第13話隠れた才能


「こーら綾乃、休みだからってまた1日中家にいるんじゃないでしょうね?

 宿題はやったの 」


「昨日のうちに終わらせた、これからやらなきゃいけない事があるの」


「また紀子の所に行くのね、全く…。休み休みやりなさいよ」


「はーい、わかってるって」


とある朝、一軒家の家庭、

台所で水仕事をする中年の女性、

その横のテーブルにはパジャマ姿の少女がいた。


朝食もそこそこに、少女は慌ただしく2階へと上がっていく。


「そうだ綾乃、今日の夜、お母さん遅くなるから…って、ちょっと聞いてるー?」


台所にいる女性は手を休め、階段の上へ向かって声を掛けるが反応はない。

女性はエプロンで手をふきながら階段を上がり、少女の自室の前までやってくる。


「ねえ、綾乃ー?」


少女からの返答はない。

部屋の扉には張り紙がしてあった。


"ただ今バイト中。入るべからず!"


「何がバイト中なのよ、まったくもう…、紀子にも後で言っておかないとダメね」




-------------



「よしっ!ログイン完了!」


大都市ローシャネリアの商業施設が連なる一角。

そこに少女はいた。


プレーヤーネームはアーヤ、茶色のおさげ髪に花の髪飾り。

服装はブラウスに長いスカート、至って質素な村娘といった様相だ。

年齢は 18、9と、現実よりもやや大人びた印象。


「もうこんな時間!はやくおばさんのお店に行かないと」




とある街の道具屋。

日当たり良好、少し高台にあり目立つ。立地の良さからお客は多い。

この店を経営しているのもまたプレーヤーだ。

自身の作った品や安く仕入れた品などを売り、利益を出している。


店内にいるのは、一人の女主人と客が数人。

女主人は二十代後半、店のロゴが入ったエプロンを身に着け、

茶色い髪は上でまとめ、お団子のようになっている。

プレイヤーネーム、ノリコ。


カランカラン


店のドアが開き、少女が店内へと入ってくる。


「ノリコおばさんおはよう!遅れちゃった~」


「アヤちゃんおはよう、いつもごめんね、手伝わせちゃって」


少女はカウンターの中にあるエプロンを取り、それをいそいそと付け始めた。


「ううん、私が好きでやってるんだもん、それよりもお母さんがうるさくてさ

 今日も、また一日家にいるのかーっ!て」


「ハハ、そうなんだ、これは、また姉さんから怒られちゃうかな…

 でもアヤちゃん、宿題とかはちゃんとやらないとダメよ」


「もう、おばさんまでお母さんみたいな事言うんだから…、

 とっくに終わってるって」


「あのー」


そう言ってる間にも、客らしき冒険者が女主人ノリコに話掛けてくる。


「あ、はいはいただ今。

 アヤちゃんごめんね、そこにある商品箱から、商品並べといてくれる?」


「はーい、わかりました」


こうして、アーヤのいつもと変わらない朝が始まったのであった。





ノリコの店の店内、時刻はそろそろお昼になろうというところだ。


「おっすアーヤ、またバイトやってんの?」


「あ、キリエ、おはよー」


店内の客も落ち着いたところで、アーヤに話しかけたのは

アーヤと同じ年頃の少女。 プレイヤーネーム、キリエ。


髪は緑でショートボブ、

服装は緑を基調としたローブに魔法帽、いかにも魔術師という雰囲気だ。


「ちょっとアイテム補充がてらね。

 相変わらずいい雰囲気だよね、この店」


「うん、私もすごく気に入ってるんだ」


「でもアーヤさあ、こないだインしてた時もここでバイトやってたよね?」


「うん、TSOではここにいる事が多いかな」


「飽きないの?」


「うん、飽きないよ?やる事もお客さんも多いし」


「生産系も面白いけどさー。TSOの醍醐味はダンジョンとかモンスターとか

 そういう冒険でしょやっぱ!」


キリエは杖を取り出し、ブンブンと振り回しながら話しを続ける。


「私もさすがに攻撃職になる勇気はないけど、補助でも結構楽しいよ

 ここにずっといるより、

 アーヤももっと色々やってみたら?」


「うん、そういう楽しみ方もあるかもしれないけど…

 私はいいかな。

 こうやって植物を育てて、アイテムを作って、それが楽しいし。

 お客さんもいっぱい買いに来てくれるしね」


「うーん、植物に水やるんだったら

 リアルでもできると思うんだけどなあ…」


「ア アーヤちゃん、ちょっといいかな?」


「あ、ハイ今行きますね!

 ごめんキリエ、お客さんが呼んでるからちょっと行ってくるね」


「うん」


そう言ってアーヤはのキリエの元を離れる。


「あ、こんにちは戦士さん、いつもありがとうございます!

 今日はどうされました?」


アーヤを呼びつけた客は二人組。


一人は非常に大柄な戦士、短髪で角刈り、年の頃は20代後半というところ、

なぜか頭に鉢巻きをつけている。


その横に、同世代の少し小柄な盗賊風の男、

金髪の髪を針山のように逆立て、その上からバンダナをまいていた。


大柄な戦士がアーヤに話しかける。


「アーヤちゃん、いつもすまないな。

 いやいや、今回もちょっと見てもらいたいものがあってだな、ははは!」


「ちょっと兄貴ィ、近場に店ならいっぱいあるじゃないすか、

 なんでわざわざこんな辺鄙なところに……うぐぅ!」


大柄の男は連れの小柄の男に対し、ローキックを放つ、アーヤには死角だ。


「魔法の実ですね、見せてください」


魔法の実とは魔法樹から採れるアイテムの総称。

魔法の実にはHP回復MP回復などをはじめ、様々な効力があり

希少な実になると植物鑑定のスキルを持つ者の鑑定が必要となる。


アーヤはこの店の客に対して、無料の鑑定サービスを行っていた。


「これはアタックアップですね、こっちはカードアップ」


「そ、そうかそうか、なるほど、はは!いやー助かった!助かった!

アーヤちゃんにはいつも世話になるよ!ははは!!」


「いえいえ、こちらこそいつもありがとうございます」


「兄貴ぃ、もう行きましょうぜ~、

 早くモンスター共をぶっ殺した…ゴフッ!」


大柄の男は連れの小柄の男に対し、ひじ槌を放つ、アーヤには死角だ。


「じゃあ今日は、これとこれとこれとこれをもらおうかな!」


「ありがとうございます!じゃあお会計はあちらの方で」


「わかった、また来るよ、アーヤちゃん」


男は名残惜しそうに手を振りながら、レジの女店主の元へと向かう。

入れ違いで、アーヤの友達のキリエが駆け寄ってくる。


「何あれキッモ!分かりやす過ぎない?

 ちょっとアーヤ、気をつけた方がいいんじゃない」


「気をつけるって何を?いつも買い物をしてくれる常連さんだよ?」


「え?気づいてないの?」


「気づく?何を?」


 (この鈍感さも折り紙つきね…)


キリエはやや呆れた表情。


「あーそれよりもさあ、私これからパーティーを組んで

 エスティリの洞窟に行くんだけど、アーヤも行かない?」


「うん…、ごめんね。

 私が行っても、できるのはアイテムとかちょっとした補助ぐらいだし…。

 魔法樹にもそろそろ水をやらなきゃ」


「残念…。わかった、また今度誘うよ」


「うん、じゃあまた」


そう言ってキリエは店を出て行った。店にはまだちらほらと客の姿がある。


「あ、おばさん。私、裏の畑で水やりと収穫してきますね」


「悪いね、よろしく」


アーヤは裏の勝手口を開け、店の裏へと出る。

店の裏はそこそこ広い畑となっており、そこに多くの魔法樹が植えられている。


魔法樹は木の種類は元より、

植え方や育て方によってもによっても様々な木へと成長する。


生産スキルの高い者であれば知識をもとに、

精製される実の種類や数をコントロールできるが

アーヤはまだその域に渡していなかった。


店主のノリコが植えた魔法樹には魔法の実が数多くなっていた。

それをひとつひとつ、丁寧に収穫かごに入れる。

収穫後の木に養分を与えることによって、木は更なる実をつける。


「さすがおばさんの木だな、立派な実がたくさんなってる。

 私もいつか、スキルを上げてこんな木を育てたいけど…」


つぶやいたアーヤは、

畑のほんの一部分、間借りした自分の栽培スペースへと目をやった。


アーヤが植えた魔法樹は見るからに貧相。

ノリコの植えたものよりも、葉の色は色あせ、枝は細く、実も少ない。


「今回も失敗かな…」


アーヤは自分の植えた木からも実を収穫すると

収穫したばかりの実を、さっそく鑑定してみる。


"究極に出来の悪い魔法の実"


と表示された。


「………」


実はドス黒く、中に更に黒い何かがうごめいており

周囲には黒紫色の得体の知れない瘴気が発生している。

これを見て良い印象を持つ冒険者はおそらく一人としていないだろう。


「またこの実…。

 でもいったい何なんだろうこれ…。何かに使えるのかな…?

 アイテム説明欄には何も書いてないし。

 失敗した実の話はよく聞くけど、こんな酷いのはの見たことないし……


 私そんなに栽培の才能ないのかな……」


少し落ち込み気味に、収穫した黒い実を自らのアイテムボックス入れ

それとは対照的な色とりどりの実の入ったかごを背負い、

アーヤは店の中へと入って行ったのだった。



「収穫終わりましたー」


「ありがとねーそこのアイテムボックスに入れといて」


アーヤは収穫してきた魔法の実をアイテムボックスへと移し替える。

見れば、店内に客はいなくなり、静かな時間が流れていた。


「ホントいつもゴメンね。

 友達とどこか遊びに行きたいんだったら、

 全然行ってもらってもかまわないのよ~」


「うん、でも私こういう事やってるほうが好きだから。

 こちらこそ、畑を間借りさせてもらって」


「それはいいんだけど。で、どうだったのアヤちゃんの木の収穫は?」


「ううん、今回も使えそうな実ができなかった。

 おばさんほどじゃないけど、栽培スキルも上げてるんだけどなあ…」


「そう…。でもはじめから上手くはいかないわよ。

 少しずつスキルと知識をつけていけばね。


 あ、そろそろお茶にする?」


「棚の整理が途中だったから、ちょっとそれだけやっちゃいますね」


と言って、アーやは店の一角にある商品棚をいじり始めた。

するとまもなく、店内へ一人のプレイヤーが入ってくる。


「いらっしゃいませー」


アーヤもふと客の方へ目線をやる。


「わぁ…」


その客を見たアーヤはしばし言葉を失った。

すらりと伸びた長い手足。全身白でまとめられたきらびやかな服装。

髪も白く、長く美しい。

大きな紫色瞳が印象的な、十代後半と見られる女剣士だった。


 (すごい綺麗な人…。あんな綺麗な人初めて見たかも)


見惚れるアーヤをしり目に、女剣士は店内をひとしきり見回した後

女主人の所へと歩み寄り、何かを話し始めた。


アーヤはその様子を少し離れたところからうかがう。


 (すごいなあ、あんな綺麗な人とフレンドになれたら…)


「まじっすか!!」


アーヤがそう思った矢先、店内に大声が響いた。声の主は女剣士だ。


「うおおおおおおおおおお!!!」


見れば女剣士は女主人の手を両手でつかみ、怒号と共に号泣し始めた。


 (な、なんなのあの人…)


アーヤは自らの前思考をそれとなく撤回した。


女主人がアーヤの方を指差すと

それを見た女剣士がアーヤの元へと全速力で近付いてくる。


号泣したままアーヤの目の前まで来ると、

アーヤの手を両手で掴み、アーヤをじっと見つめ泣きついた。

戸惑いにアーヤの表情が引きつる。


「え?ちょっとあの…何ですか?」


「ずいばぜん!究極に出ぎの悪い魔法のび!!

 うっでもらえませんが!!何でもしばすからああああ!!!」

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