奪われる。その状態は数秒で終わり、全員の視力が戻ったがそこは先程までいた瓦礫の中ではなくなっていた。


「お嬢様、皆!」


 全員が一ヶ所に集まる。周囲は理解不能な景色に変貌していた。硬質な黒い地面。空は黒と白が入り混じったような歪なマーブル模様に彩られ、はっきり言えば気持ち悪い。そんな空間が永遠に広がっているような不可思議で奇妙な場所にメロディ達は立っていた。

 だが、ルシアナは奇妙な既視感を覚えた。


「ここ、ルーナと戦った時の場所に何となく似ているような……?」


 そしてマイカもまた、この状況には覚えがあった。


(こ、これって……どう考えても、あれにしか思えない。でもなんで? だって、これって――)


「開け奉仕の扉『通用口オヴンクエポータ』! ……扉が現れない?」


 メロディは転移の扉を出そうとしたが、なぜか呼び寄せることができなかった。マイカは絶望的な気持ちになる。


(ああ、やっぱりだ。間違いないよ。そうだよね、ヒロインちゃんがここから逃げられるわけがないんだ。だってこれは――)


 ドシン! と、地面が揺れるかのような大きな音がした。メロディ達は音がした方、背後へ振り返る。そこには――。


「ボス戦なんだから……てか、なんで魔王がここにいるのよぉ?」


「キャワワワアアアアアン!」

(なんで我がそこにいるのだあああああああ!)


 黒い魔力の靄によって巨大な狼を象った存在が、メロディ達を睥睨していた。











【メロディの前に魔王ガルムが現れた――魔王からは逃げられない】

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