地球と救世主さま

志鳥かあね

地球と救世主さま 上


 クリスマスイブの日、青や白などのきらびやかなイルミネーションが飾られている町中。周りを見ると家族で歩く姿も見られるが、やはりいつも以上に多いのは男女のカップルだ。

 だが、俺には関係ない。今は恋人を作るよりやるべき事があるからだ。


 受験勉強。


 そう、冬は学生が一度は経験するであろう受験の時期でもあるのだ。

 ここで勉強を頑張っておかなければ次には進めない。しかし闇雲に勉強ばかりしていては駄目だ。健康面にも気をつけなければ。

 誰でも気を付けている受験における基本的なことだが、つい勉学に励みすぎて疎かになるやつもいるからな。

 試験日に風邪でふらふらになって、途中退室しまった去年の俺に小一時間説教してやりたい。


 かくして俺は目標の大学には受からなかった。あの時は落ち込んだ。我ながら何たる事だと、今でも後悔している。

 でもへこたれてなんかいられない。俺は頑張って目標の大学に入るんだ!


 今日、家から出てきたのは勉強の気分転換にである。いくら受験生でもずっと家にこもってばかりだとさすがに応えるからな。

 健康面には配慮し、風邪をひかないように防寒対策をして出かけた。

 俺はちょっとしたクリスマスの買い物を済ませ、寒さに震えながら帰り道を歩いていた。

 帰ったら生姜鍋でも食べようなどと考えていると、視界に入った女の子が何故かこちらを見ている。


 もこもこした白いボアジャケットに赤いスカート。黒タイツにブーツを履いているどこにでも居るような中高生くらいの女の子。

 そしてそんな彼女が俺の方を向いて手を振った。

 後ろに誰か居るのかと思い振り向いたが、誰も居なかった。


 どこかで会ったことがあるのか、少し考えたが、やはり覚えが無い。

 これは何かの出会いなのか。少し心臓が高鳴り、俺は誘惑に駆られた。

 だが、すぐ去年の受験のことを思い出し、気を引き締めた。

 受験のためにも、なるべく関わらない方がいい。

 俺は無視をして、女の子の横を通り過ぎた。


「あのー」

 女の子が俺に声をかけてくるが、俺は見て見ぬふりをして早足で歩いた。

 諦めずに女の子は追ってきて、俺に声をかけてくる。


「あっ!」

 女の子のすっ飛んだ声に驚き、軽く振り返ると何かに躓いて転んだのか、女の子は地面にへたり込んでいた。

 俺はその様子を見て声をかけようと思ってしまったが、すぐさま頭を切り替える。


 今の俺には出会いより、受験だ。


 誘惑を押しのけ、俺は元の道を歩き出した。

「聞いてよー!」

 後ろで女の子が喚いた瞬間、俺の体がふらふらと揺れた。

 いや、揺れているのは俺じゃなくて、地面の方だった。地震だ。

 最初はちょっとした揺れかと思ったが、段々強くなってきている。


 周りの通行人も驚いていて、その場に静止しているものや、慌てて逃げ出すものもいた。

 俺は周りを見渡した。女の子はまだ地面に座った状態のまま、喚いていた。

 ふと俺は女の子の隣にブロック塀があるのに気づいた。はっとした俺は急いで駆け寄り、女の子の手を引っ張って立ち上がらせ、そこから離れさせた。

 その後すぐにブロック塀は崩れて、先ほど女の子が居たところにはコンクリートブロックが落ちていた。


「大丈夫か?」

 しばらくすると揺れは収まった。

「ありがとうございます」

 女の子はスカートのほこりを手で払ってから、頭を下げた。

「ああいうところは崩れるから危ないよ。余震があるかもしれないから危ないところには近づくなよ」

「あの、救世主さま!」

「救世主?」


 助けたのは確かだが、救世主とは言いすぎな気がする。まあ悪い気はしないが。

「助けてください!」

 この子は何を助けて欲しいのだろう。今助けたじゃないか。それともこの大きな地震で家族のことを心配してだろうか?

「地球の危機なのです!」

「は?」


 突拍子もない発言に驚いた。

 地球の危機と言えば、ノストラダムスの大予言やハルマゲドン。だがそんなのはもう古い。今度はマヤ文明の暦で滅びるとか言ってるけど、これも本当かどうか謎だ。というか、それ来年の事じゃないのか?


「お願いします!」

 この子と関わってる方が受験の危機な気がする。

「地球の危機だか何か知らないけど、俺、何も関係ないから」

「お願いします!」

 俺はそそくさと行こうと思ったが、女の子は俺の腕をつかんできた。

「放してくれ」

「行かないで下さい!」


 俺はなんとか女の子の手を無理やり離し、指を指してきつく言い放った。

「いいか、俺はそういうのはこれっぽっちも関係ないから! くだらない事言ってるんじゃねーよ」

「え? 何ですか? 指で地球が救えるんですか?」

「おまえ俺の話ちゃんと聞いてる?」

 すっかり話を切り替えられた。俺の指を握り、女の子は言った。

「この指が地球を救うのですね!」

 こいつはヤバイ、完全におかしい。全然話聞いてないし。


 俺は女の子の手を払いのけた。ふと女の子が耳あてをしていたのが気になった。

 もしかしてこれで聞こえてないとか……そんなことはないよな。と、女の子の頭から耳あてをはずしてみた。

「あっ」

 ちょっとの間、お互い固まっていた。

「そんなわけないか」

「あ、やっと答えてくれましたね!」

 女の子が明るい表情と声色で俺を見た。

 おい、耳あてで俺の声が聞こえなかったのかよ! どれだけ防音機能が優れているんだ。


 しかしその耳あてに気づかないまま話をしてるとは、あまりにもボケていて驚いた。なんだこの天然少女は。

「さっきから口パクパクさせて何かよく分からなかったんですよー。お魚さんの真似が好きなんですね」

 女の子はそう言って、笑った。


 ため息をついた俺は飽きれて言った。

「地球の危機やら、救世主だかなんだか知らないから……」

 俺は女の子の耳あてを返して言った。

「他を当たってくれっ!」

 捨て台詞を残し、俺は一目散に走って逃げた。

「ああ! 救世主さま!」

 女の子の嘆く声が聞こえ、少し追いかけられたが、走っていたら引き離せたようだった。


「なんだったんだろう……」

 俺は一人ぼやいて帰宅した。



 正月。クリスマスイブの地震は思ったより被害は酷くはなかった様だった。

 イブの日の変わった出会いもすっかり忘れて、俺は受験のために勉強をした。

 そろそろ受験間近、俺は自分の部屋でラストスパートをかけ、英語の勉強をしていた。

 するとドアを勢い良く開く音と同時に声が聞こえた。

「おい! 兄貴聞けよ!」

 突然弟が部屋にやってきた。


「なんだよ」

「地球が滅亡するんだって!」

「はぁ? お前そんなくだらんことを言いに来たのかよ。俺は勉強中だぞ!」

 俺は弟のくだらない話で勉強を邪魔されて苛立った。

「テレビ見てみろよ」

「なんでだよー」

「いいから!」

 渋々、テレビを見てみると、ニュースで地球の火山活動が活発になっていることがやっていた。


「これか? 問題ないっていってるじゃないか」

「テレビでは嘘を放送してるんだよ。インターネットで見たんだ! このままだと地球の火山が各地で噴火して、滅亡だって!」

「そんなのデマに決まってるだろ」

「本当だって! テレビなんかで放送したら、騒動が起きるから何もやってないんだよ!」

 そんなアホな。


 だが、本当に滅亡するなら、大変なことになるから放送はしない。

「この前の地震もその影響なんだって」

「ま、まじか?」

「あと一週間。ちょうど兄貴の受験日が一気に噴火する日らしい」

 弟は声を震わせてそう言った。


 うそだろ、地球滅亡なんて……。しかもよりにもよって丁度大学の試験日と同じ日なんて。

「俺は……」

 ここまで頑張ってきたのに地球滅亡なんて認めない。

「俺は認めないぞ!」


「だから地球を助けてください!」

 突然の声に、後ろを振り返ると女の子が居た。もこもこした白いボアジャケットに赤いスカート。

「君は確かクリスマス地震の時の……」


「こんにちは」

 可愛らしく頭を下げて、女の子は挨拶をした。

「うわっ、兄貴! いつ女の子連れ込んできたんだよ!」

 さっきまで声を震わせていた弟が勢い良く言い出した。

 俺はそんな弟をなんとか、部屋から追い出した。

 しかし、どこから入ってきたのか。地球滅亡の危機の事と同時に頭が混乱する俺。

「で、君どこから入ってきたわけ?」

「早くしないと地球が滅びてしまいます!」

「だからどういう……」


 相変わらず、あの防音耳あてをつけっぱなしにしていたので、俺は外した。

「あ」

「これで聞こえるだろ」

「忘れてました」

 照れ笑いをする女の子。

「で、君は一体何なんだ?」

「私は地球と申します」

「は?」

「だから、地球なのです。これから滅亡されかかってるのはこの私なのです」

 とにかく不思議少女だという事は十分に分かった。

「地球って変わった名前だね。ペンネームか何か?」

「信じていませんね!」

「うん」

「じゃあこれならどうです」


 カタカタと部屋が揺れだした。揺れは大きくなっていく。

「わっ! じ、地震か?」

「信じてくれますか?」

「信じるも何もたまたま地震が起こっただけだろ! ほら、早く机の下に隠れろ!」

「信じてませんねー!」

 女の子は隠れるどころかほっぺを膨らませて怒って言った。

 揺れが段々酷くなっていく。まさか本当にこの女の子が地震を起こしてるのか!?

「わ、わかった! 信じるから、地震やめろ!」

「はい」

 と女の子が言うと、揺れが収まった。

 弟が心配する声が聞こえたが、適当に追い返しておいた。

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