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 この世界に来て、半月が過ぎた。

 それなりに生活感があふれるようになった家の一室に、三人とも集まっていた。


「ジョシュア、今日は王宮に行くよ。行儀の悪い子は首をちょんぎられるから、良い子にしてないと駄目だよ」

「ちょんぎられ……ふえっ」

「そんなことないから! 子供に不要な恐怖心を植えつけない!」


 少年はジョシュアって名前らしい。ジョシュアの本名は一応聞いたけど、不用意に他人に教えないように何度も何度も言い聞かせた。だって、名前で相手を操るなんて便利……いやいや怖い魔術もあるんだから。

 ジョシュアは勇者になるんだから、そっち方面でも気をつけないとね。勇者が魔族に操られて一緒に世界を破滅に導きましただなんて全く笑えない。


 ちなみに、神様の名前はシン・なんとかかんとかって、えらく長かったから覚えてない。フルネームで呼ばなきゃいけないような必要性にせまられてるわけでもなし。


「人の話聞こう!? ねぇ聞いてる? 聞いてないよね?」

「聞こえてる聞こえてる」

「聞こえてるのと聞いてるのとでは違います!」

「あぁあぁ、いやだいやだ。人のあげ足とる人……じゃないけどまぁいっか。ジョシュア、こんな大人にだけはなっちゃダメだよ?」

「うん」

「頷かないで! それから、その台詞せりふ、そっくりそのまま君に返すよ!」


 あー聞こえない。


 ジュシュアは最初の何日かこそぐずり続けた。

 けれど、名前のことと同じように言い聞かせたら、完全に納得というか理解はしてないんだろうけど、だいぶ今の暮らしに前向きになっている。特に同じ境遇というのもあってか、私には結構すぐになついてくれた。その歳で物分かりがいいのもなんだかって気はするけどね。

 その分、毎晩寝ていると、のそのそと私のベッドに潜り込んでくる。自立をうながすために、最初は彼のベッドに戻していたけど、また数時間もせずに舞い戻ってくる。つい楽しくなって何往復かさせたら、しまいに泣き出したのでやめた。自分のベッドで寝させるのを諦め、今ではほぼ私のベッドが二人のベッドと化している。

 泣くまでやるなんてとシンにお小言をもらったけど、泣いてもするSっ気はない。だからまだマシだと私は勝手に思っている。勝手に思う分は自由だからね。


「あーもう! 馬車来たみたいだから行くよ!」

「カリカリしてんねー。カルシウム取った方がいいんじゃない?」

「誰のせいだと!?」

「自分のせい」

「そーだよ! 君を選んだボクのせいだよ! ……って違うわ!」


 いやぁー、シンってばツッコミうまいよね。だからボケてあげたくなるんだよ。


 まぁそれはさておき、ジョシュアに外套がいとうを着せ、私も魔術師であることを示すという黒いフード付きのコートを羽織る。


 外に出ると、確かに馬車が待っており、シン、ジュシュア、私の順に乗り込んだ。シンの姿が見えてない周りからすれば私とジョシュアだけに見えるんだろうけど。


 私達が今住んでいるのは王都から少し離れた街で、馬車で一時間半ほどかかる。

 王都程の華やかさはないけれど、十分にぎやかだし、毎日開かれる市場も活気を帯びている。貴族が多く住む王都では市場を開く場所がどうしても限られるため、市場が開かれる規模としてはこの街が一番だ。買い物にも便利だし、ジョシュアが入学するだろう王立の学校に入るまで、あと数年はここに住むことになるだろう。


「……暇だねぇ。馬車じゃなくて、転移魔法使った方が早いんじゃないの?」

「それは無理。そんな簡単に転移魔法なんて使えたら、王宮の安全とかなくなるでしょ。あそこには魔法を無効化に近い形にする術がかけられてるの。だから無理」

「やってみなきゃ分かんないんじゃない?」

「ならやれるもんならやってみれば? 術をかけたのは、神々の中でも……」


 私が指をパチンと鳴らせば、次の瞬間、そこは絢爛豪華けんらんごうかな王宮。そして、玉座に深々と座る国王であると思われる人物も。こうべを垂れるたくさんの人達からして、いわゆる謁見えっけんの間なのだろう。


「………着いた」


 信じられないとつぶやくシンを置き去りに、私はジョシュアの手を引いて軽くお辞儀をした。


 王も臣下達も突然現れた私達に一部を除き狼狽うろたえている。

 まぁ、当然、侵入者判定食らうわな。しかも、神にすら無理と言わしめた転移魔法を使って現れた謎の二人組。


「……こ、この者達を捕らえよ!」


 臣下のうち、ぶくぶくと肥太こえふとった男が、そばに控えていた衛兵に叫んだ。男の声を受け動こうとする衛兵達。しかし、その足が二歩目を踏むことはなかった。


「何をしている!」

「か、体が……動かぬのですっ!」

「なにっ!?」

「どういうことだ?」

「この者達は一体……」


 ざわざわとうるさい外野は一切無視。私は玉座に座る王をしかと見あげた。


「初めまして。私、サーヤと申します。魔王討伐とうばつのため、やんごとなき方に異世界から無理矢理連れてこられ、この世界で生活している者でございます。この子は私の庇護ひごを受ける少年です」


 若干、無理矢理の部分を強調してやった。とことん根に持つ主義の私はきっと死ぬまでこれを許さない。隣に立つシンがそろーっと目線を外すのが横目で見えた。


「魔王討伐!?」

「そんなこと、できるわけが」

「隣国の魔術師の集団もダメだったらしいぞ?」

「しかも、女子供ではないか」


 はい、地雷ー。


 シンがどうしてもこれを着てくださいと最初から下手にでて渡してきたのがドレスだったから、それを着てあげたんだよね。だって、下手に出られればねぇ? 仕方ないなと思うじゃん?


 ………女甘く見んじゃねぇぞコラ。どこの男尊女卑だんそんじょひだこのヤロー。


 私はニコリと笑い………


「わぁー! 耐えて! 深呼吸!」


 皆にも見えるように顕現けんげんし、私の口をふさごうとしたシンの奮闘むなしく


「冗談じゃないね。なら、勝手に死ねば? 行くよ。もうここには用はない。あぁ、そう。せっかくここまで来たんだから、何か一つ置き土産をしよう」


 その身を持って己が身の過ちを知るが良い。


 指をパチンと鳴らす。すると、さっきまでうるさかったのが少しは減った。


「……なっ!」

「私の気の済むまでそうしてるがいいよ。いつになるかは分からないけどねぇ」


 一部の特にうるさかった連中を豚に変えてみた。参考は某ジブリアニメ。ブヒブヒこれまたうるさいっちゃうるさいけど、まだ許せる。何て言ってるか分かんないし。私もう帰るし。


「では、皆様。せいぜい頑張ってください。葬式には呼ばなくて結構。魔族側につくのもまた一興でしょうから」

「な!? ダメだよ!」

「シンは黙り。さ、帰るよ」


 私はきびすを返し、ジョシュアの手を引いた。


 うん、大人しくしているな。良い子だ。帰りに何かお菓子を買ってやろう。


「お待ちを」

「ご無礼をお許しください」


 すっと前に出てきて礼をとった青年二人組。顔を上げたその表情を見ると……笑顔だった。この状況で笑顔を見せれるような輩はなかなかいない。いるとすればそれは……。大体の想像がつくのでひくつく頬をなんとか抑えこみ、素早く逃げようとした。


「お待ちを、と」

「申し上げているでしょう?」


 笑顔が、怖かった。


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