第23話潜入!ロリータコルセティア3


洋館へ足を踏み入れると、

三階吹き抜けの非常に大きく優美なエントランスが出迎えた。

天井には巨大なシャンデリアが輝き、

二階三階へとつながる二本の階段が左右から弧を描くように伸びている。


物珍しそうに見上げるレィル。


「はあー、すっげえなあ。

 いくら払ったらこんな家買えるんだ、まったく」


ザッハトルテは注意深く辺りを見回しながら進み、

階段を上がっていく。そのあとに三人も続いた。


「おい、さっきからなにコソコソしてんだよ。

 お前ここのギルマスだろうが」


ザッハトルテがレィルに強い視線を送る。


「お静かに!

 ……アナタがいるからですわ」


「……俺が?はあ?」


三階まで階段を上がると、左の廊下を進む。


「いいですわね。

 このままわたくしの部屋まで行ければ後は問題ありませんわ」


そう言ってザッハトルテが廊下の角に差し掛かった時、

角から人影が現れる。

出会い頭に、危うくザッハトルテとぶつかりそうになった。


「……キャ!」


「わぁっ!!」


「……!!!」


危うく衝突は免れたものの、ザッハトルテはその人影を見て焦りの表情。

現れた人影は少女。年の頃は17、8というところ。

黒髪でサイドテールの整った顔立ちに、

服装はフリルの多いブラウスにロングスカート。清楚ないで立ちだ。


「キルシュ…さん」


「あー、びっくりした…。あれ?ギルマス。

 こんな遅い時間に珍しいですね。何か急用ですか?


 ……って、え!?奥にいるのは、男性じゃないですか!?

 ここは男子禁制のはず!!

 ちょ、ちょっとギルマス!これは一体どういうことなんですか!?」


「よ、よりにもよって面倒な方に見つかりましたわ……。


 仕方がありません。

 メイ、イド。キルシュさんの口と手をふさぎなさいな」


「はい、お嬢様」


「え!?ちょ、ちょっと何をして!?むぐっ!?

 むぐーー!むぐーー!」


「わたくしの部屋へ連れていきますわよ」


三人は近くの部屋へとキルシュを押し込んだ。


「………………。

 なんかえらいとこ来ちまったな…」


呆れ顔のレィルも後に続き部屋へと入る。






「……で、これはどういう事か、説明してくれるんでしょうね?ギルマス」


洋館内の一室。

部屋も広く、内装も英国風で優美な趣きだ。絵画や調度品も並び、

カーテンのついたキングサイズのベッドもある。


ソファに座るキルシュ、その前に立つザッハトルテ。

その近くにレィルとメイ、イド。


「…まあそう怖い顔をなさらないで、キルシュさん。

 せっかくの可愛らしいお顔が台無しですわ」


「いいえ、サブマスターとして、これは見過ごせない事態です。

 この館は男子禁制。それはうちのギルド規律の基本中の基本でしょう!

 それをギルマスが破るなんて、考えられません!」


「わたくしはそのような規律を作った覚えはありませんけれどね」


キルシュは鬼のような顔でザッハトルテを睨む。

その視線は近くにいたレィルにも向けられた。


「あなたは!何者ですか!なんの目的で!」


その鋭い眼光にレィルもたじたじだ。


「いや、俺に言われても困る。

 俺はこのギルマスに半ば無理やりここに連れてこられたんだ。

 目的ならコイツに訊けって」


「…あら?目的なら、一番初めにお伝えしたはずですが?」


「………。覚えがねえな」


「スカウトですわよ。

 アナタは今日からウチのギルメンになって頂きますわ」


「………。いや、おかしいだろ色々と。」


キルシュが思わず立ち上がる。


「ちょ、ちょっと待って下さいギルマス!!一体何を言ってるんですか!?

 あー、もう!おかしいところが多すぎて!


 とにかくまず!彼は男性です!!」


キルシュはレィルを指さす。


「今は女性限定という事になっていますけれどね、

 わたくしは、女性限定と決めた覚えはありませんの。


 わたくしの眼鏡にかなう美貌と力を持った方のみ、

 元々はそういう基準だったはずでしてよ」


「何を屁理屈を言っているんですかもう!


 百歩譲って仮にそうだとしても、意味は大して変わらないでしょう!

 力は知りませんけど、

 この全身真っ黒ちんちくりんのどこに美貌があるっていうんですか!」


「お前も大概失礼だな」


「キルシュさん、そうやって表面的にしかモノが見られないうちは

 まだまだ乙女として、未熟な証ですわよ。

 真の清らかさとは無知な事ではありませんわ、

 すべてを見通したうえで受け入れる事、そうではなくて?」


「……はあ?」


「ですが、さすがにこのいで立ちでは

 彼の魅力も鳴りを潜めてしまいますわね。

 ですから、わたくしが相応しい状態にして差し上げますの」


「だから、結局俺にどうしろってんだよ?」


「着て頂きますのよ、ゴシックロリータの服を」


「着るって……ハァ!?

 それって彼に女装させるって事ですか!?ちょっと!…ええ!?

 ……もう何が何やら!」


キルシュは呆れを通り越し、混乱状態に陥っている。

レィルも呆れはてた様子だ。


「顔だのなんだの言ってる時点で嫌な予感はしてたが…。


 お前のとこのギルマスはいつもこうなのか?」


レィルはキルシュに尋ねる。


「え、ええ……まあ……。頭痛の種は大体いつもこの人ですけど……」


「約束だ。俺もそのくらいの辱めなら甘んじて受けてやるが

 女装なんかで俺が他のギルメンの前に立ってみろ。

 それこそ大混乱だぞ」


「そ、そうですよ。メイさんとイドさんは別ですけど、

 他のみんながそんなの見たら、大変な事になりますよ!」


「あらそうかしら?案外殿方だと気付かないのではなくて?

 幸い、お声も十分に可愛らしいですしね」


「んなバカな事があるかよ。

 つまりだ、俺に女装させてえわけだ。お前の望みはそれでいいんだな?」


「ええ、そうですわ」


「武器や全財産に比べたら、案外たいした事じゃねえな。


 …いいぜ、なんでも着てやるよ」


「ちょちょちょ!ちょっと!あなたも何を言ってるの!?」


「自慢じゃないが、そんな服を俺が着て似合うわけがねえ。

 それは自分が一番分かってる。

 だったらさっさと着て、やつを諦めさせる方が早いと思ってな。


 見てれば分かる、どうせ一度言い出したら聞かないタイプだろ」


「それはそうですけど…」


「意外に物分りが良くて助かりますわ。ではこちらへ。

 イド、あなた、ヘアアレンジのスキルがありましたわね」


「はいお嬢様。お申し付けの通り、取得済みです」


「よろしくてよ。ではこちらへいらっしゃいな。

 メイ、キルシュさんが余計な事をしないよう、念のため

 そこで見張っておいてくださいますこと?」


「はい、お嬢様」


ザッハトルテとレィル、そしてイドはクローゼットルームの中へ入っていた。

その様子を呆然と見つめるキルシュ。頭に手を当てる。


「頭が痛い……。私も大概だけど…

 メイさん、よくあんな人のもとに一日中ついてて平気でいられますね」


「……私たちは幼少よりお嬢様のお世話をしておりますので」


「…そうですか……はあ~…」


キルシュは深いため息をついた。




ガチャ


しばらくするとクローゼットルームのドアが開いた。

出てきたのはゴスロリ姿のプレイヤー、

上下ともに白を基調とした、フリルの多いゴスロリ服。

髪型はミディアムを後ろで二つに結っている。化粧なども施されていた。

それを見たキルシュは一瞬、言葉を失う。


「え……………???


 誰ですか……あなた……………?」


「おいおい何言ってんだ、さっき話したところだろうが」


「キルシュさん、だから言いましたでしょう?

 表面的な部分しか見られないようでは、まだまだと」


それに続き、ザッハトルテとイドも姿を見せる。


「え!これ、さっきの人ですか!?嘘!!

 かわい………いや、そうじゃなくて、ゴホン…」


キルシュは咳払いをしてごまかした。


「まったく…。だから言っただろ。

 絶対に俺には似合わねえって。鏡見て自分でも気分悪くなったぜ。


 で?気は済んだか?まさかこんな状態の俺を

 ギルメンとして迎えるなんてトチ狂っちゃいないだろ。


 もう元の服に着替えていいか?」


「あそうそう。アイテム欄を確認して頂いてよろしいかしら?」


「はあ?アイテムだあ?なんで今」


「いいから」


「なんだよ、ったく…」


そう言いながら、レィルは自分のウィンドウを開く。


「メイ、イド」


「はい、なんでしょうお嬢様」


「レィルさんを拘束なさい。あと目隠しも」


「かしこまりました」


そう言うと

メイはレィルを後ろから羽交い締めに、イドはレィルの目を両手で隠した。


「お、おい!お前ら何やって…!?

 やめろ!胸が当たってんぞ胸が…!!」


その隙を見てザッハトルテは、レィルの手を利用し、

開いているレィルのウィンドウの操作をしだした。


「えっと…ちょっと……何を……」


キルシュはそれを見て混乱した様子だ。


「やめろ!!コラ!離せ!!」


「はい、もうよろしくてよ」


ザッハトルテがそう言うと、メイとイドはレィルから離れた。


「お前今、俺のウィンドウいじってたろ!盗みでもしやがったか!?」


レィルはアイテム欄を確認する。


「………………。装備とアイテム、金は一応、無事みたいだな…」


「だからそういったものに興味はないと言いましたでしょう。

 パスロックしましたの。あなたのファッションデータをね」


「パスロックだと?なんだそりゃ?」


「パスロックとは、

 装備やファッションなどをロックして固定させることですわ」


「ロックして……固定………まさか!?」


レィルはウィンドウ操作するが時すでに遅し。

髪型やメイク服装、その全てにロックがかかり変更不可となっていた。


「お、お前…。そろそろいい加減にしろよ…。


 こんな格好までさせて、もう満足しただろ!!」


「嘘は……なんとおっしゃっていましたっけ?」


憤慨するレィルに迫るザッハトルテ。


「ぐっ……」


レィルは苦虫を噛み潰したような顔で拳を握っている。


「ちょっとギルマス、本気で彼をギルド入りさせるつもりなんですか…?」


「もちろんですわ。剣の実力は私が保証しましてよ。

 見た目もご覧の通り。…何か問題があって?」


「男性だとわかったら絶対大参事ですよ。

 確かに……黙っていればもしかしたら……わからないかもしれないけど」


「おいおいおい、お前はこっち側の人間だろうが!

 お前まで何を言い出してんだよ!?」


「ではこういたしましょう。

 レィルさん、アナタは口調や態度もそのままで構いませんわ。

 その上でルールを二つ決めます。


 一つめ、アナタは自分から男性だと明かしてはいけない。

 そして二つめ、アナタが男性だと他のギルメンに気付かれた時点で契約は解消、

 アナタは晴れて自由の身。


 このような取り決めはいかがかしら?」


「ついに完全に頭がおかしくなったなお前。

 俺がこのまま人前に出て男だってバレないわけがないだろう!


 …………いや……お前がそれでいいなら

 むしろ構わねえか…………。


 どうせ速攻でバレて終わりだ。

 そしたらもう、あの勝負はチャラってことでいいんだろう?」


「わたくしも元来嘘は嫌いなタイプ。女に二言はありません。

 その際には、もちろん

 ファッションロック解除パスワードはお伝えいたしますわ。


 一応言っておきますけどキルシュさん、余計な事はなさらぬようにね」


「……………………」


キルシュは反論こそしないものの、依然納得いかないといった表情だ。


「それまでこの格好ってのは拷問だが。

 結局一日やそこらで終わると思えばたいした事ねーな……。


 ……よしわかった。その契約乗ったぜ」


「ウフフフ。本当に物わかりのよい方で助かりますわ。


 ではもう夜も遅いですし、今日はこれで解散と致しましょうか。


 ちなみに明日、TSOの時間で午後三時頃、

 この館の表庭園でギルメン参加のお茶会が開かれますわ。

 そこであなたのお披露目をしたいのですが、ご都合よろしいかしら?」


「あーあー、わーったわーった。

 ほんじゃ、用が済んだんなら俺は行かせてもらうぜ」


「正門までお送りしましょうか?」


「必要ねえ。適当に歩いて帰る」


「そうですか。では明日を楽しみにしていますわ」


レールは部屋を出て、館の出口へと向かった。


 (ったく…、今日は散々な目にあったぜ。

 いや、明日もか……。


 まあいい。全財産取られた日にはそれこそ大損害だったしな。

 それを思えば赤っ恥くらい屁でもねえ……)


ガチャ


洋館の出口を開けるレィル。

外へ出てドアを閉めようとした時、館の中から声がかかる。


「ちょっと待って!!」


声をかけてきたのはサブマスターのキルシュだった。


「なんだあ?まだ俺に何か用か?」


「人に見つかると厄介ですので、ちょっとこっちへ…!」


そう言ってキルシュは館の外、

目立たない植木の陰へとレィルを引っ張った。


「ギルマスに訊いてもはぐらかされちゃって。

 あなたとギルマスは一体どういう関係なんですか?


 あなたもしかして………そういう服の趣味の人?」


「いやいやいや!冗談も大概にしろ!

 俺にそんな趣味はねえ!俺はだな……………」


レィルは今夜の出来事をかいつまんでキルシュに話した。


「なるほど。事情はわかりました。

 だからあなたはギルマスに逆らえなかったということですね」


「あーそうだよ。誰が好き好んでこんな格好するか」


「つまり私とあなたは、利害関係が一致するということ」


「まあそうだな。

 俺もさっさとこんなばかげたことはやめて、剣の腕を鍛えてえんだ。


 今日あいつと戦ってみてわかった。

 俺はもっと上の連中を見据えて、そいつらを乗り越えていかねえとってな」


「だいたいあなた、あの人と一対一で勝負するなんて、

 その時点でどうかしてますよ」


「名前と顔は知ってたんだが、

 戦闘能力については情報を入れていなかった。

 ああいう類の戦士だったとはな。


 いや…あの神器級を見せられた時点で気づくべきだったのか」


「手前味噌になっちゃいますけど、

 私はあの人より耐久力のあるプレイヤーを未だ見たことがないんですから」


「さながらTSO最強の壁役重戦士って事か。

 …ハッ、あの見てくれで。面白いな」


「面白がってる場合じゃないですよ!明日どうするつもりですか!」


「どうするもこうするも、このままバックレたところで俺は

 一生この格好で過ごさなきゃならないんだ。言われた通りにするしかないだろ」


「………あそうだ!じゃあ私が影で

 あなたが男性だという事を、事前に何人かのギルメンに話しておきましょう!

 そうすれば話はすぐに終わります」


「うーん…………。いや、それはいらない世話だな」


「え!?どうしてです!?」


「言っても約束は約束だ、いちおうスジは通したい」


「………。変なところ律儀な人ですね………」


「それにもしその小細工があの女にバレてみろ、

 あいつはへそを曲げて、一生解除パスワードを教えなくなるかもしれねえ。


 何よりもだ、こんなしょうもない女装で男だってバレないわけがねえ。

 そんなもん、大勢の前に出たところで、

 教えるまでもなく全員気持ち悪がって逃げるだろ。


 そしたら俺も御役御免だ。じゃあ俺は行くからな」


そう言ってレィルは庭園の中を門の方へと歩いて行った。


「…そうなればいいんですけど………」


レィルの背を見送りながらキルシュは一人呟いた。

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