どうせ地球は回ってる
東上西下
第1話 どこかの町の話
誰かが祈った。自分の幸せを、他人の幸せを――もしくは蜜のように甘い、他人の不幸を。
誰かが叶えた。どこからか聞こえてきた他人の願いを、無責任なその祈りを。
誰かが咎めた。願いを自分で叶えようとしなかった誰かを、そしてそれを叶えた愚かな誰かを。
「はあ……はあ……」
夜の静けさをかき分けるように、1人の青年は息を切らしながら走っていた。周りには街灯が少なく、家並みの明かりも乏しい。明かりと言えば月がぼんやりと足元を照らして、何とか躓かないように走れる程度の道だった。そんな道を懸命に走り抜ける青年は、再度後ろを振り返り毒づいた。
「まだ追いかけてきてるのか!」
薄い明りの中からでも自分を追いかけてくる化け物の気配は十分に伝わってきた。タッタッタと規則正しくなる足音や細かい息遣い。そして何より、今まで向けられたことのないような純粋な悪意が化け物の存在を青年に伝える。
「勘弁してくれよ」
普段から何かに巻き込まれることが多いのは青年自身自覚はしていたが、まさか夜道とはいえ歩いているだけで通り魔に襲われることになろうとは思ってもいなかった。青年は大きく息を吐いて乱れた呼吸を整える。
走ってきた道も終わりに差し掛かった。目の前に見えるのは公園の外周を覆う背の高いフェンスとその直前にあるT字路。つまりここで青年は右に行くか左に行くかの二択を迫られるのだが、
「どっちだ……?」
がむしゃらに逃げてたどり着いた見慣れない道が突きつけてくる2択は、とても理不尽なように思えて、青年は走りながら頭を悩ませる。後ろからの迫ってくる化け物の足音の大きさから察するに、立ち止まって考える時間はなさそうだ。そう判断した彼は、T字路に差し掛かるまでの短い時間に頭を働かせる。
自分の方向感覚を信じるなら大通りは右。しかし、ぱっと見た限りでは、左の道は街灯の数が多く、心なしか右の道よりも若干太くなっているような気がした。
「どっちなんだよ!」
体力を消耗するだけとは分かっていても思わず声を荒げてしまう。化け物とは少しは距離があるとはいえ、青年が精神的に追い詰められているのは確かだ。
今までいろいろな面倒ごとに巻き込まれて経験を積んできた青年の直感はこう言っている。一方が正解でもう一方がはずれだ、と。この体感5分くらいの通り魔との鬼ごっこも、事の成否はこの2択にかかっているのだと。
「俺は――」
T字路に差し掛かる。もう悩んでいる時間は無いと感じた青年は、ギュッと目をつぶると覚悟を決めてそのままの速度で道を曲がる。
そこから1分くらいは走っただろうか。青年はまばらだが人通りのある駅前の道に出ることができた。後ろを振り返ってみても追いかけてくる足音は聞こえない。
「はあ……、助かった」
長く安堵のため息を吐く。そして疲れた足を引きずるようにすると、息が整うまで休もうとできるだけ人の多い場所を目指して歩いて行った。
後日調べたところによると、選ばなかったもう片方の道は住宅があるだけで、分かれ道の一切ない行き止まりだったことが分かった。
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