第10話:数奇な出会い
どれくらい寝ていただろうか。夢現な状況のシズリはふとそんな気がしてしまう。
ただもう少し寝たいと思った彼はもう一度寝がえりを打つ。再び夢の中まで数秒という状況であった。
――――ゴゴゴゴ……
以前にも体験した感覚に全神経が逆立つような気分で跳ね上がる。上半身を起こしたシズリは地面に手を当てて、そして険しい顔に変わった。
「また揺れた……」
だが前回よりはかなり弱い揺れである。あの時のように二本足で立っていられないような揺れではなく、揺れを感じる程度のもの。それに彼が気づいた時には既に揺れは収まろうとしていた。
暫く待機して、揺れが収まったことを確認してから、シズリは他2人がどうしてるか顔を上げる。
ミウは寝た時からの位置を変えていない。少しだけ口を開けていて、寝息は未だに続いていた。イズルはまだ部屋に戻ってきていないのか、痕跡すら確認できなかった。
時間は夕方を迎えた辺りか。透明な壁から見える曇り空の色は微かに褐色に染まっていた。
「とにかく、彼女も……」
起こそうか、そう考えて伸ばした手が途中で止まった。
彼女のことだ。事情を伝えれば、天の災いだと言ってまた自責の念を与えかねない。それよりは黙っておいた方が彼女のためになると考えた。
そうなれば探す相手は1人しかいない。揺れが収まった頃合いを見計らい、シズリはイズルを探しにゆっくりと部屋の外を出る。
真っ直ぐ伸びた廊下に出た彼はまずこの階の部屋を探し回った。大きい部屋、小さな部屋を幾つか見て回る。しかし所々扉が歪んでいるのか開かないところもあり、そこまで数を調べることにはならなかった。
兄がこの階にいないことが分かると、彼は階段を使って下の階へと降りる。とりあえず揺れが収まった以上、慌てて探す必要はないと判断している彼は折角だからこの建物を探索しようとしていた。
下の階に降りて、さあ次はどこから探そうかと辺りを見回していたところだった。
「うん?」
小さな音が彼の耳に届く。何かが駆動し、その振動で揺れているような音であった。もちろん彼は行きの時にそんな音を聞いた覚えはない。
彼は更に耳を傾いでその正体を探ろうとする。すると、先ほどよりも大きな音が聞こえた。しかもそれは耳障りのような雑音に近い音である。
「ザザ、ザー! ザザザザ」
「何だこの音……」
音の正体はどうやら階段から左手奥にある一枚の扉の先である。そこへ近づくと音はどんどん大きくなる。
『認められし者は天壇にて天の声が聞こえてくる』
まさか本当に、と疑いながら彼は迷わず扉の向こうを確認しようとした。だがここも扉が固く、中を覗くことが出来ない。
何か道具が必要かもしれない。
そう思って再度力を込めると、扉はまるでつっかえてたものが取れたように勢いよく開いた。全体重をかけていたシズリは頭から滑り込む形で倒れながら入室してしまう。
「いでで。って、なんだ……これ」
警戒し、顔を上げて部屋を見渡そうとした彼はある物を目にする。
それはてるてる坊主を模り、そこに人間のような形の腕が付けられた遺物であった。大きさは彼の胸元ぐらいで3.5尺程度、固い装甲に上部は黒い帯を巻き付けるように付けている。他は白で塗装されているようで、凹凸も少ない形をしていた。
だが、綺麗すぎるからこそ不気味に感じるものがある。シズリは得体も知れない巨体に少なからず警戒心を強めた。
立ち上がって、若干離れようとしたとき、そいつはいきなり起動した。黒い帯から緑色の点が浮かび上がり、左右に動かす。
と思ったら、そいつはビービーと警告音をかき鳴らしだした。
「人ヲ感知。ジシンノケイホウデス。ジシンノケイホウデス!」
「うわ!! な、なんだ!?」
「緊急ニヨリスリープモード解除。警告、バッテリー残量ノコリ僅カ。ジュウデンガ必要」
「……これ、喋るのか?」
「マタ部分ノ損傷確認。ツウシン機能及ビゲンゴ機能ノ損傷、ジーピーエス、クロック機能ノ一部損傷デス。早急ニ本製品ハ修理スベキデアルタメ、ツウワシマス」
「あ? え? お?」
「製品ガイシャヘツウワヲ試ミマシタガ反応アリマセン。ワイファイ環境ニイナイ可能性ガアリマス。……確認シマシタ、オフライン環境ノ対応ニナリマス」
「……はあ」
「本製品ハ54ネン11ガツ26ニチノ起動トナリマス。オハヨゴザイマス」
「あ、おはようございます」
最後の挨拶だけはシズリでも分かった。だがそれ以外は何も分からない。
通じないという歯がゆさと気持ち悪さを感じ、抑揚もない音声に奇妙な感覚を覚えていた。
まだ生きた遺物がここに存在し、そして自分が来たことで反応を示した。
どうやって。彼の頭にはそんな疑問しかない。
どれだけの時を眠り続けていたのだろうか。何を食べて生き延びたのか。
物が動き、そして話す。過去を追う渡り屋であれば、歓喜の瞬間であろう。しかし、まだ駆け出しの彼は頭の処理が追い付いていない。目の前の出来事にただ驚かされていた。
相手は分からないことばかりに困惑しているシズリを緑色の点で捉えた。
「対象ヲ確認。アクティブ機能ニ移行。ガイトウシャノ過去データ参照…………本製品ニ該当ナシ。登録ヲオ願イシマス」
登録というその言葉を繰り返され、慌ててシズリは鞄の中から筆を取り出そうとした。
「どこかに、書き込めばいいのか? その黒い帯か?」
「本製品ノ登録ハ名前デス。名前ノニュウリョクヲオ願イシマス」
彼の緑色の点が光ると同時に、目の前にうっすらと浮かぶ光の粒子が投影される。それらは大量の記号と、枠組みを空中に描く。驚かされることばかりだが、これで何かをしてほしいと言われても正直手に余る。
「これ、どうやって操作すればいいんだ?」
「ニュウリョクヲ、オ願イシマス」
「そもそも、そのニュウリョクって言葉が分からないんだけど……」
「おいシズ。これは一体どういうことだ」
「俺にも何が何だか――――て」
困り果てていた彼に助け舟。しかもイズルとミウと2人である。
どうやら音を聞きつけ、一緒にここまでやってきたようだ。あれだけ耳をつんざくような警告音があれば、気にならない方がおかしい。
動き、喋る物を見た2人は先ほど見たシズリと同じように驚き、分からないという表情を見せていた。
「これは一体なのですか? まさか天壇にこのようなものがあるなんて聞いたことがなかったです」
「うーん……勝手に動いて、勝手に喚いているとだけ分かってる。でもそれだけ。名前さえ、分かってないぐらいだ」
「名前デスカ? 本製品ハ対話型ロボット、登録名ディーパ、デス」
3人は一斉にディーパと紹介してくれた遺物を見る。今もまだそれは投影を続けていて、そして同じ言葉を繰り返した。
「ディーパ、それが名前だって言いたいの?」
「ハイ。対象ガ複数トナリマシタノデ、改メテガイトウシャノ過去データ参照…………本製品ニ該当ナシ。登録ヲオ願イシマス」
「こいつ、ずっと喋ってるのか?」
「うん。今まで色々騒いでたよ。よく分からないけど、ワイファイとかジーピーエスとか言ってた」
「なんだその凄そうな単語は。昔の人の暗喩か?」
「そうか。もしかしたら天の声の正体ってこれなのかもしれない」
「え、そうなのですか?」
3人が3人とも聞きたいことや知りたいことがある。だが答えを持ち合わせていない3人はただ憶測でしか話すことが出来ず、結局は机上の空論と呼べる議論でしかなかった。
「タイムアウト。ニュウリョクエラーニヨリ、皆様ハゲストニナリマス」
そう言ってディーパと呼ばれるそれは投影をやめてしまった。
続いてそれはやがてポーンと閃いたような音で皆の注目を集めさせる。
「続イテ事前セッテイ確認。カード端末ヨリ、アルジノ位置ヲ確認シマシタ、セッテイニ従イ、移動ヲ開始」
「お、おい。なんだ。急に動き出したぞ」
「どこかに向かいたいの?」
「アルジノ場所ヘ向カイマス」
シズリが首を傾げている間に、ディーパはコロコロとローラーを使って移動を始める。
気になるのはどこへ向かおうとしているか。ディーパは外へ出るとそのまま右手にある隣の部屋へと移ろうとしていた。扉を開けようとそれは前に立つ。そしてその後ろに付き従うように3人は様子を見守っていた。
そしてディーパは特に迷いもなく扉を開ける。書庫のような色々な書物が置いてあるこれまた薄暗い小部屋に、入っていくのであった。
3人も互いの反応を伺い、そして後に続こうとする。が、そこで生臭く、鼻が曲がる腐敗臭に彼らは顔を歪ませた。
「なんだ、この匂い――――」
言いかけてイズルの顔はサッと青ざめる。そしてすぐに2人に見せまいと、手で進行を阻止しようとした。
だがもう遅い。それを見たミウは「ひッ……!!」と悲鳴を上げそうになった口元を手で抑え、シズリは顔を歪めながら拳を強く握りしめた。
「……あれ親子の、遺体、かな」
大きさが違う2つの骸。それが部屋の奥に佇むようにして鎮座していた。
彼らにとって衝撃的な光景だ。心の準備も覚悟も決めていない3人には酷な内容であり、理想だけの過去ではない、惨状といえる過去の姿に頭の中の整理が追い付かなかった。
「おいディーパ。これはどういうことだ」
「……」
ディーパは何も答えず、寄り添う2つ骸に近づく。3人はその様子を眺めるしかない。
そして目の前まで近づくと、そいつは寝ている者を優しく起こすような抑えた言葉で、それに伝えていた。
「オハヨウゴザイマス、オハヨウゴザイマス。救援ガ来マシタ」
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