えぴそ~ど47 「勇者と駄女神とポッパニア ~邂逅~」

 

 イレギュラーゲートの向こうから声が聞こえたような気がして、私は二人に口を閉じるジェスチャーを見せた。


 耳を澄ます私達。

 そして鮮明に聞こえる声。


「――まあ、この世界は魔王に征服されていて大変だと。……ええ、ええ、あらそうぉ、それは本当にご愁傷しゅうしょう様――え? 地球にいる勇者様さえいればなんとかなる? ちなみにその勇者様のお名前は何というのかしら?


 ん、なぁに? へいへーぼんすけ? あらぁ、奇遇ねぇ。わたしの知り合いにも平兵凡介っていう人がいるのよぉ。とっても可愛くて弟みたいに思ってるのよぉ。わたしは凡ちゃんって呼んでいるのだけど、あの子はちょっと恥ずかしいみたい。

 

 え? その凡ちゃんが勇者なの? またぁ、そんな冗談……冗談じゃなくて本当? 聞けば分かる? じゃあそこにいるから聞いてみるわねぇ」


 すると、イレギュラーゲートからヌッと顔だけ出してくる胡桃子さん。

 心配している私達のことは露知らずといった感じで、胡桃子さんは凡介に問い掛けた。


「凡ちゃんって勇者なのかしら?」


「……え? いやあの、こいつロゼリアが言うには俺はポッパニアとやらを救う勇者らしいですが……あの胡桃子さん、誰と話しているんですか?」


「え? 誰って……誰かしらねぇ、ちょっと聞いてみるわね」


 顔を向こうに引っ込める胡桃子さん。


「「「……」」」


 誰からというわけでもなく、私と凡介とアラモードが視線を合わせたそのとき、また胡桃子さんが顔だけを出してきた。


「こっちに行ってから自己紹介するみたい。あ、凡ちゃんが勇者って言ったら喜んでたわよぉ。じゃあ、一緒に行くから待っててねぇ」


 再び胡桃子さんの顔が消える。

 

 そして、“わたしの家のお庭ですから大丈夫ですよぉ”、という声が聞こえたと思ったら、今度は体ごとこちらへと出てきた。


 

 一人、いや二人の異世界人をともなって――。



 ◆



「ここが、地球……ですか」


 スラリとした肢体に透けるような白い肌。

 それを瑠璃るり色の華美かびな衣装で包み込む女性は、格式の高さを思わせるしとやかな物腰でそう述べた。

 いや、実際目の前の女性は名家のお嬢様かなにかなのだろう。

 衣装もそうだけど頭上できらやかに光るティアラを見る限り、私にはそう思えた。


 その女性のとなりにもう一人の女性。

 こちらの、“幼児体型をちょっと肉感的にしたような女性”は騎士のような恰好をしていた。

 ただ着用している鎧はまるでビキニの水着みたいであり、防御力を度外視したようなデザインだった。


 その女騎士が私達を見ると、胡桃子さんに声を掛ける。


「あんだと同じよなヒューメニア族がいるだすっ。このながに勇者がいるだべか?」


 すっごいなまりっ!

 ポッパニアの地方の方かしらっ!?


「いるわよぉ。ほらそこに立っているの凡ちゃんよ」


 と胡桃子さんが、いつの間にか集まっていた[佐藤、鈴木、高橋モブキャラ]さんではなく、凡介に手を向ける。

 

「なぁるほどぉ、ごの方が勇者さまだっぺか……むむっ、あんれはっ!?」


 女騎士が表情を険しいものへと変える。

 その視線を追う私。


「く、くぱぁ、くぱぁ、ロ、ロゼリアちゃんの、くぱぁ、くぱぁ」


 池から這い出ようとしている『くぱぁ星人』、元いシコ郎がいた。


「い、いぃづのまに水棲モンスター『リザードファット』が地球にきでいたんだべがっ! ええぃ、ぶっちゃらだげっぽゲッダゲダにしだらんわあああああっ!!」


 後半解読不能っ!

 って、キモオタが水棲モンスターとか超ウケるwww

 いやいや、笑ってる場合じゃないわっ。

 あの女騎士、本気でっちゃいそうな顔してるじゃないっ!

 

 そして剣を構えるとシコ郎の元へ突撃する女騎士。

 でも凡介の横を通るときに、「あんれっ!?」と滑って転んだ。

 まるでヘッドスライディングのように、ズザザァァって。


 女騎士の手からすっぽ抜けた剣のグリップを、凡介が片手で上手につかむ。


「悪いな。足を掛けさせてもらった。その調子じゃ本気でシコ郎さんを殺し兼ねないと思ってな」


「あだだだだ。……ゆ、勇者さま、なぁにをするべだっ? あんれはポッパニアの魔物だべっ!? ほっどぐわけにゃぁ――」


「違う。あれはシコ郎さんで地球人だ。ところであんたの国ではどうだか知らんが、こっちでこれは銃刀法違反で捕まるぞ」


 凡介がキャッチした剣を女騎士に返す。

 その女騎士が、モヤモヤの晴れないような顔でティアラの女性の元へと戻ると、次にそのティアラの女性が口を開いた。


「この子の無礼をお許し下さい。この子は悪い騎士ではないのですが、考えなしに行動してしまう悪いくせがありまして。雇い主であるわたくしが代わりに謝罪致します。申し訳ございませんでした」


 深々と頭を下げるティアラの女性。

 横であたふたとする女騎士もそれに倣ってお辞儀をする。

 

「今度から気を付けてくれればそれでいい。それはそうと、あんたらは何者だ?」


 凡介が許すと、二人の異世界人がおもてを上げる。

 女騎士がキョロキョロと周囲に目を向ける中、ティアラの女性は澄んだ瞳をずっと凡介に向けて離さない。


 私がその瞳に、が内包していることに気づいたとき、ティアラの女性が凡介の質問に答える。


「わたくし達はゲートを開き、ポッパニアの地から勇者であるあなたを迎えに来た者です。まず、この子はわたくしの側近騎士であるパコチーノ・P・アンデルセン……」


「パコチーノ・P・アンデルセンだす。パコって呼んでほしいだす」

 

 紹介された女騎士――パコが会釈えしゃくする。

 続けてティアラの女性が一歩前に出たのち、自己紹介を始めた。


 ……それはどこかで予想はしていたこと。

 でもいざ現実のものとなると、愕然として――足が震えた。



「わたくしはポッパニアの王都サンディナの聖王女ホーリー・プリンセス、フローディアと申します。そして勇者であるあなたと婚姻のちぎりを結び、共に魔王に立ち向かう久遠くおんの伴侶でもあります――」 

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