異世界って色々と面倒だよね

綾織 茅

プロローグ

1



 ついさっきまで、家に帰りたい、パパとママに会いたいと繰り返し泣き叫んでいた男の子がやっと泣きつかれて寝てくれた。見たところ、まだ幼稚園児くらいだろう。


 子供は嫌いじゃないけど、これはあんまりだと思う。制服のリボンが鼻水まみれになってしまった。まぁ、どうせもう使わないだろうからいいけれど。


 だって、帰れない言われたし。神様バカに。

 大事なことだからあえてもう一度言おう。バカに。


「……あれ? 気のせいかな? 二回目、はっきりバカって言われた気がする」

「へぇ。自分がバカじゃないってそう言いたいの? どの口が? あぁ、この無駄に美形な顔についてるこの口かぁ。ふふ。むしりとってやりたくなるね。特に今、この瞬間とかに」


 事後承諾ならぬ事後説明を終えた神様の頬を鷲掴み、にこりと笑ってやった。


 ――氷室朔夜ひむろさくや

 名前の響きを聞いただけの大半の人は、私が男か女か分からず首をひねる。

 一時間くらい前までは、正真正銘の女子高生だった・・・


 とはいえ、男家族しかいなかったことも多少影響し、物心つく頃には兄達にも果敢に挑むほどの男勝りな性格になっていた。それに加え、高校に入ってそれまで伸び悩んでいた身長がいきなり百七十を超え、ついでとばかりに長かった髪もばっさりと切ってベリーショートにしてみた。


 そうなると、制服を着ていても時々分からなくなるらしい。学校の外だと私服で会うもんだから、なおさら。まだ付き合いの浅い友人達には、普通に笑いかけただけでも「ややこしい」と理不尽なまでに怒られることがたまにあった。

 

 そんな友人達も一年も経って、高二になれば慣れてもくれる。おかげで去年よりかは随分と過ごしやすくなった時期だというのに。二度と帰れないなんて、どうしてくれよう。


「しゅ、しゅみましぇんしぇした。……あにょ、はにゃしふぇふだしゃい」

「離せ、と? 何を? 主語、述語、目的語、きちんと入れて話していただかないと、私にはさっぱり分からないな。ほら、日本語は難しいと聞くだろう? フィーリングで、なんてものを求める奴がいるけども、そんなのは気心知れた仲間内でしか通用しないと私は思うんだよね? どうかな?」


 ん?とさらに微笑んで見せると、神様は途端に顔を青ざめさせ、最大限の謝罪をやってのけた。


「……グエッ」


 土下座って素晴らしいよね? 上から眺める景色は最高。踏み心地も格別。


「ボク、神なのに。これでも一応、大勢の信者がいる神なのに」

「ふーん。奇遇だね。私もある宗教の信者でさ。え? 名前? 神道って言うんだよ」


 神様が八百万もいるんだよね。なら、私をこんな異世界に来させて二度と帰せないなんて宣ってくれた一人バカくらい、いいんじゃないかなぁ?


「信仰する宗教が違えばその信じる神以外はみな悪になる。つまり、神だからといって万民に崇められると思ったら大間違いなんだよ」

「そ、それは極論なんじゃ……」

「極論? 極論っていうのは語弊があるんじゃないかな? それもまた一部では真理でもあるんだから。それかアレだね。人間と神の見解の相違だよ。自分の意見を相手に押し付けるのはいただけないんじゃないかとは思わない?」

「今まさしく押し付けられているような……」

「残念ながら、それは気のせいだよ。そう、気のせい。曲がりなりにも神を自称するなら……分かるよね?」

「……」


 とうとう黙りこくってしまった自称・神。

 ここに連れてこられたからには、本物の神様であることは一億歩ぐらい譲って認めよう。ただし、やっぱりこの状況はいただけない。


「それで? とりあえず、この子が勇者で、私が補佐ということでいいんだよね? でもさ、もう少し人選を考えなかった? この子、どう見ても幼稚園児だろうに。こんな小さい子を魔王と対決させて、本当に勝てると思ってる? それとも何? 勝つ気がないの?」

「と、とりあえず足を……」

「あ、忘れてた。ごめんね?」


 本当に忘れてたんだってば。そんな恨めしい目つきで見ないでよ。


「年齢のことなら問題ないよ。魔王に挑むの、十年後だから」

「……十年間、何するの?」

「この世界に慣れたり、修行とかかな?」

「……この世界の住人だったら慣れる必要もないし、修行をすぐ始められたんじゃないの? それに十年間も悠長にしてられるくらいなら、その魔王、本当に悪者なの? 私からしてみれば、この世界に連れてきた君の方が悪者にしか思えないんだけど。しかも、二人も必要だったの? なんなの、バカなの? 死ぬの?」

「……人選ミスった」


 私の口が悪いのは昔からだから、自分でも理解してる。だからって、直すつもりはさらさらない。


 最早、神様としての威厳を微塵も感じない、感じさせない。やる時には徹底的に、逃げ場なんて決して与えない。これ、私のモットー。

 相手が神? 相手にとって不足なし。しかも諸悪の根元ともなれば、ねぇ? 言い負かされるのぐらいは覚悟してもらわないと。


「……で、私にくれるものは?」

「え?」

「え、じゃなくて。なに、この世界に拉致ってくるだけで、後は見放そうなんて随分な話じゃないの? よもや、自分の仕事はもう終わり。これからは天界で高みの見物してようかな、みたいなこと、考えてないよね? ……アハ、冗談でも笑えないよね。あ、私、最近ね、遅ればせながらハリー・〇ッターに出てくる秀才少女に憧れててね。いやぁ、あそこまで魔法を一年生から使えるとなると、さぞかし気持ちいいだろうね。……言いたいこと、神様の君なら分かるよね?」

「わ、分かります。……それじゃあ、生活に困らない程度の」

「え? 今なんて?」

「……そこらの魔物を倒せる程度」

「ん?」

「……魔王と互角にやれる程の魔力を差し上げます」

「話が分かる神様で良かったよ」

「……マジで人選ミスったっ!」


 なんだか小声でごちゃごちゃと呟いている神。まるっと無視。

 鬼畜? 誉め言葉ですね。


「さ、早く拠点となる場所に連れてって」

「……了解です」


 こうして憐れな少年との共同生活が始まった。

 もちろん、神様も一緒だ。だって、こんな良いパシ……あ、なんでもない。うん。近くにいてくれた方が何かと……いいもの。そういうことにしておこう。



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