第131話
先輩の予想外のひと言。思わず大きな声が出た。
「とんでもない!」
花見客の視線が
「ちょっと、声が大きい」
先輩に小声でたしなめられる。周りからクスクス笑いが漏れる。うわあ恥ずかしい。
こそこそと逃げるようにその場を離れた。
「すみません。でも絶対そんなことないです。俺が好きなのは先輩だけです。これは変わってません」
少し歩いてからできるだけ力を込めて言った。これは本心のはずだ。
「そう。じゃあなんでお昼誘いに来てくれなくなったの」
「えっ、先輩、誘ってもいっつも断るじゃないですか」
「ふうん。だから
「違います。諦めたんじゃありません。ただ……」
「ただ?」
「親しい友人と別れたんです。それもふたりいっぺんに。そいつらは頼りになるやつらで。俺はいっつもそいつらを頼ってばかりだったんです。ここだけの話ですが、そいつらに先輩と仲良くなれる方法を相談したことだってあるんです」
ゆっくりと、言葉を選びながら話した。ほんとは全部言いたかったけどそうはいかない。ふたりのことは友人だと言って。ふたりのことが美砂ちゃんと久梨亜だとはばれないようにして。
「そうだったんだ」
先輩がぽつっと言った。しばらく無言で歩いた。
「その人たちとはどうして別れたの? ケンカでもした?」
ふと思い出したかのように先輩が言った。横顔の向こうを風に舞った花びらが横切った。
「違います。急な転勤……、だったかな」
「『急な』って。前から決まってたんじゃないの?」
「違うんです。ずっとこっちにいるはずでした。それがあの日……。病院に先輩を訪ねたあの日、アパートに帰ったら手紙が届いてたんです。『地元に帰ることになった』って」
涙が出そうになる。少し上を向こう。太陽で乾かそう。
「『地元に』かあ。そこは遠いの?」
「そうですね。時間はずいぶんかかりますね。俺も行ったことはありません。たぶん当分行くことはないですね」
そう、当分
美砂ちゃんは歓迎してくれるかな。まだ俺のことが大好きかな。他に好きな人ができたりしてねえだろうな。
久梨亜のやつは皮肉のひとつも言いそうだ。ふたりともあのままの姿だろうな。俺も魂だけだから一番カッコイイ姿で逢えるよな。楽しみだな。どんな話をしようか。
先輩より俺の方が早くあの世に逝くだろうな。そしたら3人でたわいもない話をしよう。たぶん俺が突っ込まれてばかりだろうな。でも楽しいだろうな。
で、先輩が後から来たらタネ明かしだ。ビックリするだろうな。なんせ自分のすぐ近くに天使と悪魔がいたんだからな。どんな顔をするだろうな。「なんで教えてくれなかったの!」って怒られそうだ。でもそれもいい。やっぱ俺Mだわ。今確信した。
着信音。先輩がiPhoneを取り出す。どうやらしびれを切らした他の連中からのようだ。
「先に行ってください。俺、桜を見ながら後からゆっくり行きますから」
先輩を
先輩が離れたので真上を向いた。青い空が見えるはずだ。ところが違った。黒い点が見えた。見る間に大きくなる。人だ! 人が落ちてくる!
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