第5話 帝国皇子がやって……来ない?

「ところで夏の舞踏会には現れるのかね、金髪のセシリア嬢は」


(……そういえばいたわね、そんな子が)


 自分達の与り知らぬところで現れ、そしてあっという間に舞踏会から去っていった少女。それが金髪のセシリアである。

 後から調べてみれば、第三攻略対象者レクティアス・フロードが連れてきた、自身の使用人の親戚の少女なのだという。しかし、それ以上の情報はなく、不明な点も多い謎の少女セシリア。

 レクトの周辺にも彼女に関する情報はほとんどないようで、大した情報は集まらなかった。


 ――曰く、天使のような美少女であったそうな。


 そのうえルシアナとダンスを踊り、その光景を目にしたものは「楽園を見た」とまで宣う始末。第四攻略対象者ビューク・キッシェルによる襲撃事件が鮮烈すぎてすぐに話題に上がらなくなってしまったが、彼女を実際に目にした者達は今でも思い出すとついうっとりしてしまうのだとか。


(そんな美少女、私だって見たかったああああああ!)


 美少女大好きアンネマリーとしては、金髪のセシリアについて思い浮かぶ感想の一番はそれであった。名前こそヒロインと同名であるものの、レギンバース伯爵の娘として現れたわけでもなければ、襲撃事件の時には既に舞踏会会場を去った後で、ましてや学園に通う生徒ですらない。

 舞踏会に登場した金髪のセシリアは、あまりにもゲームとの接点がなさ過ぎるのだ。それゆえ、アンネマリーはあまりこの金髪のセシリアを重要視していなかった。


 レクト本人から情報を得ることも考えたが、アンネマリー達は三人とも彼との接点は特になく、舞踏会にパートナーとして参加しただけの平民の少女について根掘り葉掘り尋ねることは、アンネマリー達の身分を考えればいらぬ憶測が飛ぶ可能性もあり、積極的に行動することは憚られた。

 例のバタフライ効果の件もあって、あまり強く出られなかったこともひとつの原因だろう。


 今後も可能な範囲で調査をするつもりではいるが、金髪のセシリアは舞踏会におけるヒロイン不在の穴を埋めるべく、名前だけのために登場することになってしまった代理ヒロイン候補の一人だったのではないかと、アンネマリーは考えている。


(この世界にはシナリオの強制力のようなものがあって、ヒロイン不在の中初めて行使された力は同時に何人もの代理ヒロイン候補を生み出してしまった……とか?)


 レクトの舞踏会のパートナーとして現れた金髪のセシリア。

 ヒロイン不在の中、新たな注目株として社交界デビューを果たした、レギンバース伯爵家と同格の家柄であるルトルバーグ伯爵家の令嬢ルシアナ。その中でルシアナは魔王の襲撃の際にクリストファーを庇うことで金髪のセシリアよりもヒロインに相応しい行動を取り、有力な代理ヒロイン候補として一学期には魔王に魅入られたビューク・キッシェルと対面している。


 金髪のセシリアと違って、ルシアナは着々とヒロイン街道を歩んでいるのではないだろうか。きっと金髪のセシリアは今となっては名前だけのために登場しただけで役目を終えてしまったのではないかと、アンネマリーは思う。


(そう、あの時、私と王都散策デートをしたメロディみたいな感じで……)


 アンネマリー達が企画した定期馬車便によってルシアナに仕えることとなったメイドの少女、メロディ・ウェーブ。平民の少女アンナとして王都に繰り出したアンネマリーは、一度だけメロディとデートをしたことがあった。その行程はまるでヒロインと王太子クリストファーの間で行われるはずだったデートにそっくりで、アンネマリーが知る限りこれ以降メロディがヒロインらしい行動を取った様子はない。これらの事実からアンネマリーは代理ヒロインという答えを得たものと思われるのだが……まさかモノホンのヒロインとデートしていたなんてアンネマリーに分かるはずもなく、知らないうちに斜め上の発想に行き着いてしまっていることに彼女はまだ気付いていない。


「そういえば、見逃した俺達と違ってマックスは見たんだろ、金髪のセシリア。どんな子だった?」


「いえ、一応見ることは見たんですが、休憩エリアにいた時にチラッと目にしただけで細かい容姿とかはあまり覚えていないですね」


「でも、同性カップルダンスは近くで踊ったんだろ? 顔とか見なかったのか?」


 不思議そうに首を傾げるクリストファーに、マクスウェルは苦笑いを浮かべてしまう。


「あの時の俺は女性役で踊ったから結構神経を使っていたんだよ。残念ながらそのセシリアという女性についてはほとんど覚えていることはないね」


「美少女チェックは男の基本だろう。全く、何やってんだよ」


 こいつマジ使えねーとでも言いたげに、頭を左右に振るクリストファー。そんな彼にアンネマリーは冷たい視線を向ける。


「クリストファー様、後ほど二人きりでお話いたしましょう。ね?」


「……いや、問題ないよ。ああ、必要ないとも」


「ふふふふ、そう仰らずに。大切なお話ですのよ」


「いやいや、アンネマリーの気にしすぎというものだ。うん、そうに違いない」


「ははは、アンネマリー嬢。焼きもちもそれくらいにしたらどうだい?」


「「焼きもちではない」」


 二人のセリフは被ったが、その内面は大きく異なっていた。


(は? 焼きもち? 私が、こいつに? ちょっとマジありえないんですけど)


(は? 焼きもち? こいつが、俺に? アンナにそんな可愛げあるわけねーじゃーん!)


 これで世間からは婚約も秒読みとか思われているのだから、恐ろしい話である。


(あはは、仲の良いことだ)


 一番近くにいるマクスウェルですら勘違いしているという悲しい現実。二人の演技力が良すぎてしまったのか、それとも色々と間が悪かったのか。まあ、どっちもなのだろうが、誤解が解ける日はいつになるのか予定は未定みたいな状況である。

 結局、マクスウェルの執り成しもあって、二人きりでの話し合いはうやむやになるのであった。


「俺の方は兎にも角にもルシアナ嬢が帰還するまで待つしかないとして、君達は今まで何について話し合っていたんだい?」


 これにはアンネマリーが返答した。


「私達の見た夢によると、この八月の間魔王に動きはない可能性が高いのですが、月末に開催される夏の舞踏会に魔王討伐に重要な役割を果たす人物が姿を現す予定なのです」


「魔王討伐に重要な役割を果たす人物。王国にそのような者が?」


「いや、我が国の者じゃない。そいつは夏の舞踏会で初めて登場し、二学期から俺達の学年に留学してくるんだ」


「外国からの留学生? 一体どこの国から……」


「シュレーディン・ヴァン・ロードピア。北方の隣国、ロードピア帝国の第二皇子ですわ」


「ロードピア帝国から皇子が留学してくる!? そんなことがあり得るのかい? だってあそこは」


「仮想敵国、だもんな……」


 クリストファーは面倒臭そうに嘆息した。

 テオラス王国は西と北を他国と接しており、西は友好国だが北のロードピア帝国とは長年反りが合わず、あまり良好な関係とは言い難いのが現状だ。百年ほど前に一度戦争をしたことがあり、現在は相互不可侵協定を結んでいるものの、いつ帝国側が破棄して攻めてくるか分かったものではない――と、思われる程度には微妙な関係が続いている。


 そんな中、このままではいけない、今後のためにも関係改善を図らなくてはと声を上げたのは帝国の皇帝であった。彼はその第一歩という名目で、第二皇子シュレーディンを留学生として王立学園へ派遣するのである。


「それが事実であるなら素晴らしいことだとは思うけど……」


 クリストファーの説明に眉根を寄せるマクスウェル。アンネマリーへ視線を向けると、彼女は悲しそうな表情で頭を左右に振った。


「残念ながら、私達が見た夢ではそういった建前の裏で皇子とその周辺が王国への侵攻作戦の事前準備を整えていくとのことでしたわ」


「同学年である俺に対する情報収集も仕事だったみたいだな。侵攻作戦をするうえで王族の情報を集めておくことも重要だろうしな」


 説明を聞いて、マクスウェルは思わず生唾を飲んだ。二人が見た夢が現実のものとなれば、王国は窮地に立つことになるかもしれない。最悪、国内に戦火が広がる可能性もあり、マクスウェルの緊張感はどんどん高まっていった。


「……第二皇子シュレーディン。俺は情報を持っていないな。どんな人物なんだい」


「見目麗しい男性ですわ。雪が降り積もる土地柄ゆえか白磁のような白い肌に、煌めく金の髪。軍事国家の皇子に相応しく、しなやかにして鍛え上げられた体躯はまるで彫刻のようで、髪色と同じ金の瞳は雪国の厳しさを体現したかのように怜悧で鋭い。まさに氷の貴公子のような方です」


「あと頭がキレる。策謀とかが得意な男だ。正直、俺では勝てる気がしないな」


「君がそんなに言うほどの人物……危険だね」


「ああ、危険だ」


「選択を誤れば、魔王討伐の鍵になるどころか王国の怨敵になりかねない人物、それが――」


(乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』の第五攻略対象者シュレーディン・ヴァン・ロードピア!)


 心の中でそう呟き、アンネマリーは無言を貫いた。それがより一層、マクスウェルの緊張感を高めていく。


「もし、君達の夢の通りにこの一ヶ月が何事もなく終わるというなら、我々がすべきことは第二皇子の襲来に備えることでいいのかな?」


「ああ、俺もそれでいいと思う。……思ってるんだが、うーん」


 クリストファーは腕を組んで唸り始めた。アンネマリーも頬に手を添えて困ったような表情を浮かべている。何やら先程までの張りつめたような緊張感もなぜか霧散しており、マクスウェルは虚を突かれたように二人を交互に見やった。


「えっと、どうしたんだい急に。何か問題でも?」


「いや、問題というか何というか」


「ええ、この事態をどう判断してよいものか」


「……何なんだい? 勿体ぶらずに教えてくれないか」


 二人はチラリと目くばせをすると大きなため息をつき、クリストファーが言った。


「来てないんだよなぁ……留学の打診」


「来てない? それはつまり、第二皇子の留学の打診がかい?」


「来月留学なのですから準備を考えればとっくに打診があってしかるべきなのですが、どうもそういった話は全く王国には届いていないようなのです」


 ため息をつく二人を前にマクスウェルは思った。


(さっきまでの張りつめるような緊張感は何だったんだろう……?)


 そしてどうしても言いたくなって、彼は二人に告げた。


「信じていないわけではないんだけど、何というか君達の夢って……あんまり当たらないね?」


「「それは言わない約束でしょう!?」」


「いや、そんな約束してないけど……」


「「はぁ」」


(現れないヒロインの次はとうとう第五攻略対象者も現れないとでも言うつもりかしら? これもまた、私達が起こした行動による結果、バタフライ効果だとでもいうのかしら?)


 侵略を志す帝国の皇子に来てほしいかと問われればお帰りくださいと言いたいアンネマリーではあったが、あまりにシナリオから外れ過ぎる状況はどうにかならないものかと、嘆息を抑えきれないアンネマリーとクリストファーなのであった。

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